人間くさい人が好きだと言ったから

藤泉都理

人間くさい人が好きだと言ったから




 人間くさい人が好きだと言ったから。

 人間くさい人になろうと決めたんだ。











「っていう事で俺っちさあ。人間にはなれないから人間くさい鬼になって好きな陰陽師に仕えようって考えたんだけどさあ。人間くさいって何なのか分かんなくてさあ。教えてくんない?」


 緑鬼は鬼の里から離れた鬱蒼とした森の、或る一本の大きな木の穴の中で暮らす黒鬼を訪ねた。

 じろり。

 黒鬼は気迫を纏った視線を地面に腰を下ろす緑鬼へと向けた。


「おまえ。俺に会いに行ったなんて里の者に知られたら、俺と同じように爪弾きにされるぞ。そんなの嫌だろう。さっさと帰れ」

「ああうん。そうだろうねえ。だからもう里には戻らない。あんたと一緒に暮らすんだ。よろしく」


 にへらとだらしなく笑った緑鬼を凝視した黒鬼。やおら視線を逸らすと、藁編みを再開させた。


「ねえねえ。それ何してんの?」

「乾燥させた稲や麦の茎を藁と言ってな。その藁を木槌で叩いて柔らかくする藁打ちをして、複数の藁を同時に手に取って擦り合わせて縄を作っていく事を、藁編みと言うんだ。俺が今やっているのはその藁編みだ。この藁編みをさらに組み合わせて、足に履く草鞋や、身体を覆って雨や雪を防ぐ蓑、物を入れる袋を作って人間に売るんだ」

「………んん。俺っちもそれをしたら人間くさくなれるの?」

「そうだな。まずは人間の文化に触れる事から始めたらいいんじゃないか?」

「………ねえ」

「何だ?」

「いやあ。あのさあ。そりゃあさあ。俺っちさあ。嫌だって断られるだろうって思ってたからさあ。面倒だけどさあ。駄々を捏ねまくろうって決めてたんだよね」

「そうか」

「こんなにあっさり受け入れられるなんてびっくりなんだけど。もしかして油断させておいて、バリバリ頭から喰っちまおうって考えてんじゃないの? ほら、居るでしょ。同族しか喰わない鬼って」

「そうだな」

「否定しないって事は、やっぱり俺っちを喰おうって考えてんの?」

「そうだって言ったらどうするんだ?」

「んん。ん。そうだなあ」


 ぽりぽりぽりぽ。

 緑鬼は緑色の髪の毛を指で掻いたのち、どうともしないかなあとのんびりと言った。


「鬼の里から離れて一匹で平和に暮らしているあんたに喰われたりはしないだろうし。って思わせておいて、すんごい実力を実力のままに実力を発揮して俺っちを喰う事ができるかもしれないけど、それでもどうともしないかなあ。もう里には戻らないって決めたし。里に戻らないならあんたに人間くさいって何なのかを教えてもらわないといけないし。うん。人間くさくなって陰陽師に式神にしてもらうんだあ」

「よしんばおまえが気に入る陰陽師に式神にしてもらったとしてだ。その陰陽師が式神を大切に扱わないやつだったらどうするんだ? 憂さ晴らしにおまえを痛め続けるかもしれない。悪霊との戦いでおまえを捨て駒にするかもしれない。それでもおまえは陰陽師の式神になりたいのか?」


 ぱちくりぱちぱち。

 やおら瞬いた緑鬼は、やっぱりあんた変わってるねえと呟いた。


「やっぱり人間に何かを教えてもらったからかなあ。外見は確かに鬼だけど。中身は鬼じゃないみたい。何だって言われたら、よく分かんないけど」

「そうか」

「うん。俺っちが好きな陰陽師は外見は人間だけど、中身は鬼なんだよなあ。すんごく強いんだ。どんな悪霊も一撃で倒してさあ。その強さに惚れたんだ。だから、俺っちは陰陽師にどう扱われようが別にどうでもいいんだよ」

「そうか。俺はおまえが痛い想いをするのは嫌だが」


 一本二本三本と。

 ゆっくりとした動作にも拘らず次から次へと藁編みを完成させ続ける黒鬼は、ふっと微笑を浮かべた。


「わざわざ変わり者の俺を訪ねて来てくれた稀有な同族が痛い想いをするのは嫌だな」

「そうなの?」

「ああ」

「そんなの。俺っち一度も考えた事ないよ」

「ああ。俺も。ばあさんに出会わなかったら。今も考える事はなかっただろうな」

「ばあさん?」

「俺の命の恩人だ。もう死んでしまったがな。俺に藁編みを教えてくれたのも。俺に心を教えてくれたのも。ばあさんなんだ」

「ばあさんが死んだ時に鬼に戻ろうって思わなかったんだ」

「ああ。思わなかったな」

「人間からも爪弾きにされたのに?」

「よく分かったな」

「分かるよ。鬼の里からも人間の里からも離れているここに一匹で暮らしているんだから」

「ああ。だけど。ばあさんの孫がな。俺を気に入ってくれてな。ばあさんの藁編みを教えてくれって。俺を師匠だって。言ってくれてな。まあ。ばあさんの孫が俺を気に入らなくても、俺は鬼に戻ろうとは思わなかったけどな」

「そっか」

「ああ」

「黒鬼。しあわせ?」

「ああ」

「そっか」

「藁編み。やってみるか」

「うん」

「じゃあ、まずは稲の茎を取りに行くところから始めるか。この森に俺が作った稲があるんだ。行くぞ」

「へえい」


 黒鬼は木の穴から出てはこの場所から少し離れた場所に作った稲畑へと歩き出した。

 すれば、のそのそとやる気のなさそうな足取りで緑鬼がついてきた。




(………おまえは俺を殺しに来たんだろうな。恐らく。俺を殺害できたら陰陽師の式神にしてやると言われたんだろう。陰陽師の式神になっていないくせに人間に近づく鬼の俺は危険だと判断した陰陽師がおまえを遣わせたんだろうな。っふ。同族が来てくれて嬉しかったが。そこまで耄碌はしていないぞ。さあって。俺はどうするべきか。おまえを殺すべきか。陰陽師が遣わす式神を殺し続けるべきか。もしくは。おまえの気に入る陰陽師に式神にしてくれと懇願するか。そうすればきっと。俺はばあさんの孫に堂々と会いに行けるし。何より。もう一匹ではなくなるが。けれど。けれどなあ。陰陽師に仕えるのもなあ。一匹で寂しいと思う時もあるが、自由で気に入っている時もあるし。んん。どうするか。とりあえず。緑鬼が仕掛けてきたら考えるか。俺の考えすぎかもしれないしな)


(んん。どうしよう。陰陽師に黒鬼を殺せば式神にしてやるって言われたけど。んん。殺したくないって思っちゃった。けど。殺せなかったら俺っちも黒鬼も殺しに来るって言われちゃったしなあ。んんん。おれっちも黒鬼も陰陽師の式神にしてもらえばいいんだろうけど。んんんんん。うん。よし。陰陽師が俺っちたちを殺しに来たら、その時に考えようっと)


「ねえ、黒鬼。まだ歩くの?」

「疲弊するのが早過ぎだぞ。緑鬼」


 呆れながらも黒鬼は歩く速度を緩めては、口元も緩ませた。

 そう言えば、と、思い出したのだ。

 歩くのが早いと、ばあさんによく叱られた事を。


(人間くさい人が好きだって、言ってたよな。ばあさん。俺は、人間くさくなれただろうか?)











(2025.6.8)




(参考文献 : JTのCM『鬼のゆく道』)



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人間くさい人が好きだと言ったから 藤泉都理 @fujitori

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