やるしかない

 わたしが、店長。

 嘘でしょ。嘘だよね? 嘘だと言って、神様。


「やってけるわけないよ、店長なんて!」

 今すぐ泣きだしたかった。声を大にして泣き叫びたかった。さすがに堪えたけど。


 ここの店主さんに呼ばれたと思っていたのがまさか、村長さんに呼ばれていただなんて。


 しかも雇われ錬金術師としてではなく、工房の店主として。


 あぁ、信じられない。この落ちこぼれ錬金術師のわたしが、店主だなんて。


 でも、じゃあどうして学園に送られてきた資料には、ここの店主さんが亡くなってるなんて一切書かれていなかったのだろう。


 ——その理由は、だいぶ後になってから知ったんだけど。


 錬金術のお店に関する情報をまとめた資料は国が作っていて、五年ごとに更新されることになっている。


 ちょうど店主さんが亡くなったのは、ちょうど最後の更新日が過ぎてから間もない時期だったらしい。


 また、村を出て独り立ちした店主さんのお子さんたちも、お店の資料更新について何も知らず。(できたばかりの制度だから、仕方ないことだ)そのため、店主さんが亡くなったことを国に届け出ていなかったんだとか。


 だから書類上では、まだ店主さんが居るかのように書かれてしまっていたらしい。つまり、誰も悪くない。


 まぁ、そんなことをこの時のわたしに言ったところで、何の慰めにもならなかったと思うけど。


「はぁ……」

 広い平原に、わたしの重いため息がこだまする。


 わたしが店主だなんて、みんなに迷惑でしかないんじゃないだろうか。二つ返事で「行きます!」なんて言わずに、もっとちゃんと考えるべきだった。


 ろくなことになる未来が見えない。今すぐ帰りたい。逃げ出したい。


「マリアン先生……わたし、どうしたらいいんでしょう……」

 わたしは弱々しくくずおれ、ここにはいない先生の名を呼ぶ。


 ——すると、どういうことだろう。


 その瞬間、まるで天啓のように、ここにはいないはずのマリアン先生の声がわたしの脳裏に響いてきたのだ。


『大丈夫よルーカちゃん。村の皆さんに選ばれたのはあなたなんだから、それだけの自信は持ってもいいんじゃないかしら』

「せ、先生……⁉」


 もしかしてこれは本当に神様の思し召し? それとももしや、本当にマリアン先生がどこかに……?


 いや、違うな。よく思い出してみたら、これはわたしが学園を出る前に先生が言ってくれた言葉だ。


 でも、それを今このタイミングでちょうど思い出せたということは、やっぱり天啓のようなものなのかもしれない。


 確かに、村長さんが声をかけてくださったのは他でもないわたしなのだ。(ただ単に、わたし以外余ってなかったってことかもしれないけど!)


 だから、どのみちわたしが頑張らないといけないんだよね。このまま帰ったりしたら、ただみんなの期待を裏切るだけだし。それに、学校の評判にも関わるし。


 ……いや、わたしが店主になることが、かえって学校の評判を悪くすることに繋がってしまうのでは?


 い、いやいや。このまま帰ることの方がよほど悪評に繋がる……よね。


 それに、いくら泣き言を言ったところでわたしはどのみち、この工房から逃れられないのだ。なぜなら、今日からここがわたしの家なのだから。


 つまり、わたしは結局ここに住む他ないということで。それは同時に、この工房の店主になる以外の道はないということを示している。


 そうだ、もうやるしかないんだ。

 わたしはいっぱいの不安を胸に抱えたまま、重たい身体を頑張って起こし、工房の前へとおもむろに工房の戸の前へと歩いていく。


 鍵穴に鍵を挿し、数回ガチャガチャとやるとようやく開錠できた。見た目通り、随分と古い建物らしい。


 そしてわたしはついに、新居兼職場へと足を踏み入れる。記念すべき第一歩、なのかな。


 ——ギシィ。


「えっ?」

 何だ、今の変な音は。


 もしかして……床が軋む音?

 それを確かめるべく、わたしはさらに数歩家の中へと歩みを進めていく。


 ギシッ。ギシッ。ギシッ。


 歩くたびに、そんな音が足元から鳴り響いてくる。あぁ、間違いない。これは床の音だ。


 大丈夫かな、この建物。歩いていたら突然床が外れたりとかしたら、どうしよう。


 しかも長いこと掃除をされていないせいか、なかなかホコリくさい。これは掃除が必要だ。


 でもとりあえず、まずはこの工房兼お家の探索といこう。建物内部の全貌を明らかにしてからの方が、お掃除計画も立てやすいだろうし。


 というわけで、まずは一階の探索から。


 わたしが今いるこの場所は、おそらくお店として使われていたのだろう。その証拠に、お会計のときなどに使っていたと思われるカウンターや、商品を置いていたと思われる棚がある。


 そういったものが置きっぱなしにされているのは非常にありがたい。自分で買い揃えるとなると、金額も馬鹿にならないからね。


 部屋の端にひっそりとつけられていた扉を開けてみると、廊下にいくつかの部屋が連なっていた。この先からが居住スペースなのかな。


 扉を一つ一つ、開けてまわってみる。

 おぉ、この家にはお風呂があるのか。しかもありがたいことに広い。


 工房も広いし、薬草を乾燥させるのに使っていたと思しき部屋もある。お外には、畑だったっぽいお庭もある。(今は見る影もないけど)


 うんうん。こういうの、錬金術師の家って感じがするね。幼い頃から錬金術師を夢見てきたわたしとしては、夢が叶った実感が湧いてきてテンションが上がる。


 お店に就職すると思ったら、いきなり店長就任という今の状況の中で、それはわずかな救いだった。


 では、今度は二階に上がってみよう。


 ——ギィ、ギシッ、ミシミシ……。


 階段を一歩上がるごとに、そんな危ない音が聞こえてくる。上り下りしてるときに板が外れたりとか、しないよね……?


「ふぅ……」

 無事に二階に到達でき、ほっと安堵のため息をつく。階段から落ちたらどうなるかと、だいぶひやひやした。


 二階にも、部屋はいくつかあった。その中は空っぽだったり、本が置かれたままの本棚があったり。ダイニングテーブルや台所の残された、リビングらしき場所があったり。


 あ、ベッドのある部屋発見。ここが寝室だね。


 でも、このベッド……。

「……ホコリまみれ」


 長いこと使用者がいなかったのだから仕方ないことだけど、ホコリが積もってかなり汚い。


 こんなところで寝たら、どう考えても不衛生だよね。早急になんとかしなければ。

 ベッドのことを頭の片隅に留めつつ、寝室をあとにする。


 これで、二階の部屋もひととおり見られたかな。ひとまず、一階に戻ろう。


 この家、生活に必要な家具がある程度残ってるのはものすごくありがたい。けれどやっぱり、全体的に汚れている。


「お掃除、今日中に終わるかなぁ……」

 寝室やリビングなどのある二階を、まず何としても早く綺麗にしたい。けれどお店部分の掃除もしないことには、お店を開店できない。


 そして、開店するにはお店だけ綺麗にすればいいってわけじゃない。錬金術をする工房もだ。売る商品を作らないと、お店の営業はできないもの。


「それと、お風呂もできれば今日中に掃除したいし……うぅ、やっぱり今日一日で終わる気がしないよぉ……」


 困ったぞ。この家、結構広いし部屋数も多いしで、最低限のところだけを掃除するにしても、なかなか骨が折れそうだ。


 もしかして、今日は掃除だけで一日が終わっちゃうんじゃ……。

 なんて思っていた、そのときだった。


 ——コンコンコン。


「えっ?」

 今のは、もしかしなくてもドアをノックする音。

 もしかして、お客さん? どうしよう、お店はまだ開店できてないのに。


 い、いや、でも、そうならそうとちゃんと言わなくちゃだよね。ちょっと、いやかなり気まずいけど。


 わたしは恐る恐る扉を開けると同時に、外にいるであろうお客さんに謝罪した。


「あっ、あのっ、ごめんなさい、お店はまだ営業してなくて……」

「あら、あたしは客じゃないわよ」


「……えっ?」

 あ、あれ? お客さんじゃ、ないの……?


 しかも、この聞き覚えのある声は確か……。

「ク、クローシアちゃん⁉」

「何よ、そんな驚いた顔して。これ、渡しに来たのよ」


 そう言って、クローシアちゃんが突き出してきたのは。


「これ……地図?」

「ええ。さっきあんたにこの辺の採取地を聞かれたって言ったら、父さんがこれを渡しなさいって」


 彼女の言葉通り、地図にはこの村とその周辺の様子が記されていた。


「あ、ありがとう! すっごく助かるよ……!」

 わたしのためにわざわざありがとう、と再度言うと、クローシアちゃんはつんと目線をそらしてこう返してきた。


「あら。勘違いしないで、あんたのためじゃなくて村のためだから。あんたがいろんな素材を採取すれば、それだけ店で売れる商品も増えるでしょ?」


 そう言う彼女だが、その頬が少し赤らんでいるのはどうしてだろうか。照れてるみたいで、何だか可愛い。


「あ、それと。何か困ってることはない? ……あ。あんたのためじゃなくて、地図を渡すついでに、あんたが困ってたら助けてやんなさいって父さんに言われたのよ」


 あんたのためじゃない。そう何度も言われると、かえって怪しいなぁ。いや、本当にわたしのためじゃない可能性も捨てきれないけど。


 でも、こうして困りごとがないか聞いてくれているのだ。まさに今困っていることを、ありがたく相談させてもらおう。


「実はね、家の掃除が……」

「何、家の掃除が大変? どうせそんなことだろうと思って、特別に手伝ってあげようと家から雑巾を……」


 そう言って、クローシアちゃんがどこからか取り出した雑巾を見せてきたそのとき。

 ふいに、わたしの脳裏に天啓が降ってきた。


「ねぇ、クローシアちゃん! わたし、いいこと思いついちゃった!」

「えっ、ちょ、な、何よ、いきなり!」


 しまった、テンションが上がりすぎてクローシアちゃんの手を何の断りもなく握ってしまった。


「あっ、ご、ごめん、つい……」

 いくら仲良くなりたい相手とはいえ、出会って間もないのに身体に触れるのは非常識だったよね。


 恥ずかしそうに頬を赤らめるクローシアちゃんに、まずは謝罪。やっぱり、ほとんど初対面の相手にいきなり手を握られたら困るよね。反省。


「べ、別に。で、そのいいことって?」

「えっとね……あ、その前にクローシアちゃん、あそこの木に生えてるオトメダマシの実って、使っていいのかな?」


 そう言ってわたしが指し示したのは、家のすぐそばに生えている木。

 白い花と赤い実をたくさんつけていて、可愛らしい外見をしている。


「あれ? ええ、あの木は別に誰のものでもないから好きに使っていいけど。でも、あんなのどうするの?」


「ふふっ、どうするでしょう? あ、あと、あそこに生えてるフウセン草も使っていい?」

「え、ええ。構わないけど……」

「やったぁ! ありがとう!」


 不思議そうな表情を浮かべるクローシアちゃんを横目に、わたしはオトメダマシの実とフウセン草を採り始めた。


 もしかしたらもう気づいてる人もいるかもしれないけど、今こうして植物の採取をしているのは、錬金術の素材に使うためだ。


 よく考えたら、地道に掃除をしなくても錬金術で解決すればいいんだ。わたしは錬金術師なんだから。……うまくいく保証は、ないけど。


 まぁ、もし失敗したところで、爆発したりするようなものでもないんだし。やるだけやってみよう。


「あんた、そんなのたくさん集めて、本当に何する気……?」

「ふふっ、ちょっと待ってて。すぐ戻ってくるから」


「あっ、ま、待ちなさい、あたしも一緒に行くわ!」

 そう言って、クローシアちゃんは慌ててうちの中へと入ってきた。


「ごめんね、ホコリっぽくて」わたしはそんな彼女を、先ほど発見した錬金工房の中へ案内する。


「あら? ここ……錬金術をするための部屋よね?」

「うん、そうだよ!」


 工房の中に数ある道具のうち、今回使うのは部屋の奥にどんと置かれた錬金釜だ。


 錬金術の道具と言われたら、きっと多くの人がこれを思い浮かべるだろう。だけど実は、錬金術に釜を使うようになったのは比較的最近のことで……って、そんな歴史の話は今は関係ないか。


 錬金釜の深さは、わたしの腰のちょっと下ぐらいから足元まで。これを大きいと思うか小さいと思うかは人それぞれだろうけど、錬金釜の中では、実はかなり小さいほう。


 きっとここの前の店主さんは、大きな釜が必要になるような大がかりな錬成をしなかったのだろう。

 実際、小さな村のお店なら、これ一つで十分だ。


「それを使って、何を作るの?」

「お掃除を簡単にする道具だよ。うまくいくかは、分からないけど」


 釜を覗くと、案の定中はホコリまみれだ。手持ちの布で拭いて汚れを落としてから、わたしは錬成の準備にとりかかる。


 釜の中に、先ほど採った素材をぽん、ぽん、と放り込んでいく。


 まずは、オトメダマシの赤い実から。乙女のように可憐な白い花をつけるのに、その実はとても粘々で厄介なことからつけられた名前だけど、この名前じゃまるでわたしたちじゃなくて乙女の方が騙されてるみたいだよね。


 続いてフウセン草の実を、割れないように慎重に入れていく。


 その名の通り、フウセン草は風船のように膨らんでいて、強い衝撃を与えると破裂してしまうのだ。ちなみに、中に詰まっているのは空気などではなく、少量の魔力。


 最後に、水を釜のフチから伝うように流し入れる。


 ちなみに水は、錬成物を使って出した。

 魔力を注ぐと水が出てくる、不思議な石。学園を出る前にマリアン先生から餞別として貰った便利アイテムだ。


 さて。素材が揃ったところで、いざ錬成。

 ふふ、クローシアちゃんの視線を感じるぞ。あぁ、緊張する……。


 攪拌棒を掴み、空間に溢れるエーテル——人間含む生き物の体内から作れない、特別な魔力——を、自分の魔力でかき集めるように釜の中へと誘っていく。


 まだ攪拌棒は動かしていない。けれど、それでもすでに釜の中に変化は起こり始めている。


 植物を入れた水でしかなかった釜の中身は、エーテルと反応することによって、徐々にぐにゃぐにゃと変化しながら、虹色の光を放って辺りを照らし始めている。


「わぁ、綺麗……」

 クローシアちゃんの感嘆の声が耳に入ってくる。だが、本番はここからだ。


 エーテルと一緒に自分の魔力を釜の中へと注ぎながら、わたしは攪拌棒を使って釜の中身を混ぜ始めた。


 素材が溶けあって、混ざり合って、変質していくのを手ごたえで感じる。なかなか集中力のいる作業だ。一時も気は抜けない。


 エーテルの持つ特殊な性質によって、素材の構成要素を一度分解し、組み替えて再び構成することによって、まったく新たなものを生み出す技術。それが錬金術。


 なんて言ってもよく分からないよね。大丈夫、わたしもちゃんとは理解してないから。


 よしよし、錬成もそろそろ佳境に入ってきた。今回は魔力もそんなに入れすぎちゃった感じはしないし、使うエーテルの量もほぼ適性だったと思う。……いつもと比べたら。


 わたしにしては、かなりうまくいったほうだ。釜の中や道具から変な音も聞こえてこないし。


 想定よりもずっと早く錬成が終わって、完成品は得体の知れないおかしなものだった……なんてことにもなっていない。


 出来上がったのは、スライム状をした不思議な物体。その名も“灰食いスライム”。

 ぱっと見は錬金術の失敗作みたいだけど、決してそうではありません。


「えっ? な、何、この変なの? さっきの実とか水とかから、これができたの?」

「ふふっ、そうだよ。不思議でしょ?」


 あからさまに驚くクローシアちゃん。うんうん、初めて錬金術を目の前で見たときはみんなびっくりするよね。わたしにもこんな時代があったなぁ。


「これ、何に使うの?」

「えっとね……ううん、口で説明するより見せたほうが早いかな?」


 わたしは手招きして、クローシアちゃんをお店のフロアへと連れてくる。

 わたしの足取りは軽かった。錬成がうまくいって、上機嫌だから!


 灰食いスライムを不思議そうにまじまじと見つめるクローシアちゃんの前で、わたしは手にしたぷにぷにの物体をちぎり始める。


 そうして複数個に分けたら、部屋のあちこちにぽんぽんと置いていく。


 さて、そろそろ効果が出てくるはず。クローシアちゃん、どんな反応をするかなぁ……。


 そんなわたしの期待に応えるように、部屋のあちこちに置いた灰食いスライムたちはゆっくりと動き始める。


「えっ⁉ ちょ、ちょっと、あれ大丈夫なの⁉ 動いてるわよ……⁉」

「大丈夫だよ。あれはね、ああいう道具なの」

「えっ? そ、そうなの……?」


 驚きをあらわにするクローシアちゃんに、わたしはあの道具のことを軽く説明する。


 名前の通り、灰やホコリなどのゴミを食べるかのように吸い取ってくれるのが、あの“灰食いスライム”の正体だ。


 汚れの気になるところに置いておくと勝手に動いて、綺麗にしてくれる便利アイテム。ちなみに、生きてるように見えるけど生き物ではない。


「ふ、ふぅん、そうなのね。……で、でも、何だかだんだん大きくなっていってるように見えるんだけど? それにあれ、いつまで動いてるの?」


「ふふっ。灰食いスライムはね、ゴミを吸ったらちょっとずつ大きくなっていくんだよ。でも、ある程度ゴミを吸い続けてもうそれ以上吸えなくなったら、ぴたりと動かなくなるんだ」


「……そ、そうなのね」

 あれ、クローシアちゃんの顔がちょっと青いぞ。思ってた反応と違うな。


 でも、ああいうのは気持ち悪いと思う人もいるよね。彼女もそういうタイプだったのかもしれない。


 わたしも、もし錬金術師じゃなかったら、得体の知れない変な色の物体がうねうねと部屋の中を動いてる光景には青ざめたかもしれない。


「で、でもあれ、ちょっと大きくなりすぎじゃない?」

「あはは、大丈夫大丈夫。あれぐらい全然普つ…………って、えっ?」


 クローシアちゃんの指さす方向を見て、わたしは思わず言葉を失う。

 な、何あれ。いや、何なのかは分かる。けれど明らかに様子がおかしい。


 そこには、他の個体よりも明らかに大きな灰食いスライムがいたのだ。


 確かにあれは大きくなりすぎだ。さっきまでは両手の上に乗るくらいの大きさだったのに、いつの間にか魔物のスライムと同じぐらいの大きさになっている。


 一体いつあんな大きさに? っていうか、灰食いスライムってあんなに大きくなるものじゃないはず、だよね?


 もしかして……錬成、失敗?

 い、いやいや。まだそうと決まったわけじゃない。だって錬成中はあんなに良い感じだったんだから。


「あ、あそこだけ極端に汚れてたのかな?」

「でも、他のもどんどん大きくなってきてるわよ? そ、それに……これって、大きくなるペースがこんなに速いものなの?」


「えっ……?」

 クローシアちゃんに言われ、わたしは周囲全体を見回してみる。


 そして、再び絶句した。


 うねうねとナメクジのように動きながら、一秒ごとにどんどん大きくなっていく奇妙な物体。それが、わたしたちの周りに何個もあるのだから……!


「ね、ねぇ、本当に大丈夫なんでしょうね? 食べられたりしないわよね⁉」

 そう言って、ぐいぐいとわたしの服の裾を引っ張ってくるクローシアちゃんは涙目だった。


 その気持ちは、分からなくもない。錬金術の素材として大抵の気持ち悪い物を扱ってきたわたしでも、この光景には言葉を失う。


 それに、こんな気持ち悪いものに刻一刻と部屋の中のスペースを奪われていくのは、単純に怖い。

 おかしい。これはおかしいぞ。どうしてこんなことになってしまったんだろう。


 と、思案にふける暇もなく。


「なっ、何ぼーっとしてんのよ! 早く逃げるわよ!」

 パニック状態のクローシアちゃんに引っ張られ、わたしは建物の外へ出たのだった。

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