3-2 △

しばらく空間に図形を描いていた彼女を見ていた。


『俺に突き立てた刃が、今度は自分に返ってきたか……』


俺は彼女の意識の奥に潜り込み、静かに首を持ち上げる。

点滴の針を抜くと、真っ白な布団にぽつりと一滴。それはまるで、封印が解かれたかのように、静かに滲んでいった。


夜の病棟は静かだった。

ただし――俺の中では、お祭り騒ぎだった。


脳内で図形が色を付け踊り回る。


ベッドフレームが歪んだ△に見える。


まるで『注意』を引くように…


俺は窓の鉄格子を引き剥がす…



闇夜を切り裂くその音に数人が駆けつけてくる。


ミキの異常な行動は看護師の目に入るが、わずかな時間たじろぐ。

その後数人がかりで取り押さえられ、鎮静剤を打たれるが効かない。


中身は俺だからな…


鎮静剤が効かず慌てる職員を、ミキはギラギラした目で見る。


その異常さに、一人の職員が言葉を詰まらせ、震える手でトランシーバーを落とす。

次の瞬間、彼は叫びながら廊下へと駆け出していった。


残った2人に身体拘束をされる。


24時間の監視。


俺は起動していないモニターに■▲●○△□と投影して遊ぶ。


さらに監視カメラのタイムスタンプを図形に変える。


まるで子どもの『積木遊び』のように…


陽動作戦を利用し身体拘束を解く。


センサーマットの離床を知らせるアラーム音にざわつき始める詰所。


院内に警報が鳴り響く。


職員が総動員でミキを取り囲む。


一人がこちらへ向かって来た。


彼女の声がそいつに一言「逃げて……危ない………」と抵抗するが、すぐに俺に主導権が移る。

俺はベッドフレームを片手で持ち上ようとするがミキが抵抗し一瞬手が震える。

どうにか彼女の意識を押さえつけベッドを持ち上げると、慌てて元の位置へ戻る。


『つまらんヤツらだ…』


警報の音を音楽に変える。


ジリリリという警報音が不気味なハッピーバースデーを奏でる。


更に時計を逆回転させる。


秒針の音と同時に■…▲…●…□…△…○と監視カメラのモニターにランダムで映される。


さらに近くに放置してあったスプレー缶を持ち図形を書きまくる。



この場所が、光と音のカタマリになって、俺だけの遊び場になった。


思わず高笑いしてしまう。


俺の二重音声が不気味に、でも確かに病棟内に響いていた。


時々ミキの意識が俺を身体から引き離そうとする。


その度に廊下でのたうち回る。


「出…ていって………早く……いなくなって………」


ガン!ガン!と腕や足を壁やドアノブにぶつけまくり抵抗をやめない。

「も……もう少し………あと…………少し………私の…身体を……返…して……」

ミキに意識がシフトしかかると、モニターの図形もタイムスタンプの図形も正常に戻りかけるが、俺が必死に抵抗するとテレビのザッピングの如く激しく点滅し出す。


入院患者やスタッフは、この異常な光景に恐怖を覚え、皆部屋の隅で震えている。

散々のたうち回った後にようやく主導権を奪い返す『………手間取らせやがって………』


そして鉄格子の扉の鍵をサイコキネシスで開ける。


鉄格子は人が通れるくらいにひろげた。


広がった鉄格子はまるで異世界への入り口『□』のように、不気味に口を空ける。


俺はそこを通り抜けたあと、再び振り向き、形を変える。


ゆっくりと鉄格子をねじるとギイィ…ギイィ……と不気味な音を立てて『∞』のマークが出来上がった。


永遠に、そこで苦しめば良い…………


さぁ…ここから逃げよう…俺の精神を破壊した…あの場所へ…向かおう…

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