二章『連環の影』
ちょっと兄のことを異性として認識しすぎてる妹
第28話「根源」
彼女は上る。暗黒空間に架かる天上への
やがて微かな声が彼女の耳に届く。これは
もっとも、ただ一人いる聴衆は気に入らないようだった。苛立ちを隠すこともなく、不機嫌そうな目つきのまま最上段へ足をかけた。
「暇だからと歌うな。聞くに堪えんわ」
歳の頃は二十歳ほど、ダブルのスリーピースに身を包んだ青年。高い背も相まって、その捻れたブロンドは獅子の
赤い瞳はどこを見ているのか、あらぬ方を向いていた。
構成する要素は美しいが、妙にちぐはぐな仕上がりで見る者に
「酷いなぁ。心にもないこと言って。で、どうだい? 太白。久しぶりに見た彼は」
彼女──太白は同胞の問い掛けに心底鬱陶しそうに、ぶっきらぼうに応じる。
「別にどうもせんよ。愛も変わらずシケた
「えぇ?
そう
青年は感情を発露させたことがない。この動きも、
あ、と太白が間の抜けた声をあげ、思い出したように青年へと訊ねる。
「……そういえば、今のお主って
先日、
「うん? 違うよ? それは二つ前の名だね。太白の数少ない友人なんだから、覚えていて欲しいもんだけどねぇ」
あっさりと否定する青年。嫌味もおまけにのせてくるが、
「じゃあ今はくえ──くえる、ゔぁてぃす? なのか?」
幼く、舌足らずなせいか。あるいは見かけによらない
見かねた青年が小馬鹿にしながら口を挟む。
「お婆ちゃん、クエム・クエリティスでしょ?」
「それじゃそれそれ。あいつ、こんなのよく覚えとった
付き合いの長い自分ですら、つい失念していた。そんな名を叫んだ少年を、しみじみと顧みる太白。
「あ、なに? 玄野くんってば僕のこと覚えてたんだ。ちょっと
己のしでかした所業を"ちょっと揶揄っただけ"と済ませるクエム。
玄野影徒、
彼らがこの場にいたなら、きっと怒りのままに斬りかかっていた。
「ん、あまり変わっとらんのかもな。儂を見るなり仲良く二人でおてて繋いで震えておったわ」
クエムは自らの肩を抱き、歓喜にうち震える。
「あぁ、いいなぁ……。んー太白ばっかズルいなぁ。僕も行こうかな? いやー学校なんていつぶりだろう」
そんなことを知ってか知らずか、クエムは呑気なことを言う。そんなこと、気に掛けてすらいないのかもしれない。
「この世界──なんと、言ったか。タオ……」
「テオソフィア。やれやれ、今いる場所も忘れたら人間おしまいだね」
──『再生誕学館テオソフィア』。その名はこの
片手で数えるほどしかいないのに、その内二人がこの悪辣な神々だというから救いがない。
「喧しい喃、そも儂は人でなしだから構うものか。……テオソフィアの人間を相手取っても面白くもないじゃろ」
「いやぁ、そうでもないよ? 面白いさ。強くはないだろうけどね」
この悪神達に迫ることが出来るとすれば、同じく【
そう、前世からの因縁を持つ、彼らくらい。
その意味を理解した上で、クエムは笑う。
太白が求めるのは、全力を出せる死闘。だが、彼の目的はそれだけではない。
クエム・クエリティスは
人の運命を弄び、その末路を嘲笑う。それを
彼にとっては対象の強さなどアクセントでしかない。この悪魔は差別などしない、強者も弱者も等しく
「飽きないもんじゃな、その弱い者イジメも」
「つまらない世界だから、この僕が面白くするんだよ。それと、せっかくだ。僕も挨拶くらいはしておきたいしねぇ」
クエムはそう言うと、タイを緩める。早速向かうつもりなのだろう。
決して情に篤い太白ではなかったが、こんな
「……彼奴ら、別にお前には会いたくないと思うが喃。それに大転使に気取られでもしたら事じゃから、あまり人目につくな──と、言うのは野暮じゃったな」
太白は知っていた。隠蔽、
肉が崩れ、骨の軋む音。人間を粘土のような感覚でこねくり回したら、きっとこんな音が出るのだろう。
金髪の偉丈夫は見る影もなく、太白より頭一つほど高いばかりに縮まってしまった。
「あーあー……。んっんん。こんなモンかな」
少女は声の調子を整えるよう、一つ咳払いをする。その喉に先ほどまで主張していた喉骨はなかった。
メンズスーツ姿であった装いも、白と黒の学生服へと変わっていた。新しい体を確認するよう、その場で
その姿は、どこから見てもテラメーリタ学園の女子生徒である。
「大丈夫だよ。大転使様も、僕らと狙いは同じようなもんさ」
彼を表す名は多く、その
──それは悪であった。
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