襲撃、《七曜》

第21話「襲撃-①」

 既に二人は剣こそっていないが、憑彩衣ストラに装いを改めて臨戦体制に入っている。

 ……俺もそういう変身みたいのがあれば、身構えられるんだけどな。


 ルナと名乗った謎の少女は目と鼻の先にいる。素知らぬ顔で水色の髪をなびかせ、魔力マギアたぎらせる二人を前に立っていた。


 この程度で萎縮いしゅくするはずもない。魔力の心得がない俺もわかる。この少女は


 仮にあの大蛇神が彼女の眷属けんぞくであり、彼女もそれに匹敵する力を持つのだとしたら三人掛かりでも勝ち目は薄いだろう。

 たしか『もう会わないから』とか言っていた。それだけでかなり物騒な目的が透けているが、その意図するところは計れない。


 いや、このままではらちが開かない。戦闘になったと場合、まだこの中では対応出来そうな俺が口火を切ろう。一歩踏み出す。


「お前、ルナって言ったか。殺意だけはしっかり伝わってるけど、目的はなんだ?」


 俺の言葉を受けて尚、少女──ルナは眉一つ動かない。その様はまるで精巧なフランス人形のようで、その陶器が如き表情からは何一つ読み取れやしない。

 敵意の多寡たかすらわからないまま、ゆっくりとその唇が動いた。


「目的、か。そうだね。あなたが死んでくれたら、殺さなくて済むよ」


「────ッ!」

 咄嗟とっさの判断だった。

 大きく後ろに飛びすさり、右手に十拳剣とつかのけんを召喚する。


 それは俺が後方に飛ぶのと、ほぼ同時だった。

 突如としてまばゆい閃光が走る。

 そして通り抜ける爆音と、撫でられただけで肌ヒリつくほどの熱風。


──フラムの火球だ。


 次いで、矢のように空を裂く神水しんすいの一撃。これはシアンの刺突だ。

 即興とは思えぬほど出来た連携だった。見事なコンビネーションだったのだが──


「行儀、悪いんだね。まだ話してる途中なのに」


 爆煙の中から姿を現す。怪我はおろか纏う憑彩衣に一切の汚れもない。

 フラムの火球が直撃し、シアンの細剣レイピアの刺突を受けて尚、事も無げに話を続ける。

 ……防ぐまでもない、ということだろう。


「《七曜セプティマーナ》、わたし達の目的はテラメーリタの壊滅らしいよ。今回わたしが言いつけられたのは捜索だったけどね」


 アズスゥから語られていた"世界の脅威"の目的が、思いがけず判明する。学園自体が脅威に対抗しようとする勢力だとすると、忙しいはずの大転使様がかかりきりだったのも頷ける。


「復讐、わたしの目的はあなたを殺すことだよ」


 ルナはそう吐き捨てると共に、実に忌々いまいましげな視線で俺を睨め付ける。彼女は初めてその感情を表に出した。


 ……俺? なんだ、こういうのは流れ的にフラム、でなくともシアンに因縁があるパターンだろ。てっきり、フラムの昔話に出てきた村の連中だと思って

 いた


   ぞ。


──《逆流ぎゃくりゅう》を実行、《緩流かんりゅう》に移行。


 火花が散る。お互いの得物が高速でカチ当たった。

 数瞬前、俺の命を刈り取った鉤爪がぎづめ

 禍々まがまがしいそれが、やっと見えた。十拳剣としのぎを削るは手甲鉤てっこうかぎにも似た長い刃。手の甲、或いは掌で装着するはずの鉤爪は、それぞれの指先に装着されていた。

 まるで指先の爪がそのまま伸びたような形だ。そして手に装着する武器だから、当然──


「もう片方のも来るよな!」


 新たに迫り来る鉤爪をの十拳剣ではばむ。


「残念、確かに殺したと思ったんだけどな」

「あぁ確かに殺してたよ。一回だけなっ!」


 押し合いの中、敢えて左手の剣を消す。

 急に抑えていた剣が無くなり、そのまま鉤爪を振り抜いてしまったルナ。そうして前のめりにバランスを崩したところに、両手でもって追撃の一撃。

 ルナは残った片手、手の甲で弾くパリィ。剣の軌道を逸らした。

 こんなバランスでよくやる。だが、胴がガラ空きだ。腹を目掛けての前蹴り。ルナのその軽い体を蹴り飛ばす。


 距離が離れたそばから、俺とルナを寸断するような火柱が燃え盛る。


「いいぞフラム! どんどん焼け、火は自分が消してやる!」

「フフン! さっきまで火加減とか言われてて、結構溜まってるのよねっ!」


 フラムはその宣言通り、溜め込んでいたらしい猛火を放つ。その中心は既に赤を通り越して光となり白んでいた。


 ただ、その中心にたたずむ人影が倒れることはなかった。


「邪魔、する? 結構痛かったけど、今なら許すよ。もうこれ以上何もしなければ、見逃してあげてもいいけど」


 ルナはそんな炎など意に介さず、散歩でもするようにこちらに歩んでくる。


「随分と上からじゃない。アンタはピクニックの邪魔したんだから、こっちは見逃してなんてあげないわよ」

「愚問だな。ただの男ならともかく、我が校の生徒を放っておけるか」


 それぞれ自信満々に言い放つ。期待通りというか、実に言葉だった。

 この期に及んで緊張感のないやつらだが、一人ぼっちで臨むよりずっとマシだ。

 いつ以来だろうか、勝ち目の薄い相手に対し、誰かと肩を並べて挑むなんて。期せずして少し懐かしい気分になった。

 もっとも、あいつらとは全然似ても似つかないが。すいあおいはもっとこう、ネチネチと……なんか湿気ってた。


「フラム、シアン。大丈夫だ、俺達は負けない。絶対に死なせない」


 自分にも言い聞かせるように呟いた。遅まきながら、この世界に来てから初の決意表明だ。

 前世のあれこれをやり直したいなんて、無責任なことはもう思わない。気に入らなかったからって、いいことも悪いことも全部まとめてちゃぶ台返し。そんなのってないだろ。

 この記憶を台無しにはしない。


 俺は抱えたまま戦う。失敗も不和も破滅も、全部あの世界に生きていた俺達のものだ。


 その上で、絶対にそんな悲劇を繰り返させない。この世界では全員笑って、全部救う。


 今の段階で可能な限り神威しんいを高める。連環れんかんに影響しないように。今ある器から、その雫が溢れぬように抑えて。


 俺に呼応するように、二人も切り札を切った。


「《神階解放ザイン》──スルトッ!」

「《神階解放ザイン》──チャルチウィトリクエ」


 二人は持てる魔力の一切を解放する。

 赤と青の波動が惜しみなく放たれ、周囲を染めていく。ルナから放たれていた重圧プレッシャーを押し返すように領域を押し広げる。

 今、この空間は赤と青の魔力に満ちていた。


「綺麗、だね。なにかのショウみたいで、いい見せ物になるんじゃないかな」


 眼前の俺から狙いを変えるように、魔の爪がゆっくりと開く。


──まずい。そう思った瞬間に、俺はルナに斬りかかっていた。


 十拳剣の刃はその体に届くことなく、素手で受け止められた。俺から注意が逸れたところに、半身になって間合いを縮めてまで放った一撃だったが、まだ足りない。


「過保護、だね。攻撃もさっきよりずっと重い。そんな優しいフリなんて、しなくていいのに」

「不意を打っただけだ! 勘違いすんな!」


 意図せずツンデレフラムみたいなことを口走ってしまった。


 俺たちは激しく斬り合い、火花を散らす。

 時折逆流を使っても対応できず、体のあちこちが削がれていく。


 痛みと傷口の熱さに投げ出したくなるが、歯を食いしばって剣を止めない。

 こんな爪を相手に受けにばかり回っていられない。そもそも地力が上の相手に持久戦なんて、すり潰されて終わる。

 勝ちに行くなら狙いは短期決戦。あとはそのやり方をどうするか、だ。


 既に間合いはない。ここまで近づいてしまえば、剣も易々と振りかぶれない。

 だが、鉤爪も戦りづらいだろう。腰の入った威力のある攻撃はできない。

 それでいい。ルナがその実力が発揮できてしまうと、一方的に蹂躙じゅうりんされる。


 爪だけに注意して、大振りさせない。多少の損傷は度外視し、剣はコンパクトにまとめる。

 は後ろに控えてる。

 炸裂する火球と槍のような水流。

 俺の傍を通り抜け、ルナへと着弾する。

 タイミングは一度当たってから覚える。だから二人には遠慮なく撃たせていい。


 シアンの一撃がルナの爪を弾く。

 まったく、近接戦が得意なヤツは、遠くからでも心得てちるな。

 シアンの生んでくれた隙、


 剣が落ちる──いや、だ。剃刀のような薄い水が、指を切り落とした。

 痛みが脳へ伝達するより先に、左手で十拳剣を出し直すが、間に合わない。


 ルナの爪が、俺の鳩尾みぞおちを貫いた。


──《逆流》を実行。


 シアンの生んでくれた隙、退


 先ほど食らった通り、俺の元居た場所に水による斬撃が走る。


 こいつ、水使いとしてシアンより数段巧いな。お嬢様然とした装いの癖に、能力を併せた白兵戦に慣れている。


「存外、粘るね。早く【神号】を開けばいいのに」


 剣が、腕が止まる。

 なんでこいつが前世の【神号】のことを知っている──?

 湧いた疑問に間もなく、ルナはその小さな唇で紡ぐ。俺達にとっての、ダメ押しの絶望を。


「《神階解放ザイン》、イシュ・チャベル・ヤシュ」


 力が解放され、大蛇神が遂に動き出した。


──シャアアアアア!


 その大口をあけ、割れんばかりにたけり立つ。

 そして、その叫びに呼応するように雨が降り注ぐ。大木を割り、地面を抉るほどの豪雨。

 ルナの攻撃は一層苛烈かれつさを増す。体を貫く雨が降り注ぎ、鉤爪が疾風怒濤と迫り来る。まさしく殺戮の嵐。

 フラムは炎の盾、シアンもみずちを用いて援護してくれてはいるが、三人でも手が足りない。


 そんな攻め手の多彩さよりも、何より恐ろしいのは、

 そんなはずはない。現に一度殺されているし、今だって《逆流》で何とか斬り結べているだけ。なのに、これっぽっちも脅威に思えない。

 どころか、優しい。受け入れてしまいたくなるほど温もりに満ちている。


──その力量差もわからないほど、ルナとの差があるってのか……!


 ついに炎の盾をも突き破り、蛟も貫いたその鉤爪が俺を切り裂かんと迫る。


 間に合うか……!? 《逆流》を実行──


「ぶっ飛びなさい、ガキ」


 鉤爪が到達するより早く、ルナを殴り飛ばす戦鎚ウォーハンマーの一撃。


「……ヒーローみたいなタイミングで来るなよ、残念お嬢様」

「誰が残念よ。あんたもぶちのめすわよ?」


 龍のあしらわれた黄色の馬面裙まめんくん。狩りに出ていたエクレールだった。


「待て、ヴェルデはどうした?」

「さぁ? なんか張り切ってたわよ。今頃はあの蛇とやり合ってんじゃない?」


 今も雨をスプリンクラーのように撒き散らしている大蛇神を顎でしゃくる。

 嘘だろ? 下手をするとルナよりも手強いだろうあの怪物を、一人で?


「無茶だ! こいつは俺がなんとかするから、三人で加勢に──」


「あんたこそ無茶言ってるわよ? さっき助けてやったばっかでしょうが。……大して手応えもなかったし、すぐ戻って来るわよあいつ」


 ぐ、と言葉に詰まる。返す言葉もない。事実、ルナを相手に苦戦し、持て余していた。エクレールが来なければ《逆流》で戻したところで、どこまで対応できていたかも怪しい。


「けど、あいつ一人にさせるわけにもいかないだろ!? Aランクの、学年トップのフラムだったとしても……」


 エクレールの言葉が、俺の危惧を遮った。


「そんな心配しなくていいわよ。なんたって──あいつ、ランク外のよ」

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