襲撃、《七曜》
第21話「襲撃-①」
既に二人は剣こそ
……俺もそういう変身みたいのがあれば、身構えられるんだけどな。
ルナと名乗った謎の少女は目と鼻の先にいる。素知らぬ顔で水色の髪を
この程度で
仮にあの大蛇神が彼女の
たしか『もう会わないから』とか言っていた。それだけでかなり物騒な目的が透けているが、その意図するところは計れない。
いや、このままでは
「お前、ルナって言ったか。殺意だけはしっかり伝わってるけど、目的はなんだ?」
俺の言葉を受けて尚、少女──ルナは眉一つ動かない。その様はまるで精巧なフランス人形のようで、その陶器が如き表情からは何一つ読み取れやしない。
敵意の
「目的、か。そうだね。あなたが死んでくれたら、殺さなくて済むよ」
「────ッ!」
大きく後ろに飛びすさり、右手に
それは俺が後方に飛ぶのと、ほぼ同時だった。
突如としてまばゆい閃光が走る。
そして通り抜ける爆音と、撫でられただけで肌ヒリつくほどの熱風。
──フラムの火球だ。
次いで、矢のように空を裂く
即興とは思えぬほど出来た連携だった。見事なコンビネーションだったのだが──
「行儀、悪いんだね。まだ話してる途中なのに」
爆煙の中から姿を現す。怪我はおろか纏う憑彩衣に一切の汚れもない。
フラムの火球が直撃し、シアンの
……防ぐまでもない、ということだろう。
「《
アズスゥから語られていた"世界の脅威"の目的が、思いがけず判明する。学園自体が脅威に対抗しようとする勢力だとすると、忙しいはずの大転使様がかかりきりだったのも頷ける。
「復讐、わたしの目的はあなたを殺すことだよ」
ルナはそう吐き捨てると共に、実に
……俺? なんだ、こういうのは流れ的にフラム、でなくともシアンに因縁があるパターンだろ。てっきり、フラムの昔話に出てきた村の連中だと思って
いた
ぞ。
──《
火花が散る。お互いの得物が高速でカチ当たった。
数瞬前、俺の命を刈り取った
まるで指先の爪がそのまま伸びたような形だ。そして手に装着する武器だから、当然──
「もう片方のも来るよな!」
新たに迫り来る鉤爪を二本目の十拳剣で
「残念、確かに殺したと思ったんだけどな」
「あぁ確かに殺してたよ。一回だけなっ!」
押し合いの中、敢えて左手の剣を消す。
急に抑えていた剣が無くなり、そのまま鉤爪を振り抜いてしまったルナ。そうして前のめりにバランスを崩したところに、両手で
ルナは残った片手、手の甲で
こんなバランスでよくやる。だが、胴がガラ空きだ。腹を目掛けての前蹴り。ルナのその軽い体を蹴り飛ばす。
距離が離れたそばから、俺とルナを寸断するような火柱が燃え盛る。
「いいぞフラム! どんどん焼け、火は自分が消してやる!」
「フフン! さっきまで火加減とか言われてて、結構溜まってるのよねっ!」
フラムはその宣言通り、溜め込んでいたらしい猛火を放つ。その中心は既に赤を通り越して光となり白んでいた。
ただ、その中心に
「邪魔、する? 結構痛かったけど、今なら許すよ。もうこれ以上何もしなければ、見逃してあげてもいいけど」
ルナはそんな炎など意に介さず、散歩でもするようにこちらに歩んでくる。
「随分と上からじゃない。アンタはピクニックの邪魔したんだから、こっちは見逃してなんてあげないわよ」
「愚問だな。ただの男ならともかく、我が校の生徒を放っておけるか」
それぞれ自信満々に言い放つ。期待通りというか、実にらしい言葉だった。
この期に及んで緊張感のないやつらだが、一人ぼっちで臨むよりずっとマシだ。
いつ以来だろうか、勝ち目の薄い相手に対し、誰かと肩を並べて挑むなんて。期せずして少し懐かしい気分になった。
もっとも、あいつらとは全然似ても似つかないが。
「フラム、シアン。大丈夫だ、俺達は負けない。絶対に死なせない」
自分にも言い聞かせるように呟いた。遅まきながら、この世界に来てから初の決意表明だ。
前世のあれこれをやり直したいなんて、無責任なことはもう思わない。気に入らなかったからって、いいことも悪いことも全部まとめてちゃぶ台返し。そんなのってないだろ。
この記憶を台無しにはしない。
俺は抱えたまま戦う。失敗も不和も破滅も、全部あの世界に生きていた俺達のものだ。
その上で、絶対にそんな悲劇を繰り返させない。この世界では全員笑って、全部救う。
今の段階で可能な限り
俺に呼応するように、二人も切り札を切った。
「《
「《
二人は持てる魔力の一切を解放する。
赤と青の波動が惜しみなく放たれ、周囲を染めていく。ルナから放たれていた
今、この空間は赤と青の魔力に満ちていた。
「綺麗、だね。なにかのショウみたいで、いい見せ物になるんじゃないかな」
眼前の俺から狙いを変えるように、魔の爪がゆっくりと開く。
──まずい。そう思った瞬間に、俺はルナに斬りかかっていた。
十拳剣の刃はその体に届くことなく、素手で受け止められた。俺から注意が逸れたところに、半身になって間合いを縮めてまで放った一撃だったが、まだ足りない。
「過保護、だね。攻撃もさっきよりずっと重い。そんな優しいフリなんて、しなくていいのに」
「不意を打っただけだ! 勘違いすんな!」
意図せず
俺たちは激しく斬り合い、火花を散らす。
痛みと傷口の熱さに投げ出したくなるが、歯を食いしばって剣を止めない。
こんな爪を相手に受けにばかり回っていられない。そもそも地力が上の相手に持久戦なんて、すり潰されて終わる。
勝ちに行くなら狙いは短期決戦。あとはそのやり方をどうするか、だ。
既に間合いはない。ここまで近づいてしまえば、剣も易々と振りかぶれない。
だが、鉤爪も戦りづらいだろう。腰の入った威力のある攻撃はできない。
それでいい。ルナがその実力が発揮できてしまうと、一方的に
爪だけに注意して、大振りさせない。多少の損傷は度外視し、剣はコンパクトにまとめる。
火力担当は後ろに控えてる。
炸裂する火球と槍のような水流。
俺の傍を通り抜け、ルナへと着弾する。
タイミングは一度当たってから覚える。だから二人には遠慮なく撃たせていい。
シアンの一撃がルナの爪を弾く。
まったく、近接戦が得意なヤツは、遠くからでも心得てちるな。
シアンの生んでくれた隙、渾身の一撃を見舞うべく振りかぶる。
剣が落ちる──いや、指だ。剃刀のような薄い水が、指を切り落とした。
痛みが脳へ伝達するより先に、左手で十拳剣を出し直すが、間に合わない。
ルナの爪が、俺の
──《逆流》を実行。
シアンの生んでくれた隙、大きく振りかぶるフリをして、そのまま飛び退く。
先ほど食らった通り、俺の元居た場所に水による斬撃が走る。
こいつ、水使いとしてシアンより数段巧いな。お嬢様然とした装いの癖に、能力を併せた白兵戦に慣れている。
「存外、粘るね。早く【神号】を開けばいいのに」
剣が、腕が止まる。
なんでこいつが前世の【神号】のことを知っている──?
湧いた疑問に間もなく、ルナはその小さな唇で紡ぐ。俺達にとっての、ダメ押しの絶望を。
「《
力が解放され、大蛇神が遂に動き出した。
──シャアアアアア!
その大口をあけ、割れんばかりに
そして、その叫びに呼応するように雨が降り注ぐ。大木を割り、地面を抉るほどの豪雨。
ルナの攻撃は
フラムは炎の盾、シアンも
そんな攻め手の多彩さよりも、何より恐ろしいのは、ルナのことが全く怖くないこと。
そんなはずはない。現に一度殺されているし、今だって《逆流》で何とか斬り結べているだけ。なのに、これっぽっちも脅威に思えない。
どころか、優しい。受け入れてしまいたくなるほど温もりに満ちている。
──その力量差もわからないほど、ルナとの差があるってのか……!
ついに炎の盾をも突き破り、蛟も貫いたその鉤爪が俺を切り裂かんと迫る。
間に合うか……!? 《逆流》を実行──
「ぶっ飛びなさい、ガキ」
鉤爪が到達するより早く、ルナを殴り飛ばす
「……ヒーローみたいなタイミングで来るなよ、残念お嬢様」
「誰が残念よ。あんたもぶちのめすわよ?」
龍のあしらわれた黄色の
「待て、ヴェルデはどうした?」
「さぁ? なんか張り切ってたわよ。今頃はあの蛇とやり合ってんじゃない?」
今も雨をスプリンクラーのように撒き散らしている大蛇神を顎でしゃくる。
嘘だろ? 下手をするとルナよりも手強いだろうあの怪物を、一人で?
「無茶だ! こいつは俺がなんとかするから、三人で加勢に──」
「あんたこそ無茶言ってるわよ? さっき助けてやったばっかでしょうが。……大して手応えもなかったし、すぐ戻って来るわよあいつ」
ぐ、と言葉に詰まる。返す言葉もない。事実、ルナを相手に苦戦し、持て余していた。エクレールが来なければ《逆流》で戻したところで、どこまで対応できていたかも怪しい。
「けど、あいつ一人にさせるわけにもいかないだろ!? Aランクの、学年トップのフラムだったとしても……」
エクレールの言葉が、俺の危惧を遮った。
「そんな心配しなくていいわよ。なんたって──あいつ、ランク外の学園最強よ」
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