錬金術師シオンの探求録 ~魔導と理を紡ぐ~

明日はきっと

第1話 冒険者シオン

「まったく、師匠は急にとんでもないことを言い出すんだから。毎回毎回、よく飽きもせず無茶ぶりできるもんだ……修行も以前より厳しくなってきているし、困ったもんだ」



 王都近郊にあるエルム樹海。


 この樹海は広く深く、未だ誰も反対側までたどり着けていない。その終わりがなく世界の果てまで続いているのではという研究者もいる。


 そんな場所へ向かうため、俺は現在弾道飛行中だ。


 それはいつものように、師匠の一言から始まった。


 つい1時間ほど前のことである。



「シオン、今日のお昼は新鮮なラプトルの肉で、野菜たっぷりのサンドイッチにしましょう」


「了解。じゃあ肉屋に行ってきます」


「ちょっと待ちなさい。『新鮮な』って言ったでしょ? 肉屋の時間がたったものじゃダメよっ!」


 嫌な予感が脳裏をよぎる。


 絞めたての新鮮な肉は硬いだろうから、少し時間が経った方が熟成も進み軟らかく旨味も強くなると思うのだが……


 これはあれか、修行の一環だな。今日はお使いクエストか……


「ん~、お昼まであと2時間くらいね。樹海までの往復なら、余裕があるわ」


 どうやら『新鮮な』=『素材を調達してこい』という意味らしい。


 王都近郊とは言え、エルム樹海まで通常は馬車で片道2時間。それもかなり急いでの話だ。


「もう少し早く言ってほしかったんですが……」


 一応師匠に文句を言いつつ、頭の中では移動行程を組み立てる。


「だって時間ギリギリに設定しないと修行にならないでしょ? 気をつけて、いってらっしゃい♪」


 やっぱり修行の一環だった……多分ギリギリだろうな。


「……はぁ、わかりました。行ってきます。他の食材は用意しておいてくださいね」


「在庫があるからOKよ」


 野菜は新鮮な方が美味しい気はするのだが……


 とはいえ、時間はどんどん過ぎていくので、俺は急いで工房を飛び出した。


 街の入り口まで走るが、通行人を避けながらなので思うように走れないのがもどかしい。


 街の入口で首からぶら下げた冒険者ライセンスを取り出し、憲兵に見せる。顔なじみなので、事情を察してか何も言わずに通してくれた。


 ありがたい。


 少しの遅れは許されるかもしれないが、大幅な遅れは午後の修行内容に影響が出る。空腹で機嫌の悪くなった師匠の修業は俺の精神をゴリゴリと削ってくる。


 まあ、死にかけていたところを助けてもらい、冒険者として食べていける程度の実力までつけてもらったので、修行の成果は出ているし、恩も感じてはいる。


 錬金術師としての実力は、まだまだだろうけど。


 今回みたいな無茶ぶり修業は控えてくれるとありがたいのだが……



 街を出て、街道に差しかかったあたりで、俺は魔法を発動する。今必要なのは樹海までの移動時間をとにかく減らすことである。


 移動速度が速く、航続距離の長い飛翔魔法でも使えれば良いのだが、残念なことに今の俺では使えない。


 そもそも、飛翔魔法を使える人がいないのだ。あの師匠ですら陸路を移動するしかない。


 まあ、師匠が全力で走ると馬でも追いつけないから、今回の修業も、できて当然。くらいのノリなのだ。


 そんな状況で考え出したのがこの移動方法である。


「スペル:フィジカルブースト・ウィンド──アクティベート!」


 身体能力を強化し、全力で走り大きくジャンプ。


 これだけでも10m近くの高さまで跳躍が可能なのだが、移動距離を稼ぐため、同時に風魔法で上昇気流を発生させる。


 勢いよく風に乗ってさらに高度と移動距離を稼ぐ弾道飛行移動術だ。


 晴れていることもあり視界は良好。遠くにエルム樹海が見える。上空では追い風もあって移動距離がさらに伸びる。


「この調子なら予定より早く着きそうだな」


 エルム樹海は終わりがないなんて聞くけど、高いところから確認しても樹海の終わりは見えない。


 地平線まで広がっているし、遠くはかすんで見える状態だ。



 風の魔法で打ち上げられた俺は、ある点を境に自然と落下が始まる。


 自由落下の速度を風魔法で調整しながら、安全に地面へ着地。そして再び跳躍。

 これを十数回繰り返す頃には、目の前まで樹海が迫っていた。


 そして、ここからが本番である。何せ、獲物を探さなければならない。



 ここエルム樹海は、ただ広いだけの樹海ではない。


 近隣の町や村、王都の食糧事情を担う資源の宝庫なのだ。


 生息する魔獣は獰猛で数も多いが、貴重なたんぱく源であり、それを狩る冒険者の収入減になる。


 また、奥地には貴重な薬草も多く、ケガや病気の治療、錬金術の素材を集めるのに重要な場所なのだ。


 俺も錬金術師として活動しているので、何度もお世話になっている。


 樹海の上空からだと、木の枝葉が邪魔して獲物が見えないので、ここからは徒歩で索敵をしなければならない。



「おーい、ラプトルさんやーい」


 今回、師匠からオーダーのあった『新鮮な肉』の食材調達のターゲットはラプトル。


 ヴェロキラプトルとかいうのが正しいらしいが、大体はラプトルで通じる。


 比較的どう猛な肉食魔獣で、二足歩行の大型爬虫類。体長は2メートル近くもあり、俊敏かつ頭もそこそこ回る。


 ベテラン冒険者でも油断すれば痛い目を見る相手だ。


 しかも繁殖力が高く、肉質も悪くないため、街の住民の胃袋を支える貴重な食糧資源でもある。


 まあ資源と呼べるのは不安なく狩れるだけの実力者に限られるのだが。



 樹海の中を歩きながら獲物を探す。生命体は魔力を持っているので、その魔力を検知するように周囲を見回す。


「おっ、見ーつけた」


 獲物を発見した俺は音をなるべく立てないようゆっくりと移動する。


 そして腰のホルスターに手を伸ばし、指先で冷たい金属の感触を確かめる。


 銃をゆっくり引き抜きながら、魔法式を起動。


「スペル:チャージ・シールド──アクティベート」


 体内の電気を魔力で増幅し、銃に込める。同時に弾丸発射の反動から身を守るため、魔力障壁も展開。


 準備ができたので目標の後方に静かに移動。


 トリガーを引くと、ヒュンという音とともに弾丸が発射され、ラプトルの頭部を正確に撃ち抜いた。


 パンッ! という乾いた音。首から上が吹き飛び、血飛沫が周囲に撒き散らされる。


 訂正しよう。撃ち抜いたのではなく、吹き飛ばしたである。


「……もう少し威力を抑えるべきだったな。シールド張ってなかったら、俺も血まみれだったよ」



 この銃はレールガン。


 火薬ではなく、電力を使い弾丸を発射させる。


 爆発音はないし火薬のにおいも気にならないのだが、弾丸は音速で発射され、同時に激しい衝撃波を生み出す。


 あの師匠でも使いこなせない、俺専用の武器である。


 続いて銃をしまい、腰にぶら下げた剣を抜く。


 剣士ではないので、取り回しの良いショートソードだ。


 冒険者業を始めたころに師匠からもらったものだが、使い心地が良く愛用している。


 まあ使うのは戦闘ではなく、素材の解体が多いのだが……


 新鮮な肉を持ち帰るには、まず血抜きが必要だ。地味に面倒な作業ではある。

 他の冒険者なら木に吊るして重力で処理するのだろうが、今回そんな悠長な時間はない。


 俺はラプトルの体に剣を突き立て、再度魔法を行使。


「スペル:スタン──アクティベート」


 剣を介して体内へと電気を流し、止まっていた心臓を無理やり動かす。


 頭部が吹き飛ばされているので、頸動脈からはリズミカルに血が噴き出す。本来は電撃で体を麻痺させる魔法なのだが、使い方を変えればこのように便利な血抜きの魔法になる。


 しばらくすると、それも徐々に収まっていく。


 あとは手にした剣で素材を剥ぎ取り持ち帰るだけだ。


「スペル:クリーン──アクティベート」


 生活魔法の一つ、クリーンは対象の汚れを分解洗浄してくれる。微細な水の泡が汚れを浮かせて洗い流してくれるので、血液はもちろん、体表の泥や脂までしっかり洗浄してくれる。ありがたい。生活魔法と言われているが術の感じからは水属性の魔法なんだろう。


「これで服が汚れずに済むな……って、げっ、あと40分しかないじゃんか。急いで帰らないと」


 再び跳躍と風魔法を併用して移動を開始するが、帰りはラプトルの重量が加わっているので思うように高く跳べない。


「……間に合わないかもしれない」



 上空からは、戦闘中の冒険者たちの姿がちらっと見えたが、手助けに行くわけにもいかない。


「冒険者を助けて遅れました」なんて言い訳、あの師匠が許すはずがないからだ。


 それに、ここまで来れる実力者なら大丈夫だろう……と自分に言い聞かせる。


 復路は跳躍回数が増えたが、なんとか10分遅れで街へ到着。


 入り口の門を通過しようとすると、見知らぬ憲兵さんに止められた。



「おい、待ちなさい。なんだそれは」


「見ての通り、ラプトルだったものです。急いでいるので」


 横では普通に獲物を担いだ冒険者が通っていくのだが、なぜ俺だけ?


「どう見ても。ラプトルには見えないだろう。何だその塊は」


「現地で解体して必要な部分だけ持ってきたんですよ。師匠に怒られます。すでに時間オーバーしてるんです。責任取ってくれますか?」


「信じられんな。お前さんソロだろ? ソロでラプトルを倒して、現地で解体? 冗談はよしてくれ」


 まさか、解体したのが裏目に出たのか?


 ん? なんだ手を出してきたけど。


「だが急いでいるんだろ? 本来なら得体のしれぬものを持ち込むことは許可できないのだが……」


 ああ。賄賂の要求ですか。


 そう言うことなら。


「すみません、今手持ちがないのでこちらの住所まで取りに来ていただけますか? もちろんお手間を取らせるので、それなりに色は付けさせていただきます」


「そうか、急ぎだものな。仕方がない。通っていいぞ」


「ありがとうございます。いいですか、必ず来てくださいよ。来なかったら何かあったのではないかと、心配になって詰め所に問い合わせますからね」


 うんうんと頷き、笑顔で手を振る憲兵のおっさん。


 知らんからな。


「おい、シオン殿と何かトラブルか?」


「なんだ? あいつのこと知っているのか?」


「ああ、アリシア様のお弟子さんだぞ。さすがに早いな。樹海までの往復2時間か」


「ちょっと待て、なんて言った?」


「樹海まで往復2時間……」


「違う、その前だ」


「ああ、アリシア様のお弟子さんの所か。優秀らしいぞ。ちなみに結構タイトスケジュールでアリシア様から依頼を出されているからな。もし見かけたらすぐに通してやってくれ」


 顔が青ざめていく憲兵。


 その様子を見てもうひとりは、何があったかを察したようで……


「俺は知らないからな」


「そんな、助けてくれよ」


「まあ、早いところ謝りに行くんだな」




 余計なことに時間を取られてしまい、師匠に言われた時間より遅れること20分。きっと怒っているに違いない。


 恐る恐る工房のドアを開けると意外な反応が返ってきた。


「おかえり、遅かったじゃない」


「これでも急いだんですけど。遅くなり申し訳ございません」


 師匠から出された課題をクリアできず、頭を下げる。


 確かに時間には間に合わなかった。間に合わなかったのだが師匠よ、その手に持っているものは何でしょうか?


「ん、いいわよ。それよりお昼作っておいたから」


「……はい?」


「あら、私の手料理よ。ありがたく食べなさい」


 なんか嫌な予感がする。


「ちなみに食材は?」


「ん? 急にローストビーフが食べたくなったから、それで作ったわよ。お肉は少し熟成した方が旨味が増すわね、マスタードソースでいいかしら?」


「……ありがたく頂かせていただきます」


 必死に帰ってきたのに。少しでも美味しく食べられるように血抜きまで丁寧にやってきたのに……


「食べたらでいいから、ラプトルは適当に処理して、保管しておいてね」


 美味しそうにローストビーフサンドを頬張る師匠。パンより肉の方が多く見えるが、俺のはその逆になっている。遅れた罰はこれか……


「……承知しました」




 その日の夜、工房の扉がノックされたので開けてみると、目の前には昼間の憲兵が土下座で待っていた。俺にいちゃもん付けて、賄賂を要求したことが上官にもばれて謝罪に来たらしい。


 しかも上等な菓子折り付き。


 いつも素通りさせてくれるおっちゃんもいるので付き添いだろう。


「この度は大変申し訳ございませんでした」


「まあ、次からはこんなことないと思うけど、悪いことするなよ」


「は、はい」


 どこの世界も似たようなもんだな。


 俺から許しが出たことで、二人そろって頭を下げて帰っていった。



 ちなみに菓子折りなのだが……


「シオン、この店の焼き菓子美味しくないのよね」


「まあ、貰い物ですから」


「あんたが食べていいわよ。その代わり、食後のデザートをよろしく」


「本日はフルーツゼリーをご用意しました」


「あんたの作るデザートは美味しいわね。錬金術師やめてパティシエにでもなったら?」


 師匠、さすがに弟子に向かってそれはないでしょう。


 泣きますよ。



 ……どうせ次の修行も、とんでもないのが来るんだろうな。


 俺にでもできそうな、錬金術の依頼で修業でもしてくれないかな。

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