この馬鹿!死ぬのは俺だけでよかったはずだろうが!
藍敦【俺ネト一巻12/13発売】
一章
第1話
俺は自分を『良い大人』だとは微塵も思っていないし、他人からも思われていないと自覚している。
が、それなりに善行を積めば『こんな俺でも幸せな来世を得られるのではないか?』という、下心たっぷりな偽善的選択をこれまでしてきた。
それは例えば、割と遠縁の親戚、どことなく邪険に扱われている遠縁の娘さんに金銭的な援助を申し出たことや、そのまま『ならお前が引き取れ成金』と、ギリギリ罵倒に分類される野次を誰かから投げかけられ、売り言葉に買い言葉で引き取ったことだったり。
まぁ、一応広義的に言えば叔父さんにあたるらしいぞ、俺。
「あの……出席してくれてありがとうございます」
そして現在、俺は引き取った姪の高校の卒業式に出席し、帰り道を一緒に歩いているという訳だ。
「世間体ってモンがあるからな、俺にもお前にも。しかし引き取って一年、お前が卒業生代表に選ばれる優等生だなんて知らなかったな。なんで親戚連中はお前を引き取りたがらなかったんだ?」
デリカシーよりも好奇心を優先させる。それが俺が『良い大人』と思われない一番の理由なのかもしれない。
が、実際この娘は『問題児』でも『売り』をしている訳でもない、所謂『良い子ちゃん』だ。
それが何故、親戚をたらい回しにされ、挙げ句俺のような『金しかない大人』に養われることになったのか。
「……亡くなったお父さんもお母さんも、凄く良い夫婦だって言われてました。おしどり夫婦だって、若いのに良い家庭を築いた成功者だって」
「ああ、そうだな。事故さえなけりゃ俺だって内心嫉妬してたろうよ。金は俺の方が持ってるが、あいつは金はそこそこに幸せな家庭と人望があった。だから俺とは真逆にいた存在だ」
まぁ遠縁ではあるが、ビジネス上の付き合いで顔を合わせることもあった。
互いに親戚だと知って、多少偶然を面白がり、一緒に飲みに行くこともあった。
だがその程度だ。精々一度家に呼ばれた程度、そんな関係だ。
だからアイツが親戚の間で『嫉妬を集めていた』なんて知りもしなかった。
「私を自分の家庭に入れたくない、たぶんそんな風に考えていたんだと思います」
「まぁそうだろうよ。お前さん母親に似て美人だし、男がいる家に引き取られたらトラブルが起きかねん。まぁそれを抜きにしても昔からお前のことは利発そうだと思っていた。きっと親戚連中も、自分の実子と比べたく、いや比べられたくなかったんだろうよ」
俺から見ても、もう五年もすればエリート連中がこぞって求婚しそうな容姿だと評価せざるを得ない。
まぁ俺はこの歳にもなって結婚に微塵も興味を持てない、刹那的快楽に身を委ねる大人だが。
「……私、奨学金で大学に通いますから。もう、おじさんの負担になりませんから」
「アホか。俺がお前を引き取ったのは『金銭的に余裕がある』からだ。ガキの人生の二つや三つくらいなら余裕で賄える程度の金があるんだよ。分かるか? 一年でガキ育てるのに必要な金を余裕で稼げるんだ。学費くらいはした金なんだよ。だから何も気にすんな」
舐めんなガキが。お前が家で飯食う時ですら量を減らしてるのもお見通しだ。
こっそり栄養補給になるサプリメントを料理に混ぜてんだ、そんなことしても無駄だ。
このサプリの値段の方がむしろ食材より高いくらいだ。
「いいか、金のことは二度と口にすんな。それと大学の近くに引っ越すなら相談しろ。持ってるマンションに住まわせてやる」
「いえ、それなら叔父さんの部屋から通います」
「家事をするってか? 最悪ホームヘルパーでも雇うって言ってるだろ」
「いいえ、私がします」
「そうかい。花の大学生活をわざわざこんなおっさんと一つ屋根の下が良いなんてな」
俺は手持無沙汰から……それとも若干の照れ隠しなのか、姪の持つ卒業証書を奪い取り、弄ぶ。
「叔父さん、小学生じゃないんですから……」
「……前々から思っていたが、この筒はここまで気密性を高める必要があったのか? 空気を逃がす穴を開けようと思わなかったのか?」
スポンスポン。いや、やるだろ。この筒持ったら一度はやるだろ。
ふむ……手に取ると立派な証書だな、良い紙を使っている。
だがその時、少し早い春一番が俺の手元から卒業証書を奪い取る。
流石にこれは俺でも不味いと思う。
道路に軟着陸した証書を拾う為に、車に止まるように手を上げ、静止したのを見届けてから道路に拾いに向かう。
流石に飛び出して轢かれる、なんてアホな真似はせんよ。
だがそんな『お約束』がWEB小説にあるのも、時間と金の余っている俺はよく知っている。
あれは良い、頭空っぽにして娯楽を享受出来る素晴らしい作品群だ。
「ワリィな、流石に遊び過ぎ――」
……まぁ最近、運転マナー悪いヤツ増えたもんな。
煽り運転や『おめぇ免許持ってねぇのか?』と言いたくなるような危険運転、それに――
無理な追い越しとか増えたもんな。
トラックの影から猛スピードで追い越しをかけた車が、イキったデザインのスポーツカーが、明らかに制限速度をぶち抜いている暴走車が、年齢に似つかわしくない卒業証書を大事そうに抱えている俺に向かってきた。
「叔父さん!!!!!」
走馬燈って、ゆっくり見える今際の際の光景のことなのか?
姪の叫び声が聞こえ、最後にそちらを振り向く。
なんで、お前まで飛び出してきてるんだよ。
なんで俺を道路から突き飛ばそうとしているんだよ。
この馬鹿……お前みたいなヒョロヒョロの娘が押して……俺が突き飛ばされるかよ……。
死ぬのは俺だけのはずだろ……なんでお前まで……一緒に――――
俺が最後に見たのは、姪が車と衝突する寸前、謎の光に包まれていく光景だった。
その次の瞬間、自分の身体が潰れていくような猛烈な衝撃が全身を襲い、俺の意識を奪い――
善行を積んだ甲斐はあったのだろうか。
俺が最後に見た光景は、善行の果てに俺にもたらされた『姪の命だけでも救ってくれた』という奇跡の光景だったのだろうか?
青空を見上げながら、朦朧とした意識でそんなことを考えていた。
「……俺、生きてんのかよ」
どうやら俺は生きているらしい。
だが呼吸が苦しく、背中も痛い。
俺はどこに寝転がっているんだ?
「ヘリオス! おおヘリオス! ああ……主神ゴティアス様……! 息子を助けて下さりありがとうございます!!!!」
「あん?」
首をゆっくりと動かすと、見知らぬ外国人が涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。
なんだぁ? 俺と一緒に誰か轢かれたのか? そいつも生きてたのか。お互い強運だな。
よかったなぁヘリオス君とやら。
「さぁ! すぐに神父様に見せに行こうなヘリオス!」
そう言って、見知らぬ外国人は俺を優しく抱き寄せる。
なに言ってんだこいつ。
「おい何言って――」
振り払おうとした手が、俺のものじゃなかった。
周囲を見渡すと、都心の道路でもなかった。
水が流れ、丸石がいくつも転がる、大自然豊かな川原。
すぐ傍まで来ている流れを見れば、水面に映る見知らぬ外国人のガキ。
……ああそう、善行積んだ結果がコレか。
そうかそうか。
「今時車に撥ねられて転生しちゃうか。使い古され過ぎだろ流石に」
WEBならブラバもんだろうが!
教会に連れられる。
見知らぬ宗教と神の名、そして医者より先に教会に連れて行かれ、見たことのない現象により身体の違和感を取り除かれる。
魔法だ、これは間違いなく魔法、もしくは俺の知らない未知のナノマシンによる超回復。
マジかよ、ここ地球じゃないのかよ。
「気分はどうですか、ヘリオス君」
「あー……はい、良くなりました」
口調を取り繕う。まだ、何も情報がない以上、周囲を混乱させるのは悪手だ。
「日頃の行いの良さがこの結果を生み出したのでしょう……まさか、この流れの緩やかな川で足を取られ溺れてしまうとは……頭の怪我は大丈夫ですか? かなり強く打っている様子ですが」
「はい、神父様の奇跡……? のお陰で楽になりました」
「ふふ、奇跡などと大げさな。この程度は『加護さえ頂ければ誰でも使える魔法』ですよ」
「そうなんですね」
加護? なんらかの条件次第で使えるようになる魔法か?
情報が欲しい。恐らく、俺は地球で死んだんだろう。
そして頭を打ったことで前世の記憶を取り戻したか、はたまたこの身体の持ち主……ヘリオスだったか? が死んでいて、そこに地球で死んだ俺の魂が入り込んだのか。
どっちも変わらないか。
「そろそろ大丈夫でしょう。ヘリオス君、一度家に戻ってご両親を安心させてあげなさい。本当によかった……せっかく来月、加護が与えられる一〇歳の誕生日を迎えると言うのに、ここで天に召されるのはあまりにも不平等ですからね……」
「そ、そうですね。俺も、よかったです」
俺にも加護が与えられる?
この世界で生きていくしか俺にはもう道はないのだろう。なら、その加護とやらは是非欲しい。
俺は神父に挨拶の後、教会の外へ出る。
さて、困った。俺の家……どこだ?
「チッ……本当に生きてやがったのかよ。お前、調子に乗んなよ? また同じ目に遭いたくなかったらな」
その時、教会の影から一人のガキが現れ、突然そんなことを言い出した。
なんだぁ? お前、この身体が死にかけたのに関係してんのか?
……少なくとも俺に喧嘩売ったなガキィ……。
殺人未遂なんてしてくれてんなら『俺もやる』が、覚悟はいいか?
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