第2話

 


『仁、着いたか?』

「ああ。」

『そこから右を向いて、壁にもたれかかってるフードを被った男。』

「……了解。」


 イヤホンで涼と繋がりながら僕だけ表に出る。これが鉄則だった。


「あの、すみません」

「あ?」


 人が行き交う歌舞伎町の商店街。涼に言われた通りの男に声をかける。


「お兄さん、なんか、この人にお兄さんと一緒に来るように言われたんですけど……来てくれませんか?」

「はあ?なにいってんだ?…なんで俺が……っ!……あ、ああ、行こう」


 僕がある男の写真を見せると、男はすぐに真剣な顔になり、肯定的な態度になった。

 それもそのはず、この写真の男はこの辺りの長。こいつの直属の上司みたいなものだろう。

 そして2人でビルに入り、階段で地下一階へ。


「で、指示には続きがありまして…お兄さんが持ってるその袋、ここに置いていって欲しいそうです。」

「は?……ほんとにその人が言ったのか?」

「はい。」

「……証拠。お前、なにか証拠はあるか?そんな人伝に言われてもなぁ。ちょっと信じられねぇかな。」

「…………」

「答えられねぇなら、お前は誰だ?何者だ?……こっちの世界、っていうことはわかってんのか?……おい、ガキ。」

「…………証拠ならありますよ。ていうか、メッセージが。」


 ポケットからスマホを取り出しあるメッセージを再生させる。


『…リチャード。その袋を××ビル地下1階におけ。これは命令だ。俺からのな。』


「っ…!こ、声は確かにそうだが、あ、暗号は?うちらの組織と取引するときの暗号。お前が取引したっていうなら、わかるよな?」

「………bread。ですよね?」


 それを聞き、男はじっ…と僕を見て考えているようだった。男の目は少し眼振が見られた。薬物だろう。


「………ああ、そうだ。……わかった。信じる。これはここに置いていく。……お前もご苦労だった。」

「……はい」


 男はそう言い、紙袋を置き、後ろを向きそのまま出ていく、のではなく、2発の発砲音とともにばたんと倒れた。僕が放ったゴム弾だ。


「……った……んだ…お前…」

「……ちょっと聞きたいことがあるんですけど、……この2人、見た事ありませんよね?」


 横になって動かない男の元へ行き、屈む。そして2枚の写真を見せ、静かに問う。


「……は、…?…知らない…ほんとに、……知らない……」


 男は僕のことをいかにも恐ろしい奴を見ているように怯え、動かなそうな体で精一杯首を振っていた。


「そうですか………じゃあ、『ラヴァ』って、聞いた事ありますか?」

「……?……いや…ほんとに…わからない……」

「そうですか……」


 嘘をついているようには見えない。

 聞きたいことが聞けた僕は立ち上がり、スタンガンを取りだした。

 辛うじて首をあげる男は、第一印象の顔から随分とかけ離れた顔をしていて、人は見かけによらないな。なんてどこか客観的に思う。


「……なんなんだ、お前…っ!」

「…影遣屋です。」


 バチッと男の首に電気を流せば、びくっと痙攣した男はそのまま気を失った。

 静まり返った地下。男を用意していたロープで縛る。

 そしてイヤホン越しにいる男へ話し掛けた。


「涼、ありがとう。やっぱりいろいろ疑ってきたよ。」

『まあそうだよな。むしろ2手でいけてよかったぜ。結構ちょろい奴だったな。』

「警察はもう呼んだ?」

『ああ。もう少しで来ると思うぜ。………あと、今入った情報だが、その辺り、あの人がが仕切ってる軍団が最近活発らしい。…早く帰ってこいよ。』

「…うん、そうする。」


 縛った男を転がし、男が持っていた袋は触れずそのまま。防犯カメラも涼がなんとかしてくれるだろう。撤収しよう。そう思い出口の方へ向かうと、降りてくる足音が聞こえた。

 なんだ…?誰だ?

 カチャ…っとポケットに忍ばせている銃に触れる。コツコツと降りてくる男の足、胸、そして顔が見えたときにはもうポケットから手は離れていた。


「……なんだ…」

「……あ?」

「またか……」

「おいおい、それはこっちのセリフだっつーの。どうも上手くいってないと思ったらやっぱりお前か。……それ、俺らの下っ端が取引きしてたものだろ。」


 そこに居たのは涼が言ってたあの人。仲間の様子を見に来たのだろうか。

 いわゆる裏の人間の代表格。僕たちが行くとこ行くとこに居る。お互い関わりたくないはずなのだが、なぜだか会ってしまう。


「……ていうかお前、この間板橋区のうちの商業のグループ、壊滅させたろ?」

「ああ、うん。だって被害数酷かったし。」

「うんじゃねぇ。ガキのくせに生意気な。」

「ガキは関係ないだろ。………そもそも、迅さんにとっては、潰してくれた方が好都合なんじゃないの?」

「……まあな。…ていうか、表でそういうことを気軽に言うんじゃねぇ。」

「……サイレンの音、してきましたね。」

「お前、わかってて言ってるだろ」


 目の前の無駄にスタイル、顔面ともに良い男を見やる。

 何故こんなにも会ってしまうのだろうか。

 僕たちが影遣屋を始めたのは1年前。

 迅さんと初めて出会ったのは、万事屋を始めて2ヶ月ほど経った頃だった。




 8ヶ月前



「ん〜…まあやっぱ依頼こないよな」

「ね…知名度が地の底だからなあ……もっと積極的に宣伝するべきか」

「なんでもやります!なんてデタラメな怪しいやつらでしかないけどな」


 影遣屋を始めて2ヶ月。

 依頼なんて雀の涙程度しか来なく、毎日を男2人で個室でだらだらと勉強しながらパソコンと睨め合う日々だった。

 少し開いた窓から入り込む初夏の風が気持ちよかった。


「ていうか凉のお得意のハッキングとかで無理矢理なにか見つけられないの?」

「どういうことだよ。できなくはないけど珍しくデタラメだなお前。」


 凉は俗に言うパソコンオタクだ。プログラムやらなにやら、僕もできなくはないが、凉はそこの領域でいうプロ中のプロだった。

 カチカチとWebページをチェックする。メッセージ箱をクリック。そこには4件ほどの悪戯のようなメッセージ等。

 2ヶ月なんて、こんなものだろうか。

 はあ、とため息をついて画面を戻そうとする…と。


「……ん?…あれ、これ……」

「あ?……お!」


 画面には、新着メッセージ。

 そして確かな依頼だった。



【影遣屋 様

 兄が失踪して5ヶ月。その兄の声で電話がかかってきました。内容は、××××に、1月25日16時30分。これだけです。どうしたらよいのでしょうか? 神田】



 ◇


「………ほんとにここ?」


 密度が高そうなそこに着いた僕は、慣れないメガネとマスクをつけ、指定された場所の端っこに人を待っているように身を寄せていた。


『ああ、そこで間違えないはずだぜ。依頼がデタラメじゃなければな。』

「……急ぎすぎたかな。もっと裏取りするべきだったか。」

『裏取りなら俺が充分やったけどな。神田っていうやつも一応本名で存在するみたいだし。しかも失踪も本当。電話の発信源も今調べてる。』

「……いやさあ、失踪した兄から電話かかってきてさ、場所と時間だけ伝えられたっていうから、もっと閑散とした地下を思い浮かべるじゃん?……なんでこんな人しかいない中華街?」

「それは知らん。けどまあそうだな。……連れ去られたりすんのか?お前」

「おい。適当なこと言うんじゃない。…こんな人目しかない場所で……あ、」


 背中になにか押し付けられたような違和感を感じ、目で後ろを見ると高い背をした全身真っ黒な、おそらく男。フードを被りマスクとメガネ。いかにも。って感じのやつだ。


『仁?…おい、仁?』


 涼の声を聞き取りながら、電話を切る。

 この背中に感じているのは銃口だろうか。よくドラマやアニメであるシーンだ。こういう場合、どうするのがよいのだろうか。とりあえず声をだしてみようと口を開こう…とした刹那。


「お前、名前は?」


 低い、だが若い。20代くらいだろうか。やはり男だ。


「…………仁」

「……………ほんとうに?」

「…?…なんでそう思う?…というか、そちらこそどなたで?…その手に持っているものはなんですか?」

「………黙って付いてこい。騒いだら殺す」


 そんな言葉を実際に言われたのは人生で初めてだった。ただ、全くもって怖くはなかった。

 そのまま言われた通りにその男に着いて行った。東京は周りの人に興味がない。ここが田舎なら通報案件だろう。そう思うほどにその男は怪しく、僕らの今の距離感は違和感でしかなかった。

 少し歩き、路地裏に入る。更に古びた扉を開け、窓からひとすじ程度の光が入る程度の暗く、廃墟のような部屋に入った。

 そして男は立ち止まり、低い声で訊いてきた。


「何が目的だ?」

「………?…それはこっちのセリフなんですけど…脅されてる?のこっちだし…」

「……そっちが呼び出したんだろ?」

「…は?……どういうことですか?」

「あ?……そのまんまの意味だけど」


 なんだか噛み合っていない気がしてきた。これは、一旦話した方がいいかもしれない。


「……えっと……正直に話しますね。…僕は依頼を受けた側です。失踪した兄から電話があり、場所と時間を伝えられ、どうしたらいいかわからないという依頼を受けました。で、そこに行って待っていると、あなたが来ました。」

「………あーー…と、つまりお前は正義側だと」

「……正義……まあ、一般的な視点から見たらそうですかね」

「……ったく……じゃあ誰だよあんなメッセージ……くっそ…」


 男はやっと銃を下ろし頭をガシガシとかいた。ただのガラ悪いヤンキーのように見えた。


「…?あの、あなたは結局…」

「あ?……俺もお前と同じようなもんだ。俺も呼び出されたんだよ。どっかのどいつに」

「……呼び出されて…?……え…じゃあなんで急に銃口向けてきたんですか?……思いっきり悪者でしたよね?騒いだら殺すとか言ってましたよね?」


 先程のこの男の様子を思い出す。この男も呼び出されたのだとしたら、なぜいきなり銃口で脅すという手段になるんだ?


「うるせぇ。俺は様子伺うとか好きじゃないんだ。ていうかお前、……いやなんでもない」


 男は僕を物色するようにじっと見て、目を逸らした。


「……?では、だったらどこのどいつなんでしょうね。僕らを呼び出したのは。」

「……さあな。…俺は兄の失踪とか知らない。俺は4年前の事件の再捜査みたいなものだ。」

「4年前……」

「なんか思い当たることあんのか?」

「いや、僕その時期のことあんまり覚えてないので…」

「はあ?認知症か?」

「違いますけど…っていうか、再捜査ってなんですか?…それってどういう……」


 なんだかいきなりジャンルの違う単語が聞こえ、ん?と問い詰めようとすると、バタンと扉が開き、ドタドタと人が入ってきた。


「いたぞ!……おい、皇迅!!」

「え…なになに、だれ?」


 響く男の怒声。よくわからない状況だが、隣の男は焦ることなくわざとらしく前かがみになり煽るような態度をとった。


「昨日の取引相手を忘れたのかお前は!」

「あー!……はいはい、何の用ですか?」

「…見てわかるだろ?」


 ぞろぞろと現れた5人ほどが、皇迅とかいうやつを目掛けてバットやらナイフやらを持って襲いかかる。それを見た僕は最低ながら助けてやろうと動く気になれなくて、なぜだか大丈夫だろうという余裕感が僕の中にあった。

 目の前の男はマスクとサングラスを外し、焦った顔もすることなく、長い手足を有効活用するように回し蹴りを放った。それでもう2人は行動不能となり、残る3人は怯みながらにも襲いかかる。そしてそいつは1人を素早い単純な動作で殴りかかり気絶させ、残る2人が持っているナイフを奪うように足蹴りし、そのまま軽く手刀で気絶させた。

 決着は早々に着き、静まり返る。


「…あ、ごめんごめん、怖かった?」

「いやべつに…」

「あ、そう……で、結局お前…」

「!あ、…」


 くるりと男がこちらを向き、何も傷ついていない、モデル顔のようなその顔で見てくる。そして僕はその後ろで1人が銃口を向けるのを見つけてしまって、反射で銃を取りだしそいつの銃をを目掛けて発砲した。

 カシャンと落ちた銃を見やり、そのまま3発男のすぐ傍らに発砲。威嚇射撃のつもりだったが、男は撃たれたと思い気絶したようだった。


「……お前ももってんのかい」

「………まあ。護身用みたいなものですけど」

「お前高校生とかじゃないの?なに?怖いんですけど……え、法律的にアウトじゃない?っていうか、お前じんとか言った?名前。」

「法律って…あなたが言いますか?……仁ですけど…」

「……なに、結局だれなの?」


 目の前の全身真っ黒で危険の代名詞みたいなやつに正体を明かすべきか否か。否としか思えないが、この男がどうにもひっかかる。


「…その前に、あなたの方が教えてくれませんか?誰ですか?」

「……んー…どうしようかなあ。名前は皇迅だ。…で、裏の人間の長みたいなものだ。」

「………帰っていいですか?」

「まてまて、……お前の正体明かしたら俺の本当の正体教えてあげるよ。」

「……そんなに気になります?」

「うん。珍しく。だってお前、その声とそのじゅ……う…」


 男は僕の銃を見て言葉を詰まらせる。……なんか、目が据わっている。


「………なんですか?」

「……え、いや……ははっ…うん。なんでもない。とりあえず、教えてくれない?そのマスクとメガネもとって。」


 そう言われ、思考を巡らせたのち、この男のことを知りたいという好奇心の方が勝ってしまったみたいだ。まあ、涼もいるから、なにかあった場合は隠蔽でもなんでもしてもらおう。


「……わかりました。……僕は天城仁。影遣屋っていう、……依頼を受けて解決する、なんでも屋ではないですけど、そんな感じのことをやっています。」


 メガネとマスクも外し、そのままイヤホンをつけ、凉に電話をかけた。これは念の為だ。

 ちらりと男を見やると、表情が僅かに険しく、驚いたように僕を見ていた。


「……え、なん……ですか?」

「……あー……なんでもねぇ。……天城仁…ね。俺は皇迅。…警察だ。」


 がしがしと頭をかきながら、男はさらりとそう告げた。そしてその単語を反芻される。……警察?


「警察……は?警察?」

「そう。お巡りさん。……だからお前はもうこういうことすんな。絶対。」


 警察という単語に驚いていると、男は声のトーンを下げ、こちらを脅すように目で、オーラで気迫してきた。


「っ…?………いやです」

「はあ?」

「僕は生半可な気持ちでこういうことをやっているんじゃない。…僕には、知りたいことがある。」

「………ガキは大人しく勉強でもしてろ。こっちの世界に入ってくんじゃねぇ」

「あなたと10歳も変わらないと思うんですけど」

「……歳の話じゃねぇし。そもそも俺は社会人だ。天と地くらいの差があるんだよ。」


 むしろ傍から見た精神年齢は僕の方が上の自信あるんだけど。ただ、なにかこの男は貫禄みたいなのが多少ある。悪ガキみたいな大人の裏側に、なにかが。


「………僕、14歳〜16歳の記憶がほとんどないんですよね。」

「……へー?」

「…僕は、その空白が知りたい。」

「……好奇心があるのはなによりだが、その好奇心だけで破滅に向かうのはおすすめしねぇな。」

「……大丈夫ですよ、僕強いし。」

「強かろうがなんだろうがお前は向いてないよ。……良い子ちゃんは大人しくしてろ。」

「………あの、あなたは実は優しいんですか?」

「はあ?」

「まあ、なんと言われようが僕はやりたいことをやります。それに……約束だから。」

「………約束?」

「…………なんでもないです。」

「ちっ……お前可愛くねぇなあ。……ちゃんと人生楽しんでんのか?」

「……………」

「あれ、ごめん地雷だった?」


 舌打ちをして顔を顰め、失礼なことを言うこの男は本当に警察官なのだろうか。そんなことを考えているとサイレンの音が微かに聞こえてきた。皇迅はおー、来たか。と無線を取りだし、そこでやっと信じられた。


「本当に警察官なのか。みたいな顔してんじゃねぇ」

「あ、バレました?」

「いいか、お前余計なこと話すんじゃねぇぞ?そしてもう二度とこんなことすんな。その銃、二度と使うな。」


 びしっと指をさす姿はやはり警察官には見えない。じゃりっと出口の方に歩いて行った男はやはり背が高くて、そして全身真っ黒で、不審者にも見えるし、顔だけ見れば変装している芸能人であった。


『おーい、仁?』


 耳から聞き慣れた声がしはっとする。


「っああ、涼か。…ごめん、放置してた」

『仁?大丈夫だったか?…ずっと男と話してたみたいだけど。』

「ああ。まあ……帰ったら話すよ」

『……そ。じゃあアイスよろしくな』


 その日の晩、涼に皇迅のことを話し、そして隅々まで調べてもらい、正真正銘の警察官だということがわかった。


 それからもう会わないと思っていたのだが、依頼で行けばどこかで会う。6ヶ月経ち、遭遇率を計算したところ脅威の92%。

 もはや依頼と迅さんはセットになっていた。


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じんとじん @iiiiyou

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