じんとじん

@iiiiyou

第1話

 …機械音。息苦しい。 体が動かない。

 どこ?……白い…天井……。

 僕は、……


「先生!…204の男の子、意識戻りました!」


 女の人の声が耳に入った。……先生?…ベットに寝かされている僕、このなんとなく見覚えのある白い天井。周りのカーテン、機械。ああ、もしかしてここ病院なの?


「……君、自分のことわかる?」


 女の人が心配そうに覗き込む。いかにも看護士さんって感じの人だ。30代前半くらいだろうか。

 応答しようとして、声が、思うようにでない。体も動かせない。はくはくと口を動かす。なんとか伝えたい。僕の名前は、


「……じ、……ん」

「じん……くん?__大丈夫、無理しなくていいよ。……すぐ先生呼んでくるからね!」


 看護師さんと思われる人が優しそうに笑う。まるでテレビを見ているような、どこか他人事の風景のようだった。

 僕は一体なにがあったんだろうか。最後の記憶を脳内で検索する。


「……あ……」

「……ん?……どうしたの?」


 無意識に、看護師さんの腕を掴もうとして、掴めなくて、ちょんと触れた。

 なにか言わなくてはいけないことがある気がする。今言わないと、もう一生思い出せないような。…二度と、たどり着けないような。

 ___なんで、なんでこんなに、胸が苦しい?

 誰?誰だ、お前は。


『お前はこちら側にいるべきやつじゃない。……救ってやれ。』


 心臓が、一際強く脈を打った。


「………ラヴァ?」





 2年後





「っ……!!!」

 いつものアラーム音。に少し乱れた呼吸。何度目だろうか。目を再び閉じ深呼吸する。そしてちらりと窓に目をやれば、明るくなっている外。いつもと変わらない1日、だけど目覚めの悪い朝だった。

 ベットから這い出て伸びをし、そのまま洗面所へ向かう。ばしゃばしゃと顔を洗い、拭き、歯磨きをした。

 服を着て、鏡で髪を整える。ほんの少しオイルをつけ、くしでとかす。高校3年生。ルッキズムの現代、男でも多少身なりは気にしてしまう年齢だった。

 昨日のうちに詰めたリュックを肩に下げ、玄関に向かう。ここまでトータル10分ほど。

 玄関に腰掛けスマホを取りだし、〇INE、〇ンスタを一通り目を通し、イヤホンをつけ外に出た。 もちろん鍵もかけて。


 徒歩と電車、典型的な通学方法だった。

 電車の中では英単語帳か軽く授業の復習。

 学校に着けばいつものやつと話をする。

 ただここは県内トップの進学校のため、みんな英単語帳を片手に。そもそもお喋りするやつより勉強しているやつの方が多い。


「こないだの模試どうだった?」

「天城はトップだろ?」

「…トップだったけど、点数自体は落ちてたよ。」

「さすがっすねー」

「いやまあ、1位っていっても校内だけどね。全国では1桁入っていないよ。」

「天城ならいつか入れそうだけどな。地頭も成長力も化け物だもん。」

「ね、僕もそう思う。」


 静かめな教室でこそこそと喋る朝。いつもと変わらない日が今日も始まる。

 一限、二限、三限……と、10分の休憩という名の勉強時間も挟みながら授業は続く。集中力を保ちながら、たまに切りながら、学習を続ける。

 成績はよかった。有名な進学校なためみんなやはり頭のできはちがう。だがその中でもトップで居続けるのは苦ではなかった。勉強は幼少期からのあたりまえの習慣だ。あらゆる分野に手を出し、理解し、また手を出す。好奇心の固まりだった。

 だがそのせいで苦労することも多く、人間関係というものは勉強では太刀打ちができなかった。のだが、人間関係にもコツはあった。この人にはこれを言ってはいけない、こういうとき、こう言うのが正解で、そして、どれだけ自分が凄くても謙虚でいればいい。人間関係、コミュニケーションも、試して、改善して、勉強すれば上手くなる。本質を理解すればいいだけの話だ。あとは少しの演技力。


「天城くん、ここわかる?」

「ん?…見せて」


 誰にでも平等に接し、とにかく優しくする。そうすれば、頭もいいのに、性格もいい。そういった安定したキャラになってくれる。


「あー…なるほどね…ありがとう」

「いーえ。って、もう自習時間おわるね。」

「ね、最後の授業が自習って最高だね。したい勉強ができる。……あ、そういえばさ、天城くんって影遣屋って知ってる?」

「…ああ、ネットから応募できるやつね。」

「そうそう、こないだ好奇心でゆみとスマホから応募してみたんだけどね、なにもなかったんだよね。やっぱり詐欺?」

「でもそこは裏の仕事しか受け付けないんでしょ?なにを応募したの?」

「…無くした鍵を探してください」

「ははっ…それ解決してもらう気あった?」

「ううん、ない」


 影遣屋。(かげやりや)

 誰でもネットから応募できるそんな噂がたつ、ミステリアスでかっこいいと中高生の間で人気であった。

 実際に解決してくれた、という人がいるとかなんとか。本当のことは誰もわからない。

 チャイムが鳴り、同時にお喋りも終わり、HRが5分もすれば始まる。教科書をバックに詰めながら今日の自分を振り返る。いつもと変わらず順調だっただろう。授業も全部理解出来た。問題ない。あと考えるのは受験くらいか。志望校はなんとなく決まっているが、まだ定かではない。周りの奴らは決まっている人がほんんどで、それに向かってみんな努力しているのだろう。僕は、日本一の大学はそこまで興味がなく、国立ならどこでもいい。そう思ってしまう。よくないことなのだろう。だが将来なりたいものなんてわからない。

 ____どこにでも適応して生きている。のに、僕は、人生を楽しんでいる。と、心から言えなかった。


「仁?」

「っえ、…ああ、凉か。」


 そんなことを考えていればもうHRは終わっていた。HR、集中力をかいてしまった。まあいいか。

 飯野凉。いわゆる幼なじみというやつで、中学では疎遠だったりもしたが、今は1番一緒にいるやつだ。

 席を立ち、廊下に出る。ガヤガヤとした廊下を歩き、靴箱へたどり着く。


「帰りコンビニ寄っていい?」

「また甘いもの買うの?」

「うん。頭回んないし。」


 何処から金が沸いて来るのか、しっかりとコンビニで買い物した涼と共に、僕の家へと向かう。

 涼は甘いものが大好きなくせに、全く太らない。メガネをかけ、細身で、だが中身はとことん明るく、所謂陽キャだ。

 家に着き、鍵を開け、いつもの僕の部屋へ入る。一人暮らしだから全部が僕の部屋なのだが。

 僕が勉強机の椅子、涼は床に座りバックからパソコンを取りだし小さテーブルの上で起動する。

 起動して開いた画面は、数多の依頼を受けた募集箱。


「今日はどのくらい?」

「ガチっぽいのが1件。」

「ほんと?……見せて」


 影遣屋。引き受けたいものだけ引き受けます。

 それが僕たちだった。

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