第2話『積み上げるデータと最初の壁』

次の日も、カズトは学校から帰宅するとすぐにヘッドセットを装着した。

 頭の中には、前回倒した“スライム一体”の戦いが、繰り返し再生されている。

 今の構成なら、確実に“1体”なら勝てる。

 だが、次は――**“2体以上”**だ。


「前より範囲を意識して、敵の行動を分断できるようにしないと」


 ゲーム内にログインし、再び草深い神社エリアに降り立つ。

 この“浅層フィールド”には、スライムの他にも複数の低レベルモンスターが混在しており、ランダムで2~3体の小集団が現れるようになっている。


 歩き始めてすぐ、草むらが2方向からガサッと動いた。


「来た……2体」


 確認。片方は昨日と同じスライム。もう片方は【コモンオニダケ】というキノコ型モンスター。

 攻撃力は低いが、一定時間ごとに“胞子”をばらまき、こちらに【目潰し】効果を与えてくる。


「状態異常系……これはまず“結界”から張るべきか?」


 迷いながらも、前回と同じように【結界:清場】を足元に展開。

 そして、先に動いてきたスライムに向けて《鈴鳴》。


 いつも通り反応したスライムが、結界内に突っ込んでくる。

 よし、これで動きを鈍らせることが――


 ……と思ったその時。


 横から、キノコの胞子がふわりと飛んできた。


【状態異常:目潰し(命中率-90%)】

【視界に濃霧効果が付与されました】


「くそっ……!」


 目の前の視界がぼやける。敵の姿も、足元の結界の輪郭すら曖昧になった。


 そこに、スライムの二撃目が突っ込んでくる。


 紙札を投げようとするも、命中率は90%ダウン。当然のように外れる。


 そして――


【被ダメージ:38】

【粘着付与】

【移動速度低下】


「まずい……逃げられない……」


 続けざまに、キノコの二撃目の“胞子爆発”。

 結界の範囲外から飛ばされる広範囲攻撃。

 カズトのHPがじわじわと削られ、スキルも次々とクールタイムに入る。


 そして――ゲームオーバー。


【あなたは戦闘不能になりました】

【ロスト経験値:-5(初期レベル補正中)】

【再起地点に戻りますか?】


 カズトは静かに深呼吸し、画面に表示された敗北ログを見つめた。


「……見えてなかったんじゃない。**“見ようとしてなかった”**んだ」


 再起点となった祠の石段に腰を下ろし、カズトは現実のノートを手に取った。

 手元には先ほどのログの記録が残されている。


《戦闘ログ:敗北要因分析》

・【敵】スライム(突進/粘着)+オニダケ(目潰し)

・【状態異常1】視界阻害 → 命中率90%減

・【状態異常2】粘着 → 逃走不可

・【敗因】対集団における優先順位の誤り

・【結論】単体対応式では無理。エリア支配系構成の再設計が必要


「祓師は“バフ・デバフ”だけじゃない。

 結界で“場そのもの”を変えるのが、本質のはずだ」


 カズトは《構築式スキルメニュー》を開き、すでに習得済みのスキル【結界:清場】を選択する。

 このスキルは、基本的には“状態異常を遮断”する結界だが――“構成式”を編集することで、全く別の性質へと変化させられる。


《構築式:清場/現在の構成》

・主構文:式展開(対象中心)

・副構文:状態遮断(異常無効)

・持続:15秒

・再発動:30秒

→ 編集中...


「副構文を“遮断”から“霊圧干渉”に切り替えて……持続時間は5秒に減らす。かわりに、範囲拡大と術式重複可に変更。これなら、短時間で“罠”として使える」


 彼は、スキルを“防御”ではなく、“迎撃の場”として構築し直した。

 複数展開による“足止めと誘導”のための術式。

 理屈上はうまくいくが、精度は自分次第だ。


「じゃあ、試すか。今回は、“相手を誘導して倒す”って戦い方でいく」


 再び草むらへ踏み込み、再戦。


 出現したのはまたもや【スライム+オニダケ】。

 同じ組み合わせ。だが今回は、最初から想定済みだ。


 まず鈴を鳴らし、スライムをこちらに引きつける。

 その進行ルート上に、先ほど再構築した“短時間結界”を配置。


 霊圧干渉型のこの結界は、踏み込んだ対象に“霊的摩擦”を与え、強制停止”させる。

 そしてその反動で、足場を一瞬だけ“滑らせる”という仕様がある。


 スライムが突っ込んでくる。


「そこだ!」


 ドン、と跳ねた瞬間に、結界が発動。

 スライムは霊的な引き寄せに巻き込まれてブレ、地面にずるりと滑って硬直する。


 そこへ札を投擲――命中!


 状態異常【震鎮】発生。


 一方、キノコの胞子は飛んでくる。

 だが、今回はそのタイミングに合わせてもう一枚、短時間結界を重ねる。


「《結界:清場/霊風遮》、展開!」


 結界の中で、胞子の粒が空中で停滞し、周囲に溶けずに消失していく。


【状態異常:回避成功】

【命中率低下 無効化】

【構築式スキル連結成功:ボーナス発生】


 ──そして。


 硬直したスライムを撃破。

 続けて、キノコも式札と結界の重ねがけで徐々に追い詰め、撃破に成功。


【敵撃破:スライム+オニダケ】

【経験値+24】

【戦闘評価:B+】

【構築評価:新たな副構文“連鎖式”が解放されました】


 画面に静かに表示される、勝利と評価。


 カズトはゆっくりと息を吐き、笑った。


「勝てる……ちゃんと考えれば、“祓師でも勝てる”んだ」


 その夜、カズトは攻略ノートを前に、一つひとつ丁寧に記録を重ねていた。

 勝因の分析。構築式の改良点。式札の命中率向上に関する工夫。

 どれも、誰かに教わったものではない。**自分だけの“経験則”**だ。


 ──少しずつ、だが確かに、祓師としての戦い方が“手の内”になってきている。


 その頃、同じログインサーバーの上層管理レイヤーに、別のログが記録されていた。


【観戦データ:ID[Miray*Watcher]】

【対象:ユーザー名“Kazuto_418”】

【評価:手作業構築スキル活用者/構築成功率52%】

【タグ追加:“祓師使い候補”/“人工構成型”】


「おもしろい。……自然構成者じゃない、人工側の手組みでここまで精度を出すとは」


 “彼女”と呼ばれる存在は、ゲーム内に実装された“観測AI”であり、特定条件のユーザー行動を“観察対象”としてピックアップしていた。


 そして、カズトはその観察対象に加えられた初の祓師である。


 数日後――


 カズトは、新たなスキル欄に一つの異変を見つける。


【あなたは構築式スキルにおける“連鎖式”補助構文を取得しました】

【構築スキル:組札連環うつし火の弧が自動生成候補として提示されました】


「……これは、俺が作ったんじゃないぞ?」


 初めて見たスキル名。そして、そこに添えられていた一文。


《人工構成者による多重連鎖を確認。構築者適性:A-判定》

《推薦:祓師上位流派“神帯の環”ルートへの接続可否——審査中》


 ゲームシステムが、カズトの戦い方そのものを評価して“スキルを提案してきた”。


 これは、通常の“レベル到達”や“ボス撃破”とはまったく別ルートの成長だ。


「……変な仕様が多いゲームだと思ってたけど……これは、“俺向き”かもしれないな」


 彼は、誰かに見られているとはまだ気づかない。

 だが、それでいい。

 彼にとって大事なのは、“昨日の自分を超えること”だけだ。


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