才能なしと捨てられた男は生きるためにもがいた
藤川蓮
第1話 侯爵家の長男が無能として廃嫡された顛末
グローランド侯爵家はロッシュ王国でも歴史ある貴族家である。かつては魔法侯爵と呼ばれるほど魔法使いを輩出した侯爵家であったが、最近は尚武の家として勇猛な騎士を何人も出して魔獣討伐に活躍している。
この日、当主のグローランド侯爵は長男であるレーシュを連れて領都の中央神殿で緊張した面持ちで待っていた。
今日はレーシュの10歳の誕生日であり、多くの貴族家では10歳になった子供は神殿で女神のギフトを授かることになる。
控え室で待っているレーシュは神官から呼び出しを受けて「恵みの部屋」に入った。
「恵みの部屋」の中は小部屋になっており、この大陸で主神として広く信仰されているサニア女神の像の横に正装した大司教が座っていた。神官の祈りに応えた女神が祝福を降ろして女神像が輝き、その祝福の内容が神官の口から告げられるのである。
大司教は柔和な顔でレーシュにリラックスするように言い、神に向かって祈り始めた。
大司教はもう10分以上も何やら祈り続けているが、女神像には何の変化もない。レーシュの顔は次第に恐怖で悲壮になってくる。
ついに大司教は祈ることをやめ、レーシュに部屋の外に出るように伝えた。
真っ青な顔をしたレーシュが部屋から出てくると、お付きの神官がグローランド侯爵に大司教のいる小部屋に入るように伝えた。
真っ青な顔のレーシュを見て不安そうな侯爵が小部屋に入ると大司教は言った。
「侯爵様、私は全霊を込めて女神様にお祈り申し上げました。しかしながら女神様は一切お応えにならなかったのです。これは凶兆としか言えません。」
「なんと。もう一度だけギフトの試練を行なっていただけないだろうか。」
「いいえ、女神から見捨てられたものはもはや神殿の庇護は受けられないのです。」
大司教は厳しい顔で侯爵に冷たい言葉を浴びせたのである。
もはや何の救いもなくなった侯爵はなんとか立ち上がって必死で大司教に会釈するとよろめきながら部屋を出ていってしまった。けれども大司教がその陰で怪しく笑っていたことに気づくものはいなかった。
♢♢♢
翌日になるとそれまでレーシュにつけられていた家庭教師たちは全員が異母弟であるライオットの専属となった。
侍女やメイドたちもほとんどが弟の世話係に変更になり、レーシュの乳母だった一人だけがレーシュの世話をすることとなり、食事も他の家族と共にすることは禁止され、一人だけ部屋で食べることを強制されることになった。
それまで行われていた侯爵領の騎士たちとの剣術稽古も禁止されたレーシュはもうすることがなくなって部屋に閉じこもって過ごすことになった。
唯一許された館の図書室の書物を自室に持って帰って読むことが唯一の楽しみということになったのである。
乳母以外の使用人もレーシュを見ると露骨に顔を背け、視線を逸らし、まるでそこには誰もいないように振る舞った。
レーシュは部屋に閉じこもって本を読み、飽きると庭に出て使用人のいないところで一人で剣術の稽古をするという毎日を送ることになった。
♢♢♢
ある日、読書に飽きたレーシュが庭の奥の方まで散策していると古い東家に誰かが座っているのを見つけた。どうやら使用人ではなさそうである。
やはり家族からも使用人たちからも無視され続けているレーシュにも人恋しさがあったのかもしれない。次第にその東家に近づくとそこには見知らぬ老爺とその近侍らしい若い男が居るのが見えた。
「こんにちは」
レーシュが二人に声をかけると、近侍のような若い男は「私たちが見えるのか?」と驚いている。
「もしかしてお声をかけてはいけませんでしたか?」
レーシュが焦って謝罪しようとすると、老爺が言った。
「見えるのならそれで構わないよ。それより君は剣術の稽古をしたいのかい?」
レーシュが頷くと老爺は「じゃあこのクローヴィスとやり合ってごらん。これは若いがそれなりに使えるよ。」という。
クローヴィスと呼ばれた若者は木剣を持ち出してやや広いところに移動した。
「じゃあ打ち掛かってきてごらん。」
レーシュも木剣を構えると「よろしくお願いします。」と目礼して打ち掛かっていった。
1時間ばかり打ち合ったのち、クローヴィスは老爺に言った。
「御前、この子はまだまだ未熟ですが剣筋は良いようです。」
老爺は「ふむ。それなら毎日昼過ぎにはここにいるから君もクローヴィスに剣の稽古を付けて貰いなさい」という。
レーシュは二人にお辞儀をして「ぜひご指導お願いします。」と言った。
それからはレーシュは毎日、午前中は読書をして午後はクローヴィスと剣術の稽古をするという毎日が始まった。
初めはクローヴィスにしこたま打たれていたレーシュも数ヶ月くらい経つとやや上達したのか、次第にクローヴィスの打ち込みを剣で受け止めたり、避けたりすることができるようになった。一年近く経つとまだなかなかクローヴィスに一本は奪えないけれどもそれなりに撃ち合いを続けることができるようになったのである。
♢♢♢
そんなある日、異母弟が10歳になったということで女神のギフトを授かる時が来た。父の侯爵様と異母弟のライオットが神殿に赴いた。そこでライオットは剣豪(ソードマスター)のギフトを得たというのである。
速やかに早馬が飛ばされ、ライオットのギフトを祝してパーティが開かれることになったようである。ライオットの母の父であるギルマン伯爵も来るという。ギルマン伯爵家も将軍を輩出する尚武の家である。
グローランド侯爵はライオットを連れて屋敷に戻ると密かにレーシュを呼んだ。
珍しい父からの呼び出しに応じてやってきたレーシュに侯爵は廃嫡を言い渡した。レーシュは貴族籍から抜かれて平民となった。もちろんグローランドの家名を名乗ることは禁じられ、即刻、身一つで屋敷から立ち去るように命じられたのである。
小さな袋に入ったお金は侯爵からのせめてもの餞別ということなのだろう。
レーシュが捨てられた後は外戚であるギルマン伯爵の同席の下でライオットが新たな嫡子と認められるということである。
レーシュはそのまま屋敷からいつもの二人のいる東家に向かった。
いつものように老爺と若者は東家に座っていた。
「この度は廃嫡されましたのでこの屋敷を出ることになりました。長々とお世話になりました。」
レーシュが二人にそう挨拶すると老爺が尋ねた。
「廃嫡の理由はなんでしょう?」
「私が女神のギフトを得られなかった無能だからです。」
レーシュが断腸の思いをもって返事すると老爺はむしろ朗らかな表情で言った。
「クローヴィスとまともに打ち合える人が無能とは言えないのですけれどね。」
そうして、「我々も旅立つので最後に加護を与えましょう。」と言いながら老爺は杖を振ったのである。
いきなり目の前に極彩色の光が飛び、レーシュは恐れのあまり身動きできないでいると、その光の中から炎の衣を着た小さな人型の生き物が現れた。
老爺は声を張り上げて言った。
「さあレーシュ、このエフリートに名前をつけなさい。」
「え、エフィー?」
レーシュがそう名前を呼ぶと、赤く輝いていたエフリートは次第に落ち着いた色になってきていたが、嬉しそうに言った。
「御前!私はエフィーです。名前をつけていただき幸せです!」
光が収まってくると既に老爺とクローヴィスの姿はなかった。
「やあ、エフィー。僕はレーシュだよ。君は火の精なんだね。」
「レーシュ、名前をつけてくれてありがとう。さあ、冒険の旅を始めようよ。」
廃嫡されて家を追い出されたことで落ち込んでいた僕はエフィーの言葉に随分と勇気づけられた。少なくとも一人じゃないということは僕にとって大いに救いとなったのである。
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