あなたはパイナップルが嫌いで

栗尾りお

パスティヤージュ

第1話


 普段過ごしている教室。時計の針は18時より少し前。


 お喋りをしていたクラスメイトは帰ってしまった。

 賑やかだった教室にはいるのは私だけ。きっと、他のクラスにも誰もいないんだろう。


 開けっぱなしにされた教室の扉からは他クラスの話し声どころか、物音ひとつ聞こえない。時を刻む秒針の音も、廊下に吸い込まれるだけだった。

 いつも過ごす教室のあまり見せない静寂。誰もいない教室にシャーペンを走らせる音が響いた。


 放課後、教室で自習する。

 最初はただの時間潰しだった。それが、いつの間にか習慣になって、勉強を教えられるくらいにまでなって。


 今日出された課題は、もう終わった。

 とりあえず、授業で分からなかった部分を調べて、次は単語を覚えよう。今週小テストあったし。その後に長文問題をやって……

 部活終わりの連絡はまだ来ないし、上手くいけば1ページくらい出来るはず。


 カバンから参考書と単語帳を取り出す。

 側面に貼られたフィルムタイプの付箋。両方ともいつの間にか付箋でレインボーになっていた。


 『湖白こはく、いつも英語やってない?』

 『英語得意科目って言ってたじゃん』

 『ってか数学の方が不得意じゃない?』


 付箋まみれの本を見て、友達に言われたことを思いだす。


 確かに、いつも英語を勉強している。

 別に苦手ではないし、英語の成績だけは学年でも上位の方だ。他の教科は……

 まあ、英語以外もした方がいいと言う友達の意見も分かる。



 それでも私は英語を勉強をし続ける。

 



 秒針の音がする。

 ここは私しかいない空っぽの教室。それなのに、あなたの姿が目に浮かぶ。


 英語の問題が解けず、休み時間の間も頭を抱えているところ。

 家に帰って『教えてあげるよ』ってメッセージしても、変に意地を張って断るところ。

 それでも強引に教えると『教えるの上手いな』ってさらっと褒めてくれるところ。

 別の教科で私が困っていると逆に教えてくれるところ。


 教室では出来るだけ関わらない。そういう約束だから。

 教室ではクールに振る舞うあなた。その代わり、後でお礼のメッセージを送ってくれる。

 そんな律儀なところも大好きで、あなたと過ごす時間が愛おしくて。


 実は英語の課題が多い日は、心の中でガッツポーズしてる。だって、あなたにメッセージを送るチャンスだから。

 あなたが嫌がることを願ってるって知ったら、あなたは幻滅するのかな。



 あなたに勉強を教えるきっかけが欲しくて、あなたの近くにいられる口実が欲しくて、あなたの1番近くの女の子であり続けたくて。


 だから……



 「……!」



 ポケットに入れたスマホが震えた。

 多分あなたからのメッセージだ。部活終わったら連絡くれるって言ってたし。


 分からなかったフレーズは調べられていない。単語帳もさっき開いたばかり。

 全部中途半端で、やらないといけないのは分かってる。


 それでも、あなたに会えるという期待が全部を超えてくる。



 「……よし」



 メッセージを確認し、慌てて机の上を片付ける。筆箱のファスナーを強引に閉めて、プリントも雑に折って単語帳に挟んで。

 どうせ、あとは帰るだけだ。多少汚くても見られるわけじゃないから大丈夫。


 持ち前のガサツさと、強引さでカバンに収納し、教室を飛び出した。もちろん、椅子は机に戻さないままで。


 廊下に出て周囲を見渡す。

 誰もいない教室。誰もいない廊下。

 あなたは部活が終わった後も、部室でのんびりする。だから、別に急ぐ必要はない。


 頭では分かってるのに。


 足が床を蹴った。

 吹き抜ける風が髪を靡かせる。誰もいない廊下にペタペタとサンダルの音が響く。かっこ悪い足音だなんて、気にしてる暇はなかった。


 あなたに会いたい。少しでも長くいたい。


 想いを胸に廊下を駆け抜ける。

 口元は自然と緩んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る