第12章



 


あの夜のことがあってから

私はもう、完全に戻れなくなってた


飛悠くんの腕の中で泣きじゃくったあの夜

頭の中は真っ白だった


でも──

胸の奥は

ずっとずっと、あたたかくて苦しかった


 


その後も連絡は少しずつ取り合うようになった


以前よりも、ちょっとだけ頻繁に


ふたりの距離は

少しずつ、ほんの少しずつ

変わり始めてる気がしてた


 


夜──


今日は珍しく、飛悠くんの方から連絡が来た


【少しだけ顔出せる?】


 


そのメッセージに

私はすぐ「行く」って返事を打ってた


会いたくてたまらなかったから


 


マンションのインターホンを押すと

いつもの穏やかな声が返ってきた


「あいてるよ」


 


部屋に入ると

彼はソファに座ったまま、私を見上げた


「来たな」


「…うん」


部屋の中は静かで

テレビの音も何もない


前よりも

この空気が心地良く感じるようになってた


 


私はそのまま

自然に彼の隣に座った


 


「…大丈夫?疲れてない?」


「まあ…多少はな」


「……無理しないでよ?」


「玲那に言われるとは思わなかった」


少しだけ笑った飛悠くんの横顔が

優しくて切なくて

胸がきゅうっと締め付けられる


 


──この人をもっと楽にしてあげたい


それがいつの間にか

私の中で強くなっていた


 


「…ねえ」


私はそっと彼の袖を掴んだ


「ん?」


「もう…大丈夫だよ?」


小さな声でそう呟いた


「……何が?」


「だって…私、全部わかってるから…」


「玲那──」


「わかってるの。子供とか、未成年とか…ダメなことだって」


「……」


「でも、私はもう…“誰かの客”じゃないんだよ…」


震えながらも、私はしっかり目を合わせた


「飛悠くんが…好きだから」


 


またギリギリの距離まで近づく


飛悠くんは唇を噛みながら

しばらく目を閉じたまま黙ってた


 


──次に進むか、踏みとどまるか


そんな空気が部屋の中に重く漂ってた

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