第11章②
その日の夜
約束の時間に合わせて、私はあのマンションの前に立っていた
心臓がずっと鳴りっぱなしで
何度も何度も深呼吸を繰り返す
──数日ぶりに会う
それだけなのに
まるで初めて会うみたいに緊張してた
エントランスに入ると
扉が開いて
飛悠が静かに顔を出した
「…来たな」
「…うん」
お互いに
妙にぎこちないまま部屋に入る
前と同じ
変わらない部屋の空気
でも今夜は少し違った
「…ごめんね、なんか私…あの夜…」
思わずそう言いかけると
飛悠は小さく首を振った
「玲那が謝ることじゃない」
優しい声が胸に響く
けど
それが逆に苦しかった
──ずっと、“いい子”でいるのも、もう限界だった
沈黙が続く中
私はテーブルの前で両手を握りしめたまま
声を震わせながら言った
「…ねえ」
「ん?」
「私を見てよ」
飛悠の目がわずかに動く
「私、子供じゃないから…」
震えながらも、私は一歩、彼に近づいた
「…私だって…」
涙が滲みそうになるのを堪えながら
そっと上着のボタンに指をかける
飛悠の手が
すぐにその指を押さえた
「玲那──ダメだ」
「…なんで?もう止まんないの…」
「ダメなもんはダメなんだよ…!」
必死に私を止める手が震えてた
「でも私、飛悠くんがいいの…」
「わかってる」
「なら──」
「それでもダメなんだよ…」
ぐしゃっと
私の髪を抱き寄せるみたいにして
飛悠は肩を震わせながら私を抱きしめた
「…俺が超えたら、お前は終わるんだ」
「そんなの…関係ない…!」
涙混じりの声が、止まらなかった
静かな部屋の中で
ふたりの苦しい呼吸だけが響いていた
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