第5章③


その夜もまた、店に来てしまった


何回目だろう

自分でもわからなくなってた


扉をくぐると

変わらないシックな店内の空気に

少しだけ安心する自分がいた


 


「こんばんは」


「こんばんは」


飛悠が席に来る


いつもと同じように挨拶して

いつもと同じように静かに座る


だけど──

今日は少しだけ、違う空気を感じた


 


「…最近ほんとに常連みたいになってきたね」


「…うん」


「飽きない?」


「飽きてたら、来ないってば」


その返しに

飛悠は少しだけ目を細めた


 


「…ふーん」


 


たったそれだけなのに

心臓がまたドクドク鳴る


会ってるだけなのに

どんどん欲が出てくる自分が怖い


もっと話したい

もっと知りたい

もっと近づきたい


 


でも──


「今日、私くらいの若い子多かった?」


ふと聞いてみた

何気ないふりをして


飛悠は軽く首を振った


「いや、別に。最近は大人の客が多いかな」


「そっか」


ほんの少しだけ、ホッとした


 


「…玲那」


珍しく名前を呼ばれた


一瞬だけ心臓が跳ねた


「…なに?」


「ほんとに…大丈夫なの?」


「なにが?」


「こんな店に、こんな時間に来て」


いつもより、少しだけ優しい声だった


 


「…別に」


短く答えたけど

胸の奥が妙にざわついてた


 


──今のは、なんだったんだろう


ただの社交辞令?

それとも少しでも気にしてくれてる?


 


わからないまま


その夜は静かに過ぎていった

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る