優しいタイプのイケメンは確実にモテる2

露氷六子

〈1〉2人の優しいタイプ

柘人たくと先輩はどこ?」

ペラペラとページをめくりながら話しかける。

ノーメイクで、簡単な白Tと、先輩のお下がりのちょっとだけ丈の長いスウェットのすそを折り曲げて履き、その先は裸足のまま。


柘人先輩はBSのスポーツチャンネルに釘付けになっていて声が聞こえてない様子。

今日は遅めに起きて、さっき簡単なランチを一緒に食べたところで、ソファのクッションの上でごろごろノビノビとくつろいでいる。


私はスポーツ観戦にはあんまり関心がなくて、 たまたま目に入ったアルバムを開いて聞いてみただけ。

幼い子供達がほぼ真顔で並んで、こっちを見ている。

先輩にちょっと構って欲しかっただけで、話の内容には意味は無かった。


でも柘人先輩はまだ画面を見続けていて、何も聞こえていないみたい。テレビからワーワーと歓声があがるたびに細かく反応しているのに。

そんなリラックスしてる表情も悪くはないけど、反応がとぼしいと、私には関心がないのかなって不安な気持ちになる。


「あれ?近所にパン屋さんが出来たって」と、テーブルに置かれていたチラシを見て声をあげてみた。昨夜、階下のポストから取ってきて置いたままになっていた。

先輩は「ん?そう」と素っ気ない。


かなり悲しい気分になった。

付き合いも長くなってくると、誰もがこんなかんじ?

だからもうそれ以上は何も言わず、帰宅することにした。

アセった顔で、「え?!もう帰るの?」と言われたけど。


なんだろ、このモヤモヤ。

私が悪いんだろうか。

ちょっと寄り目気味で家に帰り着いた。

「あれ?茉千まちっ。珍しく早いな」と、お兄ちゃんにからかわれた。

「うるさい」と心のままに答えた。


リビングのソファで三角座りをして、スマホでお気に入りの曲を探す。

お兄ちゃんが甘めのコーヒーを持ってきてくれた。さっきの悪態を少し反省する。

イヤホンを付けて再生マークを触った。

そしたら流れてきた、私だけのラブソング。

どんな意味なのかわからない。

でも耳障りがよくてイヤな気持ちも消えた。


ぼんやりと思い出にひたる。

目の前に重なった大きな白い腕の、モワモワした毛をツンツンと触ると、フフッと笑った。私の頭の後ろで。

遠いあの人を思い出す。

そのたびに泣いちゃう。

そんなこと、知らないでしょ?


「ごめん、戻ってきて」とLINEが来てた。

それを見たら、同じだけキュンとした。

でもさっきの悲しい気持ちが戻ってきて、「しばらく会わない」と送った。


得られないものを欲しいと思う。

いつだって、誰だって。


その頃の私は心が狭くて、その欲求に素直に応えられなかった。

あの時、もっと早く振り返っていたら?

駆け寄って名前を呼んでいたら?

今さら思っても、もう意味はない。


優しい人はそばにいるけど、あなただったらどう違ってた?と、夢見る。


明日は日曜日。

いつもなら先輩とブラブラデートとかしてたかな。何しようかな。

そうだ。髪の毛を切ろう。

美容院予約アプリを開いていつものメニューで予約を入れた。



早めに起きて自転車で出掛けた。

ブレーキの音がキーッと鳴って、信号待ちで止まる。

ぼうっとしていたら、向かいの人が動いてやっと信号が変わった。

「あ、そうか。押しボタンだった」


青に変わって、ペダルに足をかけた。

すると、後ろから小さく「まち?」と声が聞こえた?

空耳かなと、そのままこぎ出そうとしたら、ハンドルを握ってた手を捕まれた。

見覚えのあるゴツゴツした大きな手。


振り返ると大きな白い生き物がいて、あの頃と同じ幸せそうな笑顔で、襲いかかるように抱きついてきた。

「に、にこ、、」

とても力強くて、遠い昔の記憶そのものだった。

しかも自転車に乗りかかっている変な体制だったから、避けられないし、その重みで横に倒れそうになった。

そしたら彼は「あー」と言いながら、自転車ごと大きい腕で支えてくれた。



「すごいビックリした。久しぶりすぎて」

まだ胸がドキドキしてる。

自転車を押しながら、ゆっくり一緒に歩いた。

7年ぶりくらいのニコリャは、口周りに薄茶色のモシャモシャ髭を生やして、少しだけぷくっとして、服装はさわやかで清潔感に溢れていた。いい匂いもする。


「俺もまた会えるなんて思わなかった。最近やっとこっちに来れて」

左手の薬指には、太めの素敵なデザインの指輪が見えた。

ニコリャも私の右手を手に取って、付けてるシンプルでかわいいその指輪を見て、「結婚した?」と言う。

目をあわせて、「ウウンまだ」と首を横に振った。

そしたら「そっか」と、なんとも言えない優しい笑みを浮かべた。


店先に着いて、「今日髪を切ろうと思って」と指さすと、アッと慌てるニコリャ。

「そうだ!スーパーに行こうとしてたのに」と来た道を戻ろうとして、すぐ止まって、「南穴寅みなみししとら駅前のパン屋~」「え?」「来てくれたらご馳走する」

手を振ってそのまま去ろうとする。


だから、「なんてお店~?」と叫んでみた。

そしたら、「クルーブニコ」って答えた。

あ、あの新しいパン屋さんだ!






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