友達になりたくて(後)

次の日、纏まることを諦めた髪と共に登校したひまりは誰もいない教室を覗いていた。

榛香の鞄が所在なさげに机の上に放置されている。榛香はすでに登校しているようだが、目当ての人がいない事を理解したひまりは肩を落とした。昨日よりも早く登校したひまりはあくびを堪えながら自分の荷物を片付けにかかる。

あらかた準備し終わった頃、静かに教室前方の扉が開く。その人物と目が合い、存在を認識したひまりは外の天気と相反する笑顔を浮かべた。


「はーちゃんおはよう!登校するの早いんだね、私も早起きしたけど起きるのちょっと辛かった〜。髪の毛もまとまらないし、はーちゃんと話せないんじゃってちょっと焦っちゃった!はーちゃん今日も綺麗だね。…あれ?はーちゃーん!おーい」


教室の扉を開けたのはひまりが会いたいと願った榛香だった。ひまりがいると思っていなかったのか、榛香は目を見開いたまま固まっている。

ひまりが呼びかけると体を跳ねさせ、狼狽えたように視線を外した。顔を下に向けたままひまりの顔を見ようとしない榛香に少しの不安が顔を出す。そのまま自分の席まで歩く榛香がひまりの席の横を通るとき、静かに「おはよう」と呟いた。

小さな呟きはひまりの大きく張ったアンテナに届く。上がりきった頬を更に持ち上げ、ひまりの声音に喜びが滲む。


「うん!私はーちゃんに会うために早起きしたんだよ!はーちゃんっていつもこれくらい早いの?」


にこにこと笑顔を浮かべるひまりとは対照的に榛香の顔は強張りが解けない。先程の無防備な顔から一転、何かに緊張しているのか榛香の視線が定まらない様子にひまりは首を傾げた。


「話しかけないでって言ったと思うんだけど」 


決して大きくはないが聞き取りやすい凛とした声にひまりは大きく首を振った。合わない榛香の目元を真っ直ぐ見ながら、ぐいと榛香の方に身を乗り出す。


「そうそう!その事について聞きたかったの。どうしてはーちゃんと話しちゃ駄目なの?私はーちゃんに何か嫌な事しちゃった?もしそうなら直すから、お願い!教えて。」


ひまりが近づい分だけ榛香が仰け反る。決して詰まることのない距離は今の榛香との心の距離を表しているようだった。

尚も詰め寄り続けるひまりと距離を取るように榛香の足が一歩一歩下がる。この状況に戸惑い、視線を彷徨わせる榛香に申し訳なさを感じながらもひまりの決意は変わらなかった。


「……私と関わったら咲々さくざくさんも仲間外れになる。それに、誰かと仲良くなんてする気がないから。」


榛香の踵が背後にあった壁とぶつかる。下がれる所まで下がったのに距離を詰めるひまりに諦めたのか、榛香は重い口を開いた。

その他者への配慮を感じられる言葉にひまりは更に決意を固くした。絶対榛香と仲良くならなくては!という思いに駆られ、鼻息荒く榛香に近寄る。


「私はそんな事気にしないよ!仲間外れって言っても、もしかしたら何か誤解されてるだけかもしれないし私がはーちゃんを仲間外れにしない!ねっ、私がはーちゃんに何か嫌な事した訳じゃないなら仲良くなろうよ!私ははーちゃんと仲良くなりたい。」


近づく勢いのまま榛香の両側に手をつくひまり。身長差で上を向いてしまうが勢いは衰えない。一度決めた事は最後まで愚直にやり通すひまりには、それが図らずも壁ドンになっている事に気付けなかった。

見上げる視線の強さに居心地が悪くなった榛香は、そっとひまりに視線を移した。引く様子のないひまりに諦めが胸を支配する。


「どうして私と仲良くなろうとするの。咲々さんは他の人とも仲良くなれるんだから、友達が欲しいならその人たちと仲良くなればいいじゃない。」


やっと合った視線にひまりは頬を持ち上げた。問いかけに間髪入れず答える。ひまりが望むことは一つ。


「はーちゃんと友達になりたいの!はーちゃんと話すの好きだし本のおすすめとかも話し合いたい!」


「絶対無理。離して。」







「おーい。ひまー?ご飯できたって、おーい」


(無理…絶対無理って…友達、無理…)


榛香に拒否されたひまりの脳内では、否定の言葉が何度も繰り返し浮かぶ。


「おーい、ひま!ご飯!できたって!!」


「わぁ!え、何でお兄ちゃんが学校にいるの!?」


肩を掴まれ、揺さぶられる。揺れる視界に自分が誰かに話しかけられている事に気付いた。現実へと意識を戻したひまりは居る筈のない自分の兄に首を傾げる。


「はぁ?ここは家だぞ?疲れてるならひまだけ後で食べるか?母さんに伝えとくけど。」


言われて初めて、自分が家に帰ってきていた事に気付く。朝のあの時から記憶が飛んでいてどうやって一日が終わったのかも覚えていなかった。

様々な思いが溢れ、考えがまとめきれずひまりは思考へと意識を向ける。再び固まったひまりに兄が眉を下げた。


「ひま、本当に疲れてるなら一度寝るか?母さんには伝えておくからゆっくりしていい。」


そっとひまりをベッドに押し込もうとする兄に慌てて首を振る。兄を心配させてしまった事に申し訳なさを感じながら、それ以上心配をかけないようにと笑顔を浮かべた。


「う、ううん!元気だから大丈夫。お兄ちゃん心配かけてごめんね、すぐ降りるよ。」


笑顔を見せるひまりに安堵したように表情を柔らかくする兄。しばらくひまりを見つめた兄だが、何かに納得したのか大きく頷いて立ち上がった。ひまりも兄の後を追うように腰を上げる。


「そうか、母さんもひまが帰ってきた時に反応が無いから心配してたんだ。ご飯の時にひまの元気な姿を見せてあげてくれ。さあ行こう。」



背を向けた兄の背中に何も返せず、少し重い足を引きずるように追いかけた。

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夏の約束 色伊たぁ @maruiro

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