友達になりたくて(中)

1日の授業も終わり各々が帰り支度や部活の準備をする中、ひまりはプリントを前に頭を抱えていた。入学式以来、登校していなかったひまりは部活に入っていない。お昼休みに担任の先生から入部希望のプリントを貰ったものの、希望する部活を絞りきれないため部活を見学して決める事になった。

どの部活から回ろうかと頭を悩ませたひまりは、榛香はどこの部活に入っているのか気になり後ろを振り向いた。榛香はちょうど帰り支度を終えた所で上げた視線が絡み合う。

視線が合ったことを嬉しく思いながらも帰ろうとする榛香の邪魔にならないように手早く質問をする。


「はーちゃんお疲れさまー。私まだ入る部活決まってなくてね、参考までに聞きたいんだけどはーちゃんってどこに入ってるの?それとも入ってない?」


この学校の部活は強制でないため、部活に入っていない生徒も一定数いる。ひまりとしては榛香と同じ部活に入れたら、楽しめるだろうしもっと仲良くなれるかもと少し打算を含んだ質問だった。榛香が部活に入っていなくても会話の糸口になればと少しの期待をこめて榛香を見る。

ひまりが真っ直ぐに榛香を見つめる中、榛香は少し視線を彷徨わせて重たい口を上げた。


「入ってない。それと…もう私に話しかけないで。」


朝方とは打って変わって、少し硬さが混じる声で榛香に拒絶されたひまりは困惑で瞳を揺らした。声と同じように硬い表情のまま帰ろうとする榛香。ひまりは困惑から抜け出せないものの、慌てて凛と伸びた背中に声をかける。


「ば…ばいばい、はーちゃん!また明日ね!」


拒絶された事を思い出し一度詰まったが、なんとか挨拶を言えたひまりはそのまま遠ざかる背中を見送った。榛香が頷いたように見えたがそれは自分の願望が見せる幻覚か…。


(はーちゃん急いで帰らなきゃだったのかな?でも、どうして話しかけちゃダメなんだろう。あ!早く帰りたいからかも、私話長いし。)


急に変わった榛香の態度に首をひねりながら、見えなくなった背中が消えた方を眺める。足早に歩いていった榛香はどこか焦燥に駆られているようだった。

何時までも榛香が帰っていった方を眺め続けるひまりに声がかけられる。


「ねぇ、貴方あの糸瀬と仲いいの?」


振り向いた先にはクラスのお洒落な女の子がいた。女の子の発した声に少しの違和感を感じたひまりは、首を傾げながら質問に答えた。


「はーちゃんと?まだ仲良くないよ、これからもっと仲良くなりたいとは思ってるけどね!あ、貴方の名前はなあに?あまりクラスの人達の名前覚えれてなくて…もしかして貴方ってはーちゃんと仲いいの?だったら、」


続けようとした言葉は女の子の呆れを含んだ声で遮られた。


「私があの糸瀬と?冗談を言わないでよ。私は美雪。間違っても変な渾名で呼ばないで。それより、貴方も糸瀬と関わらない方がいいよ。あの子ちょっと空気が読めないから。仲良くなんて出来るわけないじゃない、あの子って人を傷つける事しか言わないんだから。」


美雪は吐き出すように榛香への思いを吐露した後、鋭い目つきで榛香の机を睨んだ。美雪の榛香への思いを聞かされたひまりは、気まずさで視線を彷徨わせた。


(うっ…美雪ちゃんははーちゃんとそりが合わないんだろうなぁ。でもはーちゃんすごく優しかったし、もしかしたら美雪ちゃんは何かを勘違いしちゃってるのかも)


まだ周りの人がどういった人柄なのか把握できていないひまりは美雪の言葉に肯定も否定も出来なかった。自分が榛香と関わった限りでは、ひまりとの会話にもちゃんと話し返してくれる榛香を好ましく思っていたほどだ。


「えーっと、美雪ちゃん、でいい?はーちゃん凄くいい子だよ!とっても可愛いし、私ははーちゃんともっと仲良くなりたい!」


目を輝かせながら答えるひまりが望んだ反応ではなかったのか、美雪は深く息を吐いた。ひまりを見下ろすその目は冷たい。


「でも貴方、さっきは話すなって拒否されてたじゃない。嫌がってたって言い方があるでしょ?貴方もそれ以上嫌な思いする前に関わるのをやめた方がいいよ。」


ひまりの返事は期待していなかったのか、そう言い残して美雪は去っていった。嵐のように去っていった美雪に声をかけれず、中途半端に開きかけた唇を噛みしめた。

深く、深く息を吸い込みゆっくりと吐く。何度か繰り返して意識を切り替える。考えるのは榛香の事。


(美雪ちゃんはああ言ったけど、やっぱり私ははーちゃん…糸瀬榛香と仲良くなりたい。でも、どうしてさっきは話しかけないでって言われたんだろう?本人に聞かないと分からないし…よし、明日も早く来てはーちゃんと話そう!それでちゃんと話を聞いて私が嫌な事をしちゃってたら謝るんだ。)


今後のやる事は決まった。

机の上に置いていたプリントを片付け、帰り支度をする。幸いにも部活見学が出来る期間は一週間でまだ時間がある。それに、少しだけ気になる部活も見つけた。

明日、担任の先生に言って見学させてもらった所が良さそうだったらそのまま入ろう。そう結論をつけ、帰路についた。


(私が今後やりたい事は梅雨が明けるまでにはーちゃんと仲良しさんになること!そして夏休みには二人で遠出して大人になっても遊べるような関係に!よし!頑張ろう私。)

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