勇者派遣します!~不良品勇者は廃棄処分待ったなし~
暁ノ鳥
第1話
「やっちゃった☆」
気の抜けたそんなセリフと、鼓膜を突き破らんばかりの轟音が、その場に最初に響き渡った。
目の前で繰り広げられている光景はあまりにも現実感がなく、その場にいた誰もが思考を停止させるほどの衝撃だった。
正午過ぎの《ブレイヴァーズ株式会社》、その第7面接会場。
これから輝かしい未来を掴むはずだった勇者候補生たちの熱気と、空調の生ぬるい風が混ざり合う、ありふれた空間。
それが、今は見る影もない。
壁という壁は内側から派手に吹き飛び、天井の照明は明後日の方向を向いて火花を散らしている。
そこら中に散らばる瓦礫の中心で、赤い髪をツンツンに逆立てた一人の少女が、まるでテーマパークのアトラクションを制覇でもしたかのように無邪気に笑っていた。
少女の制服はところどころ破け、顔には煤がついている。
どう見ても、今しがたこの大爆発の中心にいた張本人としか思えない。
「受験番号1337番、リュカ=ブラッドストームさん……」
半分焼け焦げた髪を押さえながら、顔面蒼白の面接官の一人が震える声で少女の名前を読み上げた。
その声は、大型トラックに轢かれたカエルが絞り出すような、か細く情けない音だった。
他の面接官二人は、完全にグロッキー状態で白目を剥いてピクリとも動かない。
おそらく気絶しているのだろう。
「はーい! それあたし!」
リュカ、と呼ばれた少女は、瓦礫などまるで意に介さず、元気よく手を挙げて返事をした。
そして、足元の瓦礫をひょいひょいと軽やかに乗り越え、見るも無残にひしゃげた面接官の机にちょこんと腰掛けた。
「本日は、勇者パートナー採用試験の最終面接に……」
「パートナー? ああ、ヒロインってやつね! 聞いてる聞いてる!」
「は、はい。勇者様と共に世界を救う、大変神聖で重要な役目でございます」
面接官は、震える手で目の前の書類を必死に確認する。
その手は小刻みに震え、今にも書類を落としてしまいそうだ。
「では、し、志望動機をお聞かせ……」
「んー? 世界をぶっ壊したいから!」
リュカは、太陽のような満面の笑みで即答した。
「は……え?」
面接官の口から、間の抜けた、理解不能なものに対する純粋な困惑の声が漏れる。
「あ、間違えた。えへへ。世界を救いたいから、だったわ!」
リュカはペロッと舌を出して悪戯っぽく笑った。
「でもねー、この茶番みたいな面接も、なんだか無性にぶっ壊したくなっちゃって、つい」
「ちゃ、茶番だと!?」
面接官の声が裏返る。
「だって、なんだか何回も何回も、ずーっと同じような面接を受けてる気がするのよねえ、この部屋で」
リュカは不思議そうに小首を傾げる。
その一瞬、彼女の大きな赤い瞳が、まるでプログラムが誤作動を起こしたかのように、不自然にカチカチと機械的に点滅した。
「変よねー。今日が初めてのはずなのに。デジャヴってやつかしら?」
面接官たちは、互いに顔を見合わせ、冷や汗を流す。
彼らの手元にある書類の隅に、非常に小さな文字で「HP-001・第47回適合性試験実施中」と印字されていることを、もちろんリュカ本人が知る由もなかった。
「と、とにかく! 理由はどうあれ、面接官を爆破した場合は即不合格と……」
面接官が、震える声でマニュアルを読み上げようとした、まさにその時だった。
『緊急事態発生。イレギュラー個体確認。ただちに処分……いや、慎重に検討の上、採用を前向きに考慮せよ』
突如、会場の天井に埋め込まれたスピーカーから、抑揚という概念をどこかに置き忘れてきたかのような、無機質な機械音声が響き渡った。
「え……?」
面接官たちの目が、漫画みたいに点になった。
さっきまで「処分」と宣告しかけていた危険人物を、次の瞬間には「採用を前向きに考慮せよ」だ。
これは一体どういうことなのか。
『繰り返す。当該個体は……極めて興味深いサンプルである。第3工場のプロトタイプNA-0774との適合率は97%を記録。速やかな契約を推奨する』
「なにそれ? プロトタイプ? あたしと何か関係あんの?」
リュカは事の重大さなど微塵も理解していない様子で、無邪気に足をぶらぶらさせている。
「まさか……あの禁断の試作機と適合する個体が、このタイミングで現れるなんて……ありえない……」
生き残っていた面接官の一人が、今度こそ本当に魂が抜け落ちそうなほど顔面を蒼白にさせ、わなわなと震えながら呟いた。
「ちょっと待ってください。彼女は一般応募の受験者じゃなかったんですか?」
別の面接官が、慌ててリュカの提出した履歴書らしき書類を引っ張り出して見直す。
「履歴書によれば、出身はカル=レア王国、年齢は16歳、特技は爆破系魔法全般……となっていますが」
「しかし、この驚異的な適合率は……通常の人間ではありえない数値のはず……」
面接官たちがひそひそと何かを話し合っている間も、リュカはまるで自分には関係ないことのように、退屈そうにあくびを一つした。
「ねえ、結局あたし、合格なの? それとも不合格なの? はっきりしてくれないかしら」
リュカのその言葉に応えるかのように、再び天井のスピーカーから機械音声が響いた。
『HP-001、第47回試験、合格と判定。プロトタイプNA-0774との正式な契約を承認する』
「HP-001って、だから何なのよ、それ?」
リュカが聞き返すが、機械音声は彼女の疑問など意に介さず、淡々と処理を続ける。
『現行の記憶制限プロトコルは維持。対象には、あくまで自然な形での出会いを演出すること。指示は以上だ』
その言葉を最後に、機械音声は途絶えた。
面接官たちは、慌てて数回咳払いをして、無理やり平静を装う。
「え、ええと、リュカ=ブラッドストームさん。こほん。あなたは、この度、見事、勇者様の最高のパートナーとして採用されました! おめでとうございます!」
半ばヤケクソ気味に、面接官が結果を告げる。
「やったー! やっぱりあたしって天才!」
リュカは、まるで宝くじの一等にでも当たったかのように、両手を高々と挙げてその場でぴょんぴょんと飛び上がって喜んだ。
その瞬間、彼女の体から歓喜と共に溢れ出たらしい、まったく制御されていない強大なマナの奔流が、かろうじてその形を保っていた会場の残り少ない壁という壁を、まるで最初からそこには何もなかったかのように、綺麗さっぱり木っ端微塵に吹き飛ばしてしまった。
「あ、またやっちゃった。えへっ」
舌をペロッと出して悪戯っぽく笑うリュカ。
「……神よ、やはり今日が世界の終わりなのですね……史上最悪の、そして最強の組み合わせが、今まさに誕生してしまった……」
面接官の悲痛な呟きを、リュカは聞いていなかった。
ただ、なぜか胸の奥で、誰かの優しい声が微かに響いたような気がした。
『君は、失敗作なんかじゃないんだよ』
だが、その声の意味も、声の主も、リュカは次の瞬間にはもう綺麗さっぱり忘れてしまっていた。
今はただ、目の前の「合格」という二文字に胸を躍らせているだけだった。
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