辺塞の詩(うた)――酒と女と涙と紙と
- ★★★ Excellent!!!
涼州。中国北西部の辺境に位置するこの地域は、現代日本に生きる我々にとっては「三国志のゲームで最後に攻略するエリア第二位(一位は雲南の孟獲)」に過ぎませんが、古くは「中華」と「西域」の境界とされ、ここを越えて不毛の砂漠地帯へと向かう兵士やその家族の心情を綴った漢詩は、多くの詩人に詠まれてきました。
あの「酒さえ与えておけば上機嫌で詩を量産するポエムマシーン」李白でさえ、『子夜呉歌』の中で西域に出征した夫の身を案じる妻の心を歌っているくらいです。
この「涼州詩」という一大ジャンルの代表作が、唐代の詩人・王翰(おうかん)の詩。本作は、この有名な詩を生かした味わい深い歴史短編となっています。
さて、カクヨム自主企画「三題噺『世界』『酒』『紙』」を見つけたとき、特に「世界」と「紙」のお題を見た瞬間、私は確信しました。今回四谷氏は、「タラス河畔の戦い」――中国で発明された紙を西方に伝えるきっかけとなった重要イベント――を題材にした作品で来る、と。
しかし私は忘れていました。単なる歴史上の出来事を書くだけでないのが、四谷氏の作品の魅力だということを。
そう、確かに「紙」は本作の重要ワードです。しかしそれは、単に紙の製法が伝播したという歴史的事実を伝えるだけのものではありません。もう一つのお題「酒」とともに、荒涼とした西域という地域で繰り広げられる諸行無常な空気を伝えるための、重要なキーワードなのでした。
「タラス河畔の戦い」を巡る、唐とアッバース朝それぞれの人間模様。そして戦いの後の運命。これが唐という時代、これが中央アジアという世界――「涼州詩」が描き出した世界なのです。
本作のラスト、「紙」が描き出す西域の情景を、是非皆さんも心に描いてみてください。