第41話 穢れ

 

 野分龍のわきりゅうが咆哮した。


 乗用車が宙を飛び、〈墜星ついせい〉の目の前を通り過ぎたかと思うと、後方にいた唐土もろこしの機体に激突し、諸共に転倒してアスファルトの上を滑った。


「こら、いかんど……!」


 菱刈ひしかりは倒れそうになる機体のバランスを保ち、何とか横道に入り込んだ。建物に背を預けて覗き見ると、石切衆いわきりしゅうの面々はトラックで風を防ぎつつも、その場から動こうとしていない。


「おいこら‼ ぼさっとしちょんな‼ はよ逃げなけしんど死ぬぞ‼」


『あなたはお逃げなさるがよろしい、刹摩さつまのお人……!』


 頭目の男は無線で言いながら、大坂城塞上空を見据えていた。


『たとえ歴戦の武士であっても、禍獣かもからは背を向ける……! それは人として当然の行動です! しかし我らには、それが許されぬ……! 我らはあやびとですからな……!』


「ばかすくらっ‼ わいどん、野分龍に挑む気か‼ たとえ御霊機おんりょうきを以てしてん、人が野分龍を退治した例はなか‼ まとめて吹っ飛ばされっど‼」


『そうであっても……! 我らは禍獣始末役……‼ 死を振り撒く禍獣を押しとどめる、唯一にして最後の防塁……‼ 我らはその役目を、果たし通さなければならぬのです……‼』 


 頭目は手を挙げて合図を出した。トラックの荷台が持ち上がり、そこに設置された巨大な弩砲がせり上がった。射手が遥か遠方の野分龍を狙い、魂鋼たまはがねの矢じりが輝きを放つ。


 続いて頭目は別の合図を出す。トラックの前方で数人の石切衆が花火の発射台のようなものを設置し、すぐさま点火。照明弾が撃ちあがり、風に流されながらも破裂して光と音を発する。


 野分龍の鎌首がこちらを向いた。稲妻走る口蓋を大きく開いて咆哮し、身体をくねらせながら向かってくる。


 石切衆が弩砲、チェーンソー、手製の槍など、各々の武器を手に身構える。


 そして〈墜星〉も。


『刹摩のお人……!』


 頭目が見上げる隣で、菱刈は迫る野分龍を正眼に据えた。


「拙者は菱刈鎮雄しずおじゃ。刹摩隼人さつまはやとたる者……龍ぐらい叩っ斬らねばならんと……‼」


 ―――― ◇ ――――


 一段と激しさを増した風雨の中、志道しじの〈双燕そうえん〉がまた唐土もろこし機を仕留めた。


 しかし佑月ゆづきの方は飯森いいもり一機にかかりきりになっていた。


「血と灰の上に成り立つ新時代など、誰にも受け入れられません‼」


 佑月は叫んだが、飯森は曲刀の動きを曇らせず、次々と連撃を繰り出してくる。


『受け入れずともよい‼ どうせ今の連中には理非善悪を考える頭も無いわ‼ 下民は言うに及ばず、武士の頭までおかしくなる一方だ‼ 〈人斬り〉を名乗るあの馬鹿女を見ろ‼ 放っておけばこの国はいずれ、あのような連中で溢れかえるぞ‼ そうなる前に、我々でこの国を戦の渦に叩き込まねばならん‼ 神々と武士の国を、滅ぼさぬ為に‼』


 飯森は一度距離を取り、佑月の〈双燕〉を正面から睨み据えた。


『古き世を取り戻すのだ、椙杜すぎもり……‼ 誰もが死と隣り合わせに生き、己が志の為に誰もが命を懸けた、あの時代を……‼』


 そして再び突進。佑月は応戦するべく両刀を構え――左の太刀を投げつけた。次いで即座に右の太刀も。飯森は咄嗟に曲刀で斬り払うが、機体の制御が乱れる。


「古き世など、何をしようと戻ってはきません……!」


〈双燕〉は背部の単発式小銃を手に取った。腰を深く沈め、銃剣を前に向け、真っすぐに突撃。


「いつの世も――来るのは新しい時代であります‼」


 ―――― ◇ ――――


〈人斬り夜叉〉は突如言った。


『あ、もう配信時間じゃん。ねえ異人さん、スマホ持ってるなら大名持さんのチャンネル見といた方がいいと思いますけど。あのお嬢ちゃんお披露目するんですって』


依姫よりひめ〉は敵の繰り出した槍を左の脇に抱え込み、右手の太刀を振りかざしている。〈人斬り〉はそれを左手の刀で受け止めている。つまり両機はまさに鍔迫り合いの真っただ中だった。


 蓮太郎は操縦室で顔を曇らせた。


 無線の向こうで華凛が息を荒げながら、

『な、何……? 鈴姫様のお披露目……?』


〈人斬り〉は力を一切緩めず、

『見たくないですか? あのお花畑ちゃん、どこまで分からされちゃったか気になりません?』


 江藤が蓮太郎に言う。

『ああ、確かにやっちょるばい……どげんすっと? そっちに映すこっもできっけど……』


「……頼みます」

 蓮太郎は低い声で言った。


 ―――― ◇ ――――


「みんな、見てくれ……俺の娘だ」


 大名持おおなもちは鈴姫の頭の上からカメラに向けて笑いかけた。


「今まで秘密にしていて悪かった。こいつが幼いうちはそうした方がいいと思ってな。とにかくこいつは正真正銘俺の娘――名前は撞賢木つきさかき鈴姫だ」


 液晶モニターには配信画面が映っており、コメント欄が物凄い勢いでスクロールしている。


 痛みが限界を超え、鈴姫は呻いた。

「ぐっ……‼ ああああぁぁぁぁ…………‼」


 それはもはや苦しみの呻き声ではなく、怒りの声だった。顔に爪を突き立て、喉奥を掠れさせ、鈴姫は怒りに呻いた。


「今日はみんなに、娘の話を聞いて欲しいんだ。鈴姫、幕府についてどう思う? 異人については? 俺の壮挙に反対してる固陋な連中に対して、何て言ってやりたい?」


 大名持は鈴姫の腕を掴み、無理やり顔から引き剥がした。モニターに映るSNSのタイムラインから、おぞましい言葉の数々が的確に目に入ってくる。


 暴言、蔑視、侮辱、扇動、あいつを殺す、そいつを殺せ、誰死ね彼死ねみんな死ね――


 鈴姫は歯を剥き出しにした。


 ―――― ◇ ――――


 露天つゆてん神社の境内。暴風雨に曝される張州陸軍の本営で、一人の兵が叫んだ。


「緊急‼ 緊急‼ 淀川流域多数の地点より、河川棲かせんせい禍獣かもの発生を認む‼ その数……‼ す、少なくとも二十体‼ なおも増加中であります‼」


「鈴姫……‼」

 ななは風雨の彼方を見上げて名を呼んだ。


 ―――― ◇ ――――


〈依姫〉のモニターに別画面が表示され、配信画面が映しだされている。


 大名持の膝の上に座る鈴姫は歯を剥き出し、目は怒りを湛えて血走っていた。


 蓮太郎は胸を裂かれるような悲しみに耐えきれず、下を向いた。


 ―――― ◇ ――――


 大名持は鈴姫の耳元に口を寄せ、囁いた。


「さあ鈴姫、怒りを曝け出せ。世は変わった。優しい言葉、正しい言葉、そんなことを言っても、今じゃ誰も喜んでくれないんだ。冬姫のようになれ。今ならみんな受け入れてくれる。みんながお前の荒御魂に喜んでくれる。さあ鈴姫、言え――」


 すでに頭の中は、その言葉しかなかった。


 しね――死ね――死ね死ね死ね死ね‼ 


 鈴姫は口を開いた。それを言うべく。


 ――でも、それは言うたらあかんって、言われてたような……


 誰に? 


 顔が思い浮かんだ。必死な顔をこっちに向けて何かを言っている。それが誰なのかは分からない。ただ、何かを感じる。痛みとはまた違う……悲しみ? 懐かしさ? 分からない……でもそれを思うと、不思議と頭痛が弱まるような気がする。


 何だっていい。誰だっていい。この痛みを和らげてくれるなら……


 鈴姫は記憶の霞の向こういる、その人に向けて手を伸ばした――

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