第24話 彼女には敵わない

保健室に向かうまで、ユーグは一切無言だった。




アリセアを抱えながら、先生が居ない保健室のドアの鍵を、ユーグはどこからとも無く魔法鍵を出現させ、手をかざすだけで解錠した。




アリセアがその事を問いかけたい気持ちが伝わったのか、まるでユーグは彼女を安心させるかのように笑った。




「アリセアの件で学園長から借りてる。どこでも開けられるマスターキーだから、取り扱いには注意してる。その為、亜空間に厳重に保管しているんだ」


「マスターキー?……あ、亜空間……?」




ユーグの言葉を受けて、アリセアは言葉も出なかった。


信じられなかった。


普通の人は亜空間をポケットみたいに使えない。




ドアを開け、室内に入ると、


薬品の匂いが漂い、ベッドが整然と並んでいた。




ユーグストは、アリセアをそっとベッドにおろし、そばにカバンをおいた。




「アリセア、さっきは驚かせてごめん」


その声音には悔しさが滲んでいた。


自責と後悔の入り混じった言葉に、アリセアは首を振った。




「いいえ。驚きましたけど……私のためにしてくださったことは、ちゃんと分かっています」




ユーグスト殿下が私を大切にしてくれている事は分かっていた。


いつだって殿下は私のために動いてくれるし、考えてくれている。


今回のことだって、……私が困っていたから助けてくれたのだ。




「ごめんなさい、重かったですよね、ありがとうございました」


「軽いくらいだよ。これぐらいはさせて欲しい。本来ならこんなに大事にせず、アリセアを驚かせないように対処も出来たはず。だけど……俺が未熟だった」




ごめん、と、ユーグが、また、謝ってくれた。




「そんなに謝らないでください。ユーグの気持ちは、分かってますから」


ね、と、安心させるかのように、笑って見せる。




「アリセア……ありがとう」


ユーグは、やっと笑ってくれた。




だけど先程の件……。




フォートも、




意味もなくあんなことをする人ではないことは、冷静になってきた今なら分かる。






……なにか、理由があった??






彼は私がいくら冷たい態度をとっても、それを気にすることもなく明るく接してくれていた。




ちょっと、いや、かなり軽薄な部分もあるが。




いつだって彼も、困った時には笑いながらも手を貸してくれる人だから。












******




「フォートの件、まだ怒ってますか?」


その一言で、押さえつけていた感情が波のように押し寄せた。




本当は、いつだって彼女の隣にいたい。


けれど、自分は二学年も上で、学園ではそうそう時間を共有できない。


それに比べて、フォートは──




「正直、……まだ怒ってる。アリセアは?大丈夫?」




声色が尖ってないか、気になってしまう。




この間も、兄に怒りの感情を抑制する術を身につけろと、言われたばかりである。


それなのに……。




優秀な長兄とは違い、まだまだ己の精神は未熟だ。




力だけが強くてもいけない、精神力も鍛えなければ。




他の家族は騙せても、長兄は弟の私のことを、私以上に分かっているようで、王宮で会う度に声をかけてくる。




魔力が暴走しないように、怒りを沈めようと深い息を吐く。


だけど、それが返ってアリセアを萎縮させてしまったかもしれない。




ビクリと身体を震わせたアリセアは。




それでも、ユーグの顔色を伺いながら、




「正直……驚きました。でも、フォートの事だから何か理由があってあんなことをしたんじゃないかと思うのです。こんなこと言ったら、また、ユーグに嫌な気持ちにさせてしまうかもしれませんが……」




彼女の言葉は、いつだって誠実だ。




そのひたむきさに、ユーグは胸を打たれる。




「そうか。だが、彼は……きっと」






アリセアの事を、想っているのでは。




ぐっと、その言葉を飲み込む。






それを言ったら、アリセアが彼を。




……逆に異性として意識してしまうのではないか。




そんな気がしたのだ。






「フォートの件、私に任せてくれませんか?」






思考に沈んでいたユーグストは、その言葉を受けて、彼女に目を向ける。


静かに、それでいて真剣な表情で。






「分かった……でも、彼には気をつけるんだよ」


自分の感情を押し込めて。


アリセアの信念に、ただ応えるように。




「さてと、アリセア、係の書類はどこ?俺がしておくよ」


「あ、カバンの中に……」




空気を変えようと、普段の穏やかな声に戻す。


アリセアの表情がほっと緩むのを見て、ユーグは胸が痛んだ。




これは、嫉妬だ。




俺とアリセアに絆があるように、きっと彼らにもまた、別の種類の絆があるのだろう。






「これは後でアリセアのクラスに提出しておくよ。アリセアは少しここで休んでいて、回復するまで寝ていると先生にも言っておく」




「あ、ユーグ!」


保健室から出ていこうと、扉へ体を向けた。


しかし、急に背後のアリセアに手を取られた。


手を取ったアリセア自身も戸惑ったようだが、彼女は優しく笑いかけてくれた。




「私のために怒ってくれて……ありがとうございます。嬉しかったです」




「……アリセア」




……彼女には敵わない。


ふっと、ユーグの心が軽くなったのが分かった。

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