第11話 私の婚約者は人が悪い

きっと以前の私なら照れ隠しで「そんな気遣いしなくて大丈夫だから」なんて憎まれ口のような照れ隠しの言葉を言っていたに違いない。






だけど、今の私は素直に手を差し出した。






ユーグスト殿下もちょっとビックリしている。






「エスコートさせてくれてありがとう。記憶が少し戻ったと聞いたから、どうかなと思ったけど言ってよかった」


「んんっ。はい、なんか、申し訳ないです」






やはり予想した通り、以前の私なら手を取らなかったのだろう、ユーグの言葉で推し量ることが出来て……。


照れ隠しに咳払いをするも、頬が赤らむのが分かる。






でも。






恥ずかしさから、殿下への優しさを突っぱねるのは、違う気がしたのだ。






まだまだ図書館での記憶を、断片的に思い出しただけだけど、やっぱり記憶をなくしても、私は私だ。




素直になりたい。


なんとなく以前の私はこう思っていたように思う。




朧気だけど。




「今日は図書館を休館日にしてもらったよ」






「え?あ、そうですね、普通、この時間帯は混み合いますもんね」


今更それに気が付き、殿下がまたまた私のために調整してくれていたことに気がつく。






私、彼の優しさや行動を、当たり前に受け取ってばかりだ。






1歩1歩階段を降りていく金色の髪を持つユーグを見る。さらさらな髪の毛、たまに振り向いて薄く笑いかけてくれる唇。






整った鼻筋。






天はなにもかも彼に与えてしまったかのような美貌。






それなのに性格も優しい。






私も彼に守られてばかりではなく、「守らないと」


無意識に呟いた言葉。






そんなことを考えていると、1階へたどり着いた。








しかし、殿下はこちらを見てビックリした顔をしている。






「どうしました?」






「いや、以前の君も、同じ事を言っていて…」




「え!?……」




「偶然かな?」




「いえ。きっと………記憶をなくしても私は私ですから」






「……そうか。そうだな、やっぱり君はアリセアなんだろうね」






繋いでいた手をもちあげられ、手の甲にキスされる。




そしてふわと花が綻ぶかのように、笑うユーグスト。




「!!」


ナチュラルに、することなすこと、王子様だ。






心臓がもたない!






私の婚約者は天然で、タラシこんでくる。






「ユーグ!あの、向こうに行ってみませんか」






誤魔化すように今度は私がユーグの手を引いて、奥の実習室へと誘う。




私の慌てっぷりに、ユーグは素直に大人しく付いてきてくれた。




でも、その顔、




すごーく笑ってるんですけど。




人が悪い。





**********




図書館1階、さらに奥の扉を開けると、実習室兼、資料室があるはず。




記憶の通りに、果たしてそこにはあった。




扉が開いたことによって、夕陽に照らされた小さなホコリが舞う。




いくつかのテーブルと椅子が置いてあり、1クラスも入らないだろう、小さな部屋になっている。


当たり前だが誰もいない。






棚には、この国の


『王室の成り立ちと今』『周辺諸国の歴史』


『魔法学園トリバス』『魔法体系』


『実戦と戦術』『精霊と魔の考察』


など、内容は、授業からさらに踏み込んだ専門書も多くそろえられていた。






と、そのテーブルに、1冊の本が開かれて置いてあった。


「これは?」


「誰か、片付けるのを忘れたのかな?」




ユーグが、分厚い、赤紫色の古い本を手に取る。




「精霊について書かれた本だな」


「精霊…」




なんとなく覗き込んでみると、あらゆる精霊の種類を紹介されているページだった。


炎、水、木、土、風、そして月、太陽、次に続く文字は、インクをこぼされたかのように滲んでいて読めない。




あ、これ…。読んだことある。






私は1年生で、精霊のことも基礎の基礎を、学んでいる最中だが、ある程度の知識は学園に入る前から、王族の婚約者ということもあって、すでに学んでいる事も多い。だけど、この学園の書庫は、この学園自体が古くから存在したのもあって、今は失われた技術が記載されていたり、貴重な本が多い。




こうして汚れがあって読めない本も、そのため破棄されること無く存在し続けているのだろう。




古い本は、新しい発見や考え方、魔法について学べる、好奇心をそそる素晴らしいものだ。




本を閉じたユーグは、棚に本を戻しながら、こちらに目を向けた。


「そもそも、図書館に来たのは、何か手がかりがあるんじゃないかと思ったんだが」




「私もそう思って来ました」






殿下の発した言葉に、私も頷く。


彼から視線をずらし、実習室を見渡した。


私、ここで良く勉強していた。




「主に魔力や魔法?について調べていたように思います」




「…そうか、やっぱり」


ユーグは困ったように眉を動かした。




続きの言葉があるのかと思って待ったが、なかなか言葉を発せずにいるようだ。






「多分、私のために、色々と調べてくれていたのかもしれない」


「え??」




きょとんとした私に、ユーグは言った。


「……昔、アリセアが小さい頃に1度だけ、私に言ってくれたんだ、貴方を守るって」




「それって」


さっきの言葉?


ユーグに、それを問う間もなく、外から悲鳴が聞こえてきた。




え?!何?!




「アリセアはここにいて!」


「いえっ!私も行きます」






ユーグが見てくると言って飛び出し、私も後に続いた。


実習室に1人残されるのも怖いけど、なにより。


少しでも何か手がかりを知りたい。


今の悲鳴も、もしかしたら手がかりに繋がる事かもしれないのに、一人蚊帳の外は違うと思う。



そして、ユーグに何かないとも言いきれないうちは、私も一緒に行動して、彼をサポート…したい。




純粋に彼を案じる気持ちに、気がついてしまった。


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