ばりばり むしゃむしゃ もぐもぐ ごっくん



「くそッ……! 出遅れちまったじゃねえか!! この迷宮の金もおれのものなのに!!」


 ローズは獣のように目を見開き、いつものように迷宮に潜り始めた。


 その日挑んだ迷宮は、既にそれなりに踏破されている迷宮だった。


 情報収集担当の少年冒険者が見つけた迷宮は、他人の手垢で汚れていた。


 ローズは出遅れた事に苛立ち、少年冒険者を折檻した。


 やり過ぎて殺してしまったが、死体は魔物に食わせてしまえばいい。そう思い、動かなくなった少年を迷宮の通路にうち捨てた。部下達は青ざめつつも、長への畏敬を深めた。


「あにゃぁ~ん!」


「おい……。だれだ? だれかおれに文句を言ったか? おれに逆らうのか!!?」


「い、いえ……! 誰もボスには逆らいませんよ!!」


「そうだ。おれはボスだ。群れのボスだぞ!! 逆らうな!!」


 ローズは尖り始めた歯を見せながら部下達にすごんだ後、気を取り直して迷宮の奥へ奥へと進んでいった。


「アァ、におう。におうぞ。金のにおいだ」


 冒険者稼業を続けるほど、ローズは凶暴になっていった。


 昔のように考えて動くのではなく、力押しの戦いを好むようになっていた。


 癇癪を起こすことも多くなった。ただ、部下達は誰も彼に逆らわなかった。


 部下達はローズを恐れていたが、従う理由はそれだけではない。ローズは優れた嗅覚を持っていた。彼が目指す方には必ず、金銀財宝があった。


 暴君だろうと、付き従っていれば食いっぱぐれる事はない。部下達はローズに恐怖しつつも、彼に付き従い続けた。この日まではそうしていた。


「ボス! もしかしてこれ、囲まれてませんか……?」


「ビビるな。この程度の群れ、どうとでもなる」


「でっ、でも、この数は……!」


「おれの群れのほうがつよい。しょうぶだ!!」


 迷宮の奥底で、ローズ達はすっかり包囲されてしまった。


 音も無くやってきた四足歩行の魔物の群れが、ローズ達を取り囲んでいた。


「っ…………」


 魔物達は仕掛けてこない。


 包囲し、闇の中から値踏みするように視線を向けてくる。


 普通の魔物は人間に気づくと狂ったように襲いかかってくるものだ。その時の群れは、いつもとは明らかに違った。数も多い。ローズの部下達は動揺し、瓦解していった。


「まて。にげるな。殺すぞ!!」


 恐怖に耐えかね、1人の部下が逃げ始めた。


 鉄条網の設置を放り出し、包囲の穴らしき場所に向かって逃げ出した。


 1人逃げ始めると、多くがそれに続いた。ただ、彼らは生きて帰れなかった。


 包囲の穴に見えた場所の奥には、さらに多くの魔物達が待ち伏せていた。罠だ。


「逃げるな。逃げるな!! くそっ! くそッ!!」


 ローズは逃げる部下の背に銃を向けた。そして撃った。


 それはさらなる混乱を生むだけだった。狂乱した部下達は獣のように走り回り、銃声を聞きつけた魔物がさらに多く押しかけてくるだけだった。


 ローズは死に物狂いで戦った。


 四足歩行の魔物達が見守る中、銃声に引き寄せられてやってきた別の魔物達と戦い、片腕を失った。それでも何とか、彼は包囲から脱することに成功した。


「はっ……! はッ……!!」


 彼は逃げた。


 迷宮の出口に向け、必死に走った。


 暗闇の中、誰かがついてくる。


 それが部下達ではないのは明らかだった。


 音もなく、しかし獣臭を放ちながら、何かの群れが近づいてくる。


 ローズは久方ぶりに恐怖した。


 だがもう、何もかも手遅れだった。


「ぎィやァッ!!?」


 イバラのようなものが、彼の身体を切り裂いた。


 それは有刺鉄線だった。


 ローズの活躍により、エルドラドの冒険者業界では鉄のイバラが広く普及した。


 広く普及したからこそ、迷宮内に鉄条網が放置される事も珍しくなくなった。


 それらは魔物だけではなく、冒険者に牙を剥く事も珍しくなくなっていた。


 鉄のトゲは小さなもので、ローズの肉を噛む程度のものでしかない。


 致命傷にはほど遠い。


 ただ、彼の命はそこで潰えた。


 何かの群れが血肉を、魂を分け合う音がしばし響いていたが、その音もやがて消えた。


 迷宮に静寂が戻り、また1つの贄が捧げられた。



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