帽子飾り
死の淵にて、ローズは不思議な夢を見た。
エルドラド大陸のあちこちを狼の群れが闊歩し、人々を食い荒らす夢だった。
夢のはずだ。
夢に違いない。
彼はそう思った。
狼達は迷宮からあふれ出てきた。
無数の狼達相手に、人々は為す術もなかった。狼達には剣も銃も通用せず、金を媒介にした魔法は最初から存在しなかったように使えなくなっていた。
狼達は大陸中にあふれかえり、ついには世界の壁すら食い破った。
次の獲物を求め、異世界へと旅立ち始めたのだ。それを止めようとしているのか、翼の生えた人々がやってきたものの、狼達は数に物を言わせてそれすら突破していった。
群れの一部は、へたりこんでいるローズのところにもやってきた。
「ぉ……<
へたり込んでいるローズに対し、狼達は値踏みするような視線を向けてきた。
獣臭を撒き散らしながら近づき、ローズの顔をべろりと舐める狼もいた。
ローズが失禁していると、狼達の足下から黄金色の体毛を持つ小狼が跳びはねながらやってきた。その小狼もローズをペロペロと舐め回した。
小狼は満足げに「あにゃぁ♪」と鳴き、ローズの手のひらをペロリと舐めた。
するとローズは、手のひらに売ったはずの金の一欠片が戻ってきている錯覚を得た。その金を見ながら、「そもそもなんで、魔物の中から金が出てくるんだろう?」という疑問を抱いた。
その疑問は熱と共に溶け、消えていった。
彼は何とか生き延びた。
宿屋の主人が比較的良心的だったため、熱に浮かされている間も水や食料を用意してくれたのだ。それなりにぼったくられたが、ローズの手元には数日分の生活費は残った。
「また迷宮に潜るのか? 今度こそ死ぬぞ」
「何とかなるよ……。おれなら出来る」
疑問は溶けても、自信はなくなっていなかった。
有刺鉄線を使った鉄条網を使えば、小柄な自分でも魔物とやり合える。
ローズはそう確信していた。
さすがに何度も死にかける事になったが、ローズの考えはそれなりに正しかった。
鉄条網が通用しないほど頑丈な魔物もいるが、相手を選びさえすれば無傷で魔物に勝つ事もできた。彼は勝利の定型へと至った。
定型を手に入れてなお、未熟なローズは何度も死にかけた。
死線をくぐり抜けるたび、強さと自信を手に入れていった。
彼は粗末な槍を捨て、武器を新調した。
銃も持つようになった。迷宮で銃を使うのは「得策ではない」と言われていたものの、彼は「魔物達が押しかけてきても、鉄条網で対応すればいい」と考えていた。
「この銃声が、おれの
変わったのは武器だけではない。
彼は新たな力も手に入れた。
「…………? 瞳が、金色になってる……?」
ある日、彼は宿屋にあったくすんだ鏡を見て気づいた。
自分の瞳の色が――黄金のように――金色になっている事に。
宿屋の主人もそれに気づき、「良かったな」と祝福してくれた。
「お前も<大神>の寵愛を受ける身になったのか。やるじゃねえか」
「なにこれ、病気?」
「魔法が使えるようになった証さ!」
金の瞳を得たローズは、魔法という武器も手に入れた。
「もっと強くなろう。強くなれば、もっと稼げる」
鉄条網は相変わらず効果的だった。
周囲の冒険者達には「男らしいやり方ではない」と蔑んできた。
しかし、ローズが鉄条網を使った戦術で頭角を現していくと、コソコソと自分達も使うようになっていった。軽量で持ち運びやすい鉄条網は迷宮内でも役立った。
「おれはおれの群れを作ろう」
ローズは自分の考えに――鉄条網を使った戦術に――賛同する仲間を集め始めた。
ローズが率いる群れは――冒険者集団は、当時の冒険者業界ではまだ珍しかった鉄条網を使った戦術によって活躍した。稼いだ。群れの規模もますます大きくなっていった。
「さすがはローズの兄貴! 大神の寵愛を受けている御方だ」
「ハッ……! 何が神だ、これは全ておれの力だよ」
ローズはかつてのひもじい日々が嘘だったかのように、豊かな暮らしの中にいた。
だが、彼の欲望は尽きなかった。
もっと稼ぎたい。
もっと欲しい。
さらに多くの富を。
さらに多くの贄を。
女を抱いて、もっともっと贄を増やせ。
そんな考えが頭を支配していた。
最初に抱いていた願いなど、溶けて消えてしまっていた。
彼は部下達と共にエルドラド大陸を走り回り、多くの迷宮で活躍した。
彼の活躍により、冒険者業界で鉄条網を使った戦術は広く親しまれるようになった。
ローズは「誰も彼もおれのやり方を真似しやがって」と面白くなさそうにしつつも、鉄条網戦術の第一人者になった事を褒め称えられると満足げに笑っていた。
帽子にまで有刺鉄線を巻き、それをトレードマークにしていたローズは冒険者業界の第一線に立ち続けた。
悠々自適な生活を送れるほど稼いでもなお、彼は迷宮の魅力に取り憑かれ続けた。
何もかも順調だった。
あの日までは。
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