ゆびきりげんまん

はるむらさき

ゆびきりげんまん

 ここでは再訪の約束してはいけない、ユビキリサマに祟られるぞ。

 どこにでもある変わった習慣、もうほとんどが廃れてしまって、話の源泉も分からなくなっている。

 私はそういう消えてしまいそうな民間伝承の真偽や源泉を探す事が好きな学者崩れだ。


「という、のが私の身分です」

「学者先生だったんですか」

「学者崩れと言った方が正しいですね、これでご飯が食べていける訳では無いのでね」

 私はそのユビキリサマにまつわる村に来ている。

 そこにある年季の入った定食屋に食事に来ていたご婦人との会話である。

「旅行系の雑誌の端でちょっとした書き物をしている現状です、どちらかといえば趣味と実益を兼ねたライターですかねぇ……」

「それでも素晴らしいことですよ、そうですね、では私が知っていることをお話しましょうか」

「それはありがたい、現地の人に聞くお話に勝る情報は中々存在しないもので」

「といっても、貴方が言っていた事の補足にくらいしかなりませんけどね」

 そう言って、思い出すように話し始めた、私はそれをしっかりとメモに収めていく、私にとって三番目に楽しい瞬間だ。


 曰く、この村は商売で栄えていたらしい、近くに関所があったらしく、商人や旅人、どこかの領主が夜を明かす為に利用した宿が点在していた、村として廃れている今でも、宿や食事処等が未だに多く残っているのはその名残だという。

 本題はそこではなく、人々の往来が盛んだったということは、物だけではなく、色を売る商売もそこそこに栄えていた、ということになる、この伝承、いや物語の主人公は、義理深い領主と愛の深い色を売っている女である。

 話の流れはよくあるもの、領主と女は恋に落ち、駆け落ちをしようとして失敗し、領主が逃げた、というものである。

 違う点とすれば、女は狂ってしまい、約束という言葉を嫌い、約束そのものを嫌悪することになった、先程も言ったがこの場所は関所に近く、人の往来も激しかった、同じように再会の約束をする者を多くいた、それはつまり、約束を嫌う女にとっては地獄と化していたということ、その女は大暴れし、道行く再会を願った人達の小指を切って回ったらしい。

 それがこの村で約束をしてはいけないという、風習に変わったのだ、約束をしたらユビキリサマに指を切られるぞ、というものに。


「なんというか……」

「哀れだろう?たった一人に裏切られただけで精神を病み、たった一回、約束を違えただけで、大事件になってしまった」

「ええ、悲しい話です」

「詳しい話は、村の役場に行ってみるといい、そこには私が話したよりも深い事が資料として残っているみたいだからね、はぁ、こんなに話をしたのは久しぶりだね、話したら喉が乾いてしまった」

「貴重な話をありがとうございます、では、飲み物を二つ、あなたの分も頼ませていただけるかな?」

「お、悪いねぇ、そんなつもりはなかったのに」

「いえいえ、情報とは資産です、それをタダでいただくのは申し訳が立たない」

「ではお言葉に甘えて」

 そう言って、注文し礼を言ってから考える、先程の話を整理しながら。

(この瞬間が私にとって二番目に楽しい瞬間だ)

 考察を進める、それにはまだ情報が足りないが、おおよそ間違っていないだろう、実はここに来るのは役場に行ってご婦人が言っていた資料を読み耽った後での話だったのだ、資料と口伝では情報が異なる場合があり、その齟齬を確かめる必要があったのだ。

(おしゃべりが好きなご婦人がいて助かったな)

 運ばれて来たお茶を一気に流し込み席を立ち上がる。

「店主さん、お会計を、そちらのご婦人の食事代と一緒にね」

 そう言って、会計より少し多いお金を出した。

「貴重なお話に感謝を、お釣りはその代金とさせてください」

 返答も聞かず、そのまま店を出る、その時に小さく。

「では、ご婦人、また機会があれば会いましょう、指切った」

 と呟いて、その瞬間にチョキンという金属音が耳に響いたのは気のせいだろう。


 田舎は都会より早く暗くなる、それは事実だ、商店もはやく店仕舞いをし、明かりも少ない、だからやる事も少ない、だがその空間は嫌いじゃない。

 今私は、人生で一番の楽しみが来るのを待っている最中だった。

「さて、そろそろ出てきてくれないかい?耳元でチョキチョキうるさいんだよ」

 周りに誰もいないことを確認し、少し大きな声を出す。

「やくそく、したよね」

 誰もいないはずの空間から声がした。

「ああ、したとも、それが礼儀というものだ」

 顔が見えない程に髪を下ろした小指のない女が大きなハサミを持って佇んでいた。

「やくそく、したよね、うそつきが」

 ハサミをチョキチョキと鳴らしながら幽鬼のように近付いてくる。

「うそつきとは心外だな、誰も自分から約束を違えようとは思っていないさ」

 目の錯覚だろうか、ハサミの大きさが変わっていく。

「でも、やくそくを破るのでしょう?」

 首でも両断できそうな大きさのハサミとなっていた。

「結果としてそうなった、仕方の無い話だ、君と約束をしたあの男もそうだろうさ」

 ジョキン!という激しい音を何度も鳴らす、苛立ちを隠す様子はない。

「うるさい、それでもやくそくを破るのはダメなことなんだ!死んでもやくそくは守らないとダメなんだ!」

「そうだな、君と約束をした男もそう思っていたようだぞ」

 役場に残っていた資料には、伝承と共に遺書のような物の写しがあった、内容は戦が終われば領主の座を弟に移譲し、少しのお金と領地というのには小さすぎる土地が欲しいという、そういう内容だった。

「男は君と添い遂げる覚悟があったようだぞ」

 しかし、その男は戦死し帰らぬ人になった、約束を守れなくなってしまったのだ、その時に男はおそらく女であろう切り落とされた小指を大事に抱えていたのだそうだ。

「嘘だ、嘘だ、うそだ、ウソダ!」

 女は髪を振り乱しながら近付いてくる、もうハサミの届く距離だ。

「本当だとも、愛とは素晴らしいものだね、愛以上の呪いなど存在しないだろうさ」

「うそつきの舌は切らないと、やくそくした指は切らないと、針千本飲ませて反省させないと」

 そろそろ逃げ出したいのだが、足が動かない、そういう類のものなのだろう、なので煽ることにする。

「では私と約束をしようではないか」

「やくそく?」

「そうだ、その男のことは忘れて、私と約束をしよう、再会の約束だ」

「イヤダ、あなたはうそつきでしょう?」

「命のかかった約束を破る程馬鹿じゃないさ、そうだな、この首を担保にしよう、約束を違えた場合、君にこの首を捧げよう」

「……」

 少し熟考をし、こちらを睨む、その目は赤く染っていて、恨みが見て取れるようだった。

「じゃあ、もらうね」

 そういって既に身の丈以上に大きくなったハサミを開き、首元に据える。

「一体何を!」

「言ったよね、約束の証に首を渡すって」

「言ったが、今持っていかれると非常に困ることに」

「まさか、嘘を吐くの?常識だよね、ユビキリをしたら切った指を相手に渡す、だったら指の代わりの首も今ここで渡す」

 そういえば、領主の遺品にあった小指は彼女の物だった、予め渡しておく前金制度だったとは、迂闊だった。

「すまない、今の常識は違うんだ」

「関係ないよ、約束をする代わりに首をもらう」

 取り付く島もない、困ったな。

 徐々に開いていくハサミはカウントダウンのようだった。

「まったく、困ったものだ」

 だからこそ、面白い、私が一番楽しいと思える瞬間は、今この瞬間、非日常を体感するこの瞬間だ。

 おそらく人生を終えるであろう男の顔には笑みがあった、嘘を平気で吐き、必要とあれば約束を違える精神であるが、この非日常は男の本当であり、本懐。

「お嬢さん」

「なぁに?」

「一思いにやってくれ、約束は守ろう」

「あなたみたいな男の人、会うのは二度目だよ」


 ジョキン!という大きな金属音が誰もいない村を揺らした。

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