なぜかユグドラシルの苗木に転生した俺、もふもふ獣人から神樹様として崇められています

野生のイエネコ

第1話

 体が全く動かない。


 地に根っこでも生えたかのように、身動きが取れなかった。


 なんだ、これ。


 意識が清明になるに従って、さらなる異常事態に気づいた。


 視界が、360°ある。自身の周囲、そして空までもが、全て見えるのだ。


 そして、俺は自分自身が何者なのか、なぜか『知識』が存在した。身のうちに刻み込まれたように、不思議と『知識』が意識の俎上に流れ込んでくる。


 ユグドラシルに支えられた大陸、ミッドガランドは、ユグドラシルの力を人間が搾取し、大地を穢したせいで滅びに瀕していた。

 枯れかけたユグドラシルは最後の力で小さな種を生成し、聖域に新たな苗木を生み出す。この苗木まで枯れれば、真の滅びが訪れる、危機的な状況だ。


 ってこれ、ネトゲの『ユグドラシル・サーガ』の内容じゃねーか!

 『ユグドラシル・サーガ』では、プレイヤーである冒険者たちが、穢れの化身であるモンスターからユグドラシルの若木・・を守ったり、ユグドラシルの種を僻地に植えて大地を浄化したりというミッションに勤しむ、ファンタジーRPGである。


 そのユグドラシルに転生してしまった? にしても、ゲームの世界の木よりも明らかにちっちゃいんだが、俺の体。まだほんの生まれたてというくらいだ。


 いやいや待て待て、聖域は定期的にモンスターの襲撃を受けているはず。え、もしかしてこのちっこい体でモンスターの襲撃を生き延びなきゃいけない感じ?

 俺が生き延びなきゃ、この世界、滅ぶよね?


 やばくね?


 これが夢でも幻でもないことは、360°存在する視界という、人間の想像力では到底実現できない異常な知覚が鮮明に伝えてくる。

 どうしろってのよ、これ、マジで。


 いや、でもなんとかして生き延びるしかない。

 だって、『ユグドラシル・サーガ』には俺の最推しキャラ、エルフのステラリアちゃんがいるのだ。ゲーム開始はユグドラシルの大樹が枯れた『大枯れ』の災害から170年。ステラリアちゃんはその時180歳(人間換算すると18歳)だった。俺が仮に生まれたての苗木だとすると、ステラリアちゃんは現在10歳なのだ。人間とエルフの成長スピードは一緒だから……。


 や、やばい。10歳の美少女になったステラリアちゃんに会えるかもしれない!

 なんとしても生き延びねば!


 って、身動きも取れないのにどうやって自分の身をモンスターから守ったらいいんだろう?


 世界樹の若木が発見されて、それを守るために冒険者協会が発足したのは、『大枯れ』からの再生歴50年。つまり今から50年後である。


 そよそよと風にちっこい葉っぱをそよがせながら考え込んでいると、ぴこんと近くの範囲に生命体の気配を感じた。


「おにいちゃん、お腹すいたよぉ……」


「いいから歩くぞ、歩かないと食料は見つからない。この先に実の生る木でもあればいいんだけど……」


 しょんぼりとした幼女の声に、それより少し年長の少年の声。

 そして声が徐々に近づいてくるに従い、木の影から二人の人——いや、狼獣人が現れた。


 獣人族は『ユグドラシル・サーガ』でも人気のある種族だったからよく覚えている。銀灰色の耳にふさふさとした尻尾、人よりも少し目立つ犬歯と分厚くて鋭い爪。


 でも、本来体格がいいはずの獣人族にしては、その兄妹らしき二人は華奢で痩せ細っていた。


 『大枯れ』によって食料も減り、世界は荒廃しきっている時代だから、飢えてしまっているのだろうか。


 正直、こんなに小さい子供が飢えてフラフラになっているのをただ黙ってみているのはちょっと気が引ける。


 今の俺ではただの小さな苗木に過ぎないから、どうしてやることもできないが……。


 そう考えていると、不意に頭の中に言葉が浮かんできた。


 『聖域支配・実り——普通の木苺——』


 ん?


 なんだこれ、聖域支配? そういえば俺、ユグドラシルとして聖域の主みたいなものなのか。木苺の茂みに実りを与えるくらいだったら……、うん、今残っている力だけでも出来そうだぞ。


 せいやっ。


 力を込めると、俺から緑色に輝く光が飛んでいって、近くの茂みに吸い込まれていった。


「な、なんだ?」


 狼獣人の少年が、妹を背に庇う。うん、立派立派。えらいぞー。やっぱり、この子達はしっかり助けてやりたいなぁ。


 そんなことを思っているうちに、光を吸収し切った茂みには赤々とした木苺が実っていた。


「わ、おにいちゃん、木苺がなったよ! すごいすごい!」


「あ、待てって! こんな不思議な現象、何かの罠かもしれないだろ!」

 

 妹ちゃんが木苺の茂みに駆け寄ろうとするのを、慌てて少年が止める。


 怖くないよー。怪しいおじさんじゃないよぉー。


 なんとかして彼らに伝えたいのだが、喋ることはできないらしい。ひたすらそよそよと風に吹かれるしかない。


 少年はまだ木苺の茂みを睨んでいる。


 風が吹く。


 少年はまだ睨んでいる。


 ぐー、ぎゅるるるるるるる。

 

 ……今すっげぇ腹なったな!?

 少年のお腹から、大変に物悲しい音色が響き渡っていた。


「おにいちゃん……食べよ?」


 同情したような顔の妹ちゃんがそういうと、少年は顔を真っ赤にして「しょ、しょうがないな!」と言った。


「お、おいしい! おにいちゃん、これ、すっごくおいしいよ!」


 早速茂みに駆け寄って木苺をもいだ妹ちゃんは、口の周りを木苺の汁でベタベタにしながらぱくぱくと食べていく。


 あーあー、俺が人間だったらハンカチ持ってきてあげるのに。お口の周りを拭いてやることもできないでハラハラと見守っていると、少年も観念したように一粒木苺をもいだ。


「う、うまい! なんだこれ!」


 俺が今できる全力の力を込めて作り上げた木苺は、どうやら相当美味しいらしい。あれだけ警戒していた少年も、尻尾をブンブン振りながら無我夢中で食べている。


 そうして茂みに生っている分を食べ切って、ふうと一息ついた二人。


 地面に座り込んで休んでいる少年が、不意に首を傾げた。


「あ、あれ? なんでこんなに力が漲ってくるんだ? 満腹になるほどの量はなかったはずなのに。ルナ、お前はどうだ?」


 妹ちゃん、ルナっていうのか。

 ルナちゃんは少年に問われて、うーんと首を傾げた。

 

「おにいちゃん、ずっと歩いていたかった足がもういたくないよ。なんでだろう」


「さっきの光のせいかな? 確か、こっちの方から光が飛んできたような……」


 少年が俺に近づいてくる。お、おい。罷り間違っても地面から引っこ抜いたりするなよな?


 ちょっとばかり俺がびくついていると、ルナちゃんが「わかった!」と声を上げた。


「おにいちゃん! この小さな苗木、神樹様だよ! だって前にご本で見た葉っぱと同じ形だもん!」


「な、何言ってるんだよ。神樹様はもう枯れたんだ。人間どものせいで……。って、え? 本当に神樹様と葉っぱの形が同じだ」


 どうやらこの兄妹、ユグドラシルのことを神樹様と呼んでいるらしい。


 ……ちょっと待て。


 『ユグドラシル・サーガ』には、『滅びた銀灰狼族の短剣』というアイテムがあった。アイテムの説明欄には『ユグドラシルを神樹として奉る一族、銀灰狼族が至宝として守ってきた短剣。攻撃力+30。風属性付与ランクA』というものがあった。


 って、こいつらゲーム開始前に滅びてんじゃねえかあ!


 俺もうすでにこの兄妹に情が湧いてんのに。どうしよう?

 

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