《Re:Shuffle》──配られたのは、希望か、呪いか。

暁月

プロローグ:斬り裂く者


──それは、雨上がりの午後だった。


アマギ・シンは、駅裏の細い路地にいた。


遠くでサイレンの音が聞こえる。

白い煙が、まだ空へと昇っていた。


(さっきの火事……)


数十分前、駅構内の一角で火災が発生した。

誰かが意図的に放火したその瞬間を、シンは──“見てしまった”。


黒いフードの男が、手首に装着された金属製の装置──R-FRAMEアール・フレームを起動し、

歪んだ熱の塊を空気ごと叩きつけたのだ。



──理力なんか、もう……見たくなかった。


炎と煙。

炎に包まれていたのは、小さな背中だった。

動かない少女。焼け焦げたランドセルだけが、黒く風に舞っていた。

視界が揺れた──あの時、何もできなかった自分の無力さごと。


あの日の記憶が、胸の奥で、まだ鉄のように重く沈んでいる。




(あれは……放火だった……)


逃げ出すしかなかった。けれど──

もしかすると、あの男に“見られていた”かもしれない。


濡れたアスファルトに靴が打ちつける音だけが、妙に静かだった。

シンは人気のない裏通りの小さな自販機前に立っていた。


誰かを待っていたわけじゃない。ただ、落ち着かなかった。


数日前から続く、妙な既視感。


(……あれ……この風景……見たことが……ある?)


自販機の上の監視カメラ。

道端に捨てられた看板。

電柱の傾き、割れた歩道。


ただの路地裏のはずなのに、“記憶の底”に何かが引っかかる。


その瞬間、背筋が凍りついた。


何かが、背後に──“いる”。


振り向いたとき、そこには“男”が立っていた。


顔をマスクで覆い、右腕に装着されたR-FRAMEアール・フレームが、脈動するように赤く光っている。


「……見たんだろ、お前」


声と同時に、男の腕が振り上がる。


R-FRAMEアール・フレームから放たれたのは火でも光でもない、“圧縮された歪み”だった。


空気が引き裂かれ、視界がねじれた。

爆風のような圧が迫り──


「──うわっ!」


とっさに体を捻ったシンのすぐ脇を、“何か”が通り抜ける。


壁が抉れる音。

鉄がねじ曲がり、コンクリートが灰のように砕け散った。


(なに、今の……理力……!?)


脚が震え、呼吸ができない。


──そのときだった。


《……来る》


世界の色が、にじんだ。


フィルムが巻き戻されるような錯覚。

現実が映像に切り替わるように──“数秒先”が“視えた”。


男が再び右腕を掲げる。

その動作の先に待つのは、自分の腹を貫く衝撃波。

壁に叩きつけられ、血を吐きながら転がる──そんな“未来”。


(避けなきゃ……死ぬ──!)


意識するより先に、左足が勝手に動いた。


“未来の映像”が、意識の奥に割り込んでくる。

ほんの一歩で、その“破滅のライン”から逃れた。


(なんで……俺、未来が──)


──そのとき、声が響いた。


「伏せろ」


低く、鋭い声。


次の瞬間。


“空間”が、断ち割られた。


まるで一枚のガラス板が割れるように、理力の奔流が真っ二つに切断される。


音すら追いつかない。

闇色の外套を纏った影が、光を断ち、風を裂いた。


仮面の男が、そこにいた。


漆黒の外套。翻る肩章には、銀のエンブレム──**CARDカード**の紋章。


その下に刻まれていたのは、**スペード**と“A”の文字。


「……CARDカード、だと……!?」


放火犯が叫び、デバイスを構えた。


だがその瞬間──仮面の男が、足元を“指先で弾いた”。


すると、地面が波打った。


アスファルトが膨れあがり、裏返るように反転する。

放火犯の足元が陥没し、バランスを崩した。


次の刹那。


風が“真横”に裂けるような音。

仮面の男が振るったのは、銀の刀身。


その一閃が、空間の“位相そのもの”を断ち切った。

理力を帯びた波動と、その構造ごと切断する技──空間位相切断フェイズ・ベクター・セヴァランス


放火犯の腕とR-FRAMEが同時に切断され、赤黒い霞が噴き出す。


痛みが届く前に、男は意識を手放し、崩れ落ちた。


仮面の男は一歩も動かず、静かに剣を納めた。


「……応答確認。“デバイス犯罪”制圧完了。対象は無力化した」


耳元の通信機に短く告げ、仮面越しにシンへと視線を向ける。


「お前、なぜ避けられた?」


「……わからない。でも、“来る”のが視えたんです。映像みたいに、ほんの数秒先の──自分がやられる場面が」


沈黙。


仮面の男は懐から、無地のカードを取り出した。


「これは、“因子を持つ者”にしか反応しない」


カードがふわりと宙に浮き、シンの掌に触れる。


次の瞬間、赤黒い脈動が彼の手のひらから溢れた。

白紙のカード──その中央に、微かな光が揺れる。


(俺なんかが……?)

掌に浮かぶ光は、他人を焼いたあの炎と、まるで同じ色をしていた。

否定したはずのものが、今、自分の一部になろうとしている。

“力を持つ側”になった瞬間、自分が誰かを傷つけるような気がして──怖かった。


「反応したか。……“因子保持者”だな」


「名は?」


「アマギ・シン、です……」


「アカデミアに来い。《リヴィールの儀》で、お前の答えを視せろ」


「アカデミア……?」


「理力適性者を育成する機関だ。“因子”を持つ者が、進むべき道を選ぶ場所。

そこで──お前自身の“資質”が明かされる」


仮面の男は静かに背を向け、路地の奥に開いた裂け目へと、影のように消えていった。


……何が起きたのかもわからないまま、ただ胸の奥が焼けるように熱かった。


──◇──


かつて、世界は“理(ことわり)”を手に入れた。


突如発生した未知の感染症──Prometheus Syndrome(プロメテウス症候群)。

それは一部の人間に、“理力(ライフォース)”と呼ばれる異能をもたらした。


超人的な反射。身体強化。未来予知。重力制御。

能力の系統は感染者の深層意識と結びつき、唯一無二の性質を持って発現した。


だが、混乱は必然だった。


覚醒者の暴走と暴力は、既存の警察機構では制御できず、

都市は一つ、また一つと崩壊していった。


国家の中枢は焼かれ、法は無力となり──人類の均衡は失われた。


秩序を取り戻す鍵となったのは、技術者たちの研究だった。


彼らは、覚醒者たちの理力構造を解析し、

誰もが理力を使用できる拡張装置──


Resonance Frameレゾナンス・フレーム

通称R-FRAMEアール・フレームを開発する。


それは、理力を持たぬ者にも“力”を与える模倣の器。

同時に、理力を軍事技術・エネルギー資源として再構成する手段でもあった。


だが──それは「希望」であると同時に、「呪い」でもあった。


利便性は慢心を生み、

理力犯罪と事故は再び世界を混沌に沈めていく。


──第二の災厄。


現代の都市では、理力デバイスの所持はもはや珍しくない。

だがそれは、火種を誰でも懐に抱えていることと同義だった。


それを止めるため、世界連盟は一つの機関を設立した。


理力災害専属の特務機関──


CARDカード


この物語は、その“選別”に導かれた一人の少年──

アマギ・シンの物語である。



※あとがき

はじめまして。ご覧いただきありがとうございます。

今回の物語は、前作とは少し雰囲気が変わっています。

前作では日常に潜む謎を描きましたが、今回は異能×組織×選別──そんな非日常を舞台にした物語です。


トランプをモチーフにした異能バトルを書いてみたくなったので今回挑戦してみました。しかし、まだまだ勉強中なので粗が目立つかと思います・・・(笑)

よろしければ、お付き合いください。



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