第30話 黒幕の摘発と改革の共闘


 初夏とも呼べる陽光が王都を照らし、木々の葉は瑞々しく風に揺れていた。だがその静けさの裏で、王宮は緊張感に包まれていた。


 政務局に設けられた臨時対策室には、カザエルをはじめ、近衛隊長・王宮警邏隊・調査局の責任者たちが顔を揃えていた。全員が、机上に並べられた捜査資料を睨んでいる。


「レザン公爵家による財務局内での職権濫用、私的流用、昇進斡旋の裏付けがほぼ固まりました。

 加えて――マリアベル嬢への暗殺未遂に関する資金の流れも」


 捜査官が広げた帳簿には、複数の偽名口座と、裏金の授受記録。


「黒衣の実行犯に支払われた額と同額が、レザン家の隠し口座から流れていたことが確認されました」


 カザエルは拳を固める。


「ようやく、ここまで来た……。王命での正式な捜査を開始する。全容を明らかにし、法のもとに裁きを下す」


「令状の手配を」


「文書は私が起案し、国王の御前に上奏する。陛下も、お認めくださるだろう」


* * *


 ――ついに、王命が下された。


 捜査対象は、代々財務局の頂点に君臨してきた名門、レザン公爵家。

 王太子カザエルによる裁可を受け、王宮警邏隊の捜査官は王家の使者を先頭に、レザン邸へと向かった。


* * *


「王命により、レザン家に対し家宅捜索を行う。パルト・レザン殿、文書に従い協力を願う」


 使者の言葉に、応対に出た家令が顔を引きつらせた。

 騎士たちは手際よく邸内を封鎖し、記録庫や書斎、地下室に至るまで徹底的な調査を開始した。


 やがて、次々と見つかったのは――


・政治献金を受け取った記録と帳簿

・官吏任命に関する推薦状の写しと賄賂の一覧

・複数の暗殺計画に関する下書きや資金記録


 決定的だったのは、あの倉庫事件の犯人が使用した毒針と同一の薬品を、邸内の薬品庫に大量に所持していたことであった。


「これはもう……言い逃れはできん」


 捜査官がつぶやき、逮捕の号令が発せられた。


「レザン公爵パルト・レザン、王命により拘束する。あなたの行動は王政を損なう重大な罪と見なされる」


 抵抗も叶わず、パルト・レザンはついに連行された。


* * *


「……終わった」


 王宮・政務局の一室で、カザエルが静かに息を吐いた。


 その横で、マリアベルがゆっくりと頷く。


「黒幕が明らかになり、ついに“組織の壁”に風穴が開きましたね」


「君の命を狙った者の背後にあったのが、財務局の長とは……。制度が変われば“自分の特権”が脅かされる。――それだけの理由で、君を排除しようとした」


「私の存在が、恐れられていたんですね」


 マリアベルは、静かな声でそう言った。だがその表情に、怯えはなかった。


「でも……これは私だけの問題じゃない。制度改革に関わったすべての人、正しくあろうとした人の“未来”が問われていたのです」


「君の信念が、制度を生かした。そして今、それを誰より証明したのは――君自身だ」


 その言葉に、マリアベルはわずかに目を見開き、そして真っすぐにカザエルを見た。


「これからですね。“制度を生かす改革”は。敵を摘発して終わりではない」


「そうだ。……だから、共に進もう。すべての人に“機会がある国”を作るために」


 彼らの前に広がるのは、清廉であるがゆえに困難な道だった。

 だが――その先に、確かな未来が見えていた。


* * *


 王宮ではこの摘発を受けて、大規模な粛清が行われた。


 レザン家と癒着していた複数の貴族が辞職や処分を命じられた。

 財務局には外部から監察官が派遣され、「旧体制」の崩壊は、ついに現実のものとなった。


 また、襲撃事件に関しても、王家からの正式発表が出された――


《王政調査局の捜査により、マリアベル・クラヴィス嬢を標的とした一連の襲撃は、『女性官吏登用制度』の推進を妨害せんとするパルト・レザン公爵による私的な動機に基づく計画的犯行であると認定された》


 王政の場において、女性が“明確に守られる”という先例でもあった。


* * *


 夕刻、カザエルはマリアベルを静かに伴い、政務局の屋上に佇んでいた。


 街の灯が遠くに瞬く中、春の風が名残を残して吹き抜けていく。


「マリアベル。……これが僕のやりたかった“王政”の始まりだ。人を守るための政」


「私もようやく、“その場所”に立てた気がします」


 マリアベルは、遠くの王都を見つめながらつぶやいた。


「“ただの王妃”ではなく、“政治家”としてもあなたと並んで歩いていけることが、何より嬉しい」


 カザエルは彼女に微笑みを返し、静かに言葉を紡いだ。


「君の志と力を、僕は尊敬している。でも、それだけじゃない。君が笑うと嬉しくて、傷つくと苦しい。……僕は、一人の女性としての君を愛している。だから、政の未来も、君の未来も、共に担っていきたい」


 その夜、ふたりの存在は、政の中枢に確かな足跡を残した。

 それは“妃と王太子”というだけでなく、“同志”としても確かな輪郭を持っていた。


* * *


 その日の夜――クラヴィス邸。


 応接間では父レオンと母カトリーナが、最新の報告書に目を通していた。


「……ついに、捕まったのね。犯人が。

パルト・レザン公爵だったなんて……」


 カトリーナが、深く息を吐いた。


「財務局の裏をあれだけ押さえ込んでいた貴族が、まさかこんな形で失脚するとは……。だが、これでようやく――“あの子”の命が狙われる理由が、断ち切られた」


 レオンの声は、低く、そしてどこか安堵に満ちていた。


 娘の命が危険にさらされるたび、父としての心は穏やかではなかった。

 しかし、娘の決意を、志を、そしてその行動の重みを誰よりも理解していたからこそ、止めることもできなかった。


「マリアベルは、もう誰かの陰に守られるという存在じゃないのね」


 カトリーナが、静かに微笑んだ。


「“政を担う者”として、この国の渦の中にいる。でも、それでも……母としては、せめて無事でいてくれるだけで、それ以上の願いなんて」


「カトリーナ……」


 レオンは、そっと妻の手を取った。


「俺たちが娘に与えられる最大の支えは、“信じること”だ。

 政の流れがどうあれ、あの子は“正しい場所”に立っている。

 たとえ何が起きても、あの子は正しさを手放さない。ならば、俺たちは――親として、それを見守るだけだ」


 外では、庭の若葉が月明かりにそよいでいた。

 その音は、まるで“嵐が去った後”の静けさのようだった。

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