いずれ秘される極彩色

ʚ傷心なうɞ

Part1 どうせ訪れる夜明け

 俺は、毎朝起きる度絶望する。

 昨日が終わったという事実が嫌いだから。

 重い瞼をけたたましいアラームに開けさせられ、カーテンの隙間から漏れる陽光を認識した瞬間は、本当に気持ちが滅入めいる。しかしそれでもカーテンは開けねばと、身体を包む布団を払い除けアラームを止めて、それへ手をかけた。

 レールに垂れ下がり磁石で止められた二枚の布は、パチッと音をたてて朝日の侵入を許す。

「ゔっ…………」

 朝日は部屋のみならず俺の眼球にまで侵入し、一時的な失明状態を引き起こした。俺はそれに若干のうめき声をあげつつ、瞼をしばたかせてなんとかまともな視界を確保する。その後に映ったのは、実に美しい光景だった。

 この家から道路を挟んですぐ正面にある、象牙色ぞうげいろの外壁の家。その左隣にある、黒橡くろつるばみの外壁の家。そこからぐっと遠くに、うっすらと霞色かすみいろの風貌で存在する市役所。そしてそれらを覆うように上空に広がる、朝六時の爽やかな蒼空あおぞら

 いつも通りのその光景を認識すると、やっぱり心が苦しくなる。

 別に、この光景自体が嫌なんじゃない。差し込む朝日だって、むしろ大好きだ。

 ――大好きだから、とも言えるが。


 その極彩色が、いずれ黒に染まってしまうという確定した未来。


 俺は、それが嫌なんだ。

「…………はぁ」

 気づけば握りしめていたレースカーテンから手を離し、部屋の扉の方へと歩く。鉄だか真鍮だかアルミだか。十六年この家で生きているのに未だに何の素材なのか分からない鈍色にびいろのドアノブを捻って、俺は自室から歩み出た。

 部屋から廊下に出ると、すぐ右を向けば1階へ降りる階段があった。左側に備えられた手すりを握りつつ、効果は分からないが眠気覚ましとして、今一度瞼を大きく開閉しておいた。そんなことをしているとあっという間に一階にたどりつき、既に暖かな電気の灯ったリビングの扉を開けた。

 その後一番に視界に入った、というか入れたのは、扉の真ん前に置かれたダイニングテーブル。その純白の天板は、オレンジがかった昼白色のLEDに染められていた。

 俺はそんな机に歩み寄り、置かれた三つの椅子の内ドアの真正面に位置する椅子に座った。そこが俺の席だったから。

 そして、この部屋に入った時から俺のスペースに置かれていたであろう皿のラップを剥がす。そこに乗っていたのは、膨らんだ三角形に成形されたおにぎり一つと、唐揚げ、ミニオムレツ等の解凍された冷食の数々。

 これらは、母が作ってくれた朝食だった。母は仕事の都合上、毎朝五時半には家を出なければいけないため朝はそこまで余裕はないのだが、いつも作ってラップをかけ机に置いてくれているのだった。ちなみに、仕事で朝出るのが早いのは父も同じで、六時に家にいるのは俺だけである。

 乳白色にゅうはくしょく栗皮色くりかわいろ金糸雀色きんしじゃくいろ。俺は鮮やかな色彩のそれらをとっとと口に放り込み、リビングを抜けて洗面所へ向かう。

 そこで手短に洗顔を終えて再びリビングに戻り、保湿を済ませる。それから数分ぶりの階段を登って自室へと入ると、クローゼットから衣服を取り出した。まずは寝間着を脱ぎ、下着の上からワイシャツをかけてボタンを閉めていく。後にスラックスを下から履き、部屋の引き出しに押し込まれた靴下を適当に取り出して履く。これにて着替えは完了であった。

 本来であればワイシャツの上にブレザーを着るのだが、今は七月。高校側からワイシャツでの登校を求められている時期なのだった。

「っと、そろそろ行くか」

 俺は部屋に置かれた時計を見て、そんなことを呟く。変わらず窓から差し込む暖かな陽光を美麗に反射するそれは、六時三十八分を示していた。

 俺は部屋に置かれた鞄を引っ掴んで、入った時から開けっ放しだった扉を抜ける。階段を急ぎ足で降りてリビングに戻り、朝食の皿の横に置かれた弁当を鞄に押し込んだ。その後振り向いて廊下を進み、玄関で靴を履いた。玄関扉は中央がりガラスになっており、相済茶あいすみちゃのスニーカーのアッパーは、そこから入り込んだ光を未来への期待を抱く子供のように健気に反射していた。

 両足をその中に突っ込み爪先で玄関のタイルを2度打つと、扉を押し開けて外へ出た。その後すぐ振り返り、鞄から取りだした鍵を穴に差し込む。扉を引いてきちんと施錠されたのを確認すると鍵を鞄に戻し、俺はカーポートに置かれた自転車を解錠して乗り込んだ。鞄を籠に少々無理やり押し込んで、ペダルに力を込める。

 家の中とは違い直に降り注ぐ陽光は、これから始まる時間への期待を示すように、濡羽色ぬればいろの自転車のボディに燦然さんぜんたる純白の輝きを与えていた。

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