03
訳が分からないままに翻弄されている内に本格的なキスになる。
「む……」
唇を塞がれて、舌が唇をつんつんとノックする。口を開くと口腔に侵入してくる。舌を絡めた濃厚なキス。男の手が彰文の下半身へと下りてゆく。
股間を撫で上げられて慌てた。
気持ちはいいけど、さすがにやばいんじゃないか。
しかしアダムは彰文に冷静になるゆとりを与えない。耳元で歌いだした。
ぐっと腰に来るセクシーボイス。力がいっぺんで抜け落ちてゆく。
「くっ……、歌う……なっ……」
「アキフミ、感じやすい」
何で男同士なのに、ファンサービスがベッドの上でこんなことをすることになるのか。だがアダムはどんどんサービスする。
ズボンを下ろして、剥き出しになった彰文の股間にあるものを手に取ると、ぺろりと舐めて舌で味わってから、おもむろにぱっくんと口に咥えた。舌と唇が絶妙に動く。
「あああっ……、もう……」
あっという間に達かされてしまった。
はじめて会ったしかも男相手なのに。
彰文はベッドにぐったり横たわって自己嫌悪に浸った。
しかしアダムは、それだけで止めたりなんかしなかったのだ。何とぐったりした彰文の体から服を脱がし始めた。
「おい、何をするんだよ」
「大丈夫」
高いハスキーボイスが請け負う。
「何が大丈夫なんだ。止めろよ」
力の抜けた身体で、足掻きながらお願いをするが、あっという間に服を脱がされてしまった。
「ワタシ経験ないけど、話に聞いて知っている。頑張ってみる」
「頑張らなくていいっ!!」
しかしアダムは止まらない。彰文の上に覆いかぶさって、どこから持ち出したか軟膏の類をせっせと塗りつけた。
「うわあ、指を入れるな、そんなとこに!!」
「大丈夫、もっと感じる」
彰文は感じたくないと思った。
アダムの指が出て行って、彰文の足が抱え上げられた。いつの間に服を脱いだのか、アダムも全裸になっている。
「おい、何をする気だ」
何を言っても咎めても男の返事は変わらない。
「大丈夫」
「何が大丈夫だ。だめだって」
逃げようと藻掻いたが、足の痛さに顔を引き攣らせただけだった。
「うわっ、止めろ! そんなもの入らない」
アダムがグイと腰を進めてきた。
「大丈夫」
アダムは止める気も思いとどまる気も全然ないようだ。馬鹿の一つ覚えのように同じ言葉を繰り返す。
やばいとか逃げようとか思っても、怪我の所為で身体に力が入らない。
「うっ……」
「大丈夫、彰文。もっと感じる」
ちっとも大丈夫じゃない。苦痛ばかりが身体を占領する。声なんか出なくて、早く止めて欲しいと唇を噛み締める。
やがて、がばと彰文を抱きしめてアダムは宣言した。
「全部入りました。彰文」
嬉しそうにチュッチュッと顔中にキスを寄越す。
しかし、苦しいし違和感があり過ぎる。キスなんかいいから早く出て行って欲しいと思う。
「ワタシ、頑張る」
「うっ…、あっ…、やめっ……!」
痛いとか苦しいとかいうもんじゃない。
だが、どういう訳か、全然別の感覚も忍び寄ってくるのだ。
頭の上にはピンクや紫の光がぐるぐると舞っている。目を閉じてもぐるぐるぐる。アダムの動きに合わせて回る。
「ああん……、どうなってんだよっ……」
だんだん身体が熱くなってくる。
「ワタシ、ファンサービス頑張る。彰文、とてもいい。くせになる」
嬉しそうにそう言った。
◇◇
帰ろうにも腰が痛くて、彰文はアダムの部屋で一晩過ごした。
翌日、彰文の家まで送り届けた大男は、また来ると囁いて帰っていった。
家に帰って鏡を見れば、ピンクと紫の雲が頭の上で踊っている。
あの時、彰文の手から零れ落ちた丸いものが弾けて、頭に降り注いだ。きっと、あの女がくれた変なものの所為だ。頭の上に、これがあるから変な気分になるんだ。
しかし、拭こうが洗おうがそのピンクや紫の雲は取れなかったのだ。
(冗談じゃない)
彰文は杖をついて公園に出かけた。小さな公園に黒い服を着た女はいた。彰文を認めて赤い唇がにっこりと微笑む。
「あんた、何なんだよ、これは」
彰文は女を睨みつけて訊いた。
「大丈夫よ。頭の上の粉は一ヶ月で消えるわ」
女がアダムと同じように太鼓判を押してくれる。
「そうか、一ヶ月の辛抱か。…って、何で俺が我慢しなきゃいけないんだ!!」
しかし、喚いて女を見ると、彼女の姿はもうどこにもない。
「くそう、返せ」
何をどう返せというのか。支離滅裂だ。壊れてしまった未来のように。
杖をついていなければ歩けない彰文。追いかけて行ってとっちめてやることも出来ない。
(足さえ治って、走れるようになったら──)
そうだ、後どれぐらいで治るのだろう。医者はそのことを聞くと、いつも言葉を濁すけれど。彰文は杖をついて病院に向かった。
「そろそろ将来のことも考えなければいけないので」
そう言って談判すると、医者はしぶしぶ言った。
「走ったり出来るけれど、サッカーのような激しいスポーツはもう無理でしょう」
歩けるようにはなる。走れるようにもなる。しかし──。
両親も、教師も、学校の皆も彰文を避けて、腫れ物にでも触るようにしていた訳だ。
どこをどう歩いたのか、気が付いたら公園にいた。目の前に足がある。見上げると、頭にピンクや紫のきらきらした雲を乗っけた大男がいた。彰文の腕を取って部屋に行こうと促す。やけくそのように彰文は頷いた。
その日から、アダムは当然のように迎えに来て、当然のようにマンションに連れ込む。
「いいことしよう。うんとよくなろう」
耳元で囁くように歌う。
「素っ裸になって、獣のように何度も戯れよう」
「変な歌だ」
「ここ、ワタシを迎え入れて嬉しいといっている」
「そんなこと言うかよ」
「ワタシに絡み付いてくる。もっと欲しい言っている」
「言わねえよ」
「ワタシ奉仕する」
寝っ転がったベッドの上、自分よりワンサイズ大きな男に聞いてみる。
「お前って、何している奴?」
「ワタシ、音楽ディレクター」
「ふうん。ハーフ?」
「そう。おとさん、日本人。おかさん、フランス人。日本で仕事した。もうじき帰る」
「ふうん……」
(なるほど、一ヶ月したらポイッか)
アダムには帰る場所がある。しかし彰文にはもう行き場がないのだ。
(もうどうでもいいや。どうせ。どうせ──)
アダムが彰文を抱き寄せる。ベッドの上の刹那の戯れに何もかも忘れてしまえたら……。
◇◇
そんなある日、ふと見るとアダムの頭の上に例のきらきら光るピンクや紫の粉がないのだ。ガバッとベッドから飛び起きて洗面所に行く。彰文の頭の上にもない。
約束の一ヶ月が来たのだ。
呆然と洗面所にたたずむ彰文にアダムが告げる。
「ワタシ、国に帰る。用事出来た」
アダムは帰る。自分の居場所に。しかし、彰文にはどこにも居場所がないのだ。
「一緒に行きませんか」
思いがけないことをアダムが言い出した。
「ワタシ、歌が上手かった。皆、褒めてくれた。だけどヒットしなかった。やけになって何もかも放って母の国に行き、無為に過ごした」
アダムはそう言って肩をすくめて見せる。
「この前、新しい仕事に呼ばれたけれど、暇つぶしのつもりだった。話を聞いて、事務所を出たところで女の人に会った。私のファンが公園で待っていると言ったね」
「俺、一緒に行って何をすればいいんだ」
彰文はぷいとすねたように顔を横に向けた。
アダムが彰文の顔を両手で包むようにして正面に戻して囁く。
「あなたとワタシ出会った。人生ここから始まる。一緒に行く」
頭の上には何もない。そう、彰文の頭の上にも何もない。
思い描いた人生とまったくかけ離れたものかもしれないけれど、ここからもう一度、人生が始まってもいいかもしれない。
「……、うん」
◇◇
その様子を魔女がガラス玉に映してにまにま笑って見ていたなんて、二人は知りもしませんでした。
* * * * * *
では、魔女のタマゴをもらった男はみんな幸せになったでしょうか。いえいえとんでもない。
あんなにたくさんのタマゴを配っても、うまく行ったカップルはたったの、この三組。ピンクや紫の粉が散って恋のハートを射抜かれても、幸せになったのはほんの一握り。
魔女は今日もターゲットを狙っているのです。萌えるお話を見たくて。
おしまい
魔女のタマゴ 綾南みか @398Konohana
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