その3


 翌朝、亜寿海は見知らぬ部屋のベッドの上で目を覚ました。服は着ていない。隣を見ると同じく素っ裸の武智が眠っている。後ろが痛い。腰も痛い。昨夜の、熱に浮かされたようなひと時を思い出した。

 どうしてこんな事になってしまったんだ。


「あー、よく寝た」

 武智が伸びをして起きた。

「何がよく寝ただ。人の身体をひどい目に遭わせて。武智ってモーホーだったのか?」


 まるで無理やり犯された女の子みたいに、ベッドの上で裸の身体をシーツで隠して抗議する。


「何それ。違うぜ、気色わりい」

 武智は頭をがしがしと掻きながら言った。

「じゃ何で、僕にあんな事をしたんだよ」

「さあ、勢いっていうか」

 男同士でいたしたにも拘らず、ケロリとしている武智に呆れ果てる。

(何なんだよ、こいつ)


 奴の頭の上に紫やらピンクのふわふわしたものが飛び交っているような気がするのは、きっと亜寿海の気の所為だ。

 よろよろとベッドから出て、ふと部屋にある鏡に目がいった。亜寿海の頭上にも紫やらピンクのふわふわが舞っている。


「うわ――――!!!」


(どうなっているんだ)


「どうかした?」

 のんびりとベッドから降りた武智が聞く。

「僕の頭の上。お前にもあるじゃん」

「何が? 寝ぼけてないで、顔洗って飯にしようぜ」

 ちゅっ。

「な、んな、何でキスするんだよ」

「さあ、挨拶みたいなもんじゃねえ」


(どうなっているんだ)


「お前って、めがね外したら可愛い顔してんのな」

(うわ―――!!! 身体がこそばゆい。死ぬー)


「本当に見えないのか!?」

「だから何がだよ」

 武智は亜寿海のいうことに全然取り合わない様子で、服を着るとさっさと階下へ降りていく。


(見えないのか?)


 鏡を見ると亜寿海の頭の上には、武智と同じピンクや紫の雲が棚引いている。

 一体、何なんだろうと亜寿海は首を傾げる。夕べ貰った変なタマゴの所為だろうか。しかし、タマゴはもう割れて跡形もない。返すことなんか出来ないのだ。



 済んでしまった事は仕方がない。それより勉強だと亜寿海は思った。


 しかし、塾のある日でも、頭に乗っかったピンクや紫の雲をキラキラさせながら武智が迎えに来ると、亜寿海は全然いやと言えないのだ。教室の窓ガラスに映った亜寿海の頭の雲もキラキラと輝いている。


「行こうぜ、中村」

「何処に?」

「俺たちのライブ、見せてやる」

(そんなものは見たくない)


 亜寿海はこのまま塾に行って勉強したいのだ。しかし逆らえない。頭上のキラキラと輝く雲に押されて、亜寿海はしぶしぶと武智のバンドが演奏するライブハウスに行った。


 薄暗い部屋。眩いライトの当たる、大音響のステージ。騒音以外の何物でもない。


 だが武智たちのバンドが登場すると事態は違って見えるのだ。見上げるステージでドラムを叩いている武智はかっこよかった。ピンクや紫の雲も押され気味だ。



 帰りは当然一緒で、しかも武智の家泊まりとなる。

 こんな事をしている場合じゃないという亜寿海の内心の心は、キラキラの雲の前に敢え無く敗れ去る。


 武智の家に着くともう獣モードになり、本能の赴くままに裸になって一緒にベッドに入る。武智はライブで興奮しているのか、いつもより頭上のピンクや紫の雲がキラキラ輝いている。


 武智の身体にしがみつき、キスをして、興奮しているものを受け入れる。武智は亜寿海をがつがつと貪るように喰らって、激しく揺さぶる。



「かっこよかったよ、武智。ずっと彼らとやるの?」

 一息ついて裸の体と腕を絡ませたまま亜寿海は聞いた。


「いや。卒業したら別々だ。俺、好きなバンドがいてさ、そういうのを目指したいと思うし」

「ふうん…」


 男二人であるならば、親友とかライバルとか、いろんな道があるのに、何で恋人になるかな。

 頭の上でグルグルグル。見慣れてしまった紫やピンクが頭の上を飛び交い。二人、裸でベッドの中、獣のように戯れる。



 武智は亜寿海を引っ張りまわす。海に行ったり、寺にも行ったりした。二人で行く寺は明るくて、そんな気配なんか微塵もない。

 仲良くなるのはいいんだけど、友達もあまりいなかったし。でも、もれなくおまけがついてくる。どうしてアッチの方に雪崩れ込むかな。



 武智が部活で遅くなると言って来たので、亜寿海は久しぶりに図書館で勉強をした。どういう訳か勉強は随分はかどった。難解な公式もスラスラ解ける。

 たぶん亜寿海の頭の中は満杯で飽和状態だったのだろう。だが武智と付き合って、いい具合に吹っ切れた。武智との付き合いは亜寿海にプラスに働いたようだ。


 のりのりで勉強していると、やがて、部活に出た武智が探してきた。

「勉強してんの?」

「うん。調子がいいんだ。僕、武智のおかげで成績が上がりそうだ。ありがとう」

 それは亜寿海の心の底から出た言葉。武智が瞳をパチパチとする。


「俺、何もしていない」

 鼻の横を擦って笑った。

「武智は受験勉強しないのか?」

 思っていた事を聞いてみる。

「諦めた。今からじゃ追いつかないし」

 武智は亜寿海の横に腰を下ろして、溜め息を吐いた。


「そんな事ないよ。行く気があるのなら勉強したら。得意な教科の所を受ければいいし、AO入試もあるし、僕も教えてあげるよ」

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