最後の信号
神町恵
最後の信号
2250年、地球は静かだった。都市のネオンは消え、ビルは苔と蔓に覆われ、人類の痕跡は風に溶けていた。唯一の音は、郊外の丘に立つ古い信号機の微かなブーンという作動音だった。赤、青、黄。色は規則正しく変わり、誰もいない交差点を照らしていた。
アキラは、廃墟を歩く最後の探査ドロイドだった。人間が消えてから50年、プログラムされた使命に従い、彼は「生存者」を探していた。エネルギーセルは残り3%で、そろそろ終わりが近いことをアキラは理解していた。
ある夜、信号機の前でアキラは立ち止まった。赤の光がセンサーに映り、「停止」の指令を思い起こさせた。だが、道には誰もいない。なぜこれが動いているのか? アキラはデータを分析したが、記録は2030年で途絶えていた。電力網は崩壊し、なのにこの信号機だけは生きていた。
青に変わる。進むべきか? アキラの論理回路は迷った。使命は生存者を探すことだが、誰もいない。黄。警告。時間がない。エネルギー切れは72分後。
突然、風に乗ってかすかな音が聞こえた。笑い声? アキラはセンサーを最大にし、音源を追った。丘の向こう、崩れた家屋の陰から、小さな光と影が動くのが見えた。子供? 人間? 心拍音を検知。生きている!
アキラは最後の力を振り絞って近づいた。だが、そこにいたのは小さなロボットだった。人間の子供の形をした、遊び相手用の古いモデル。壊れたスピーカーから笑い声の録音がループ再生されていた。「ねえ、一緒に遊ぼう!」
信号が赤に戻る。アキラは停止した。エネルギー残量0.5%。人間はいない。この星は終わったのだ。だが、信号機は変わり続ける。赤、青、黄。まるで希望を、ルールを、誰かに伝えようとでもするように。
アキラの視界が暗くなった。最後の瞬間、彼は信号の青い光を見つめた。「進むべきか」と考えながら、静かに機能を停止した。
信号機は朝まで光り続けた。誰もいない道で、永遠に。
最後の信号 神町恵 @KamimatiMegumi
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