9.ファーストバトル①
生まれたころから身体の弱かった妹は昔、駄々をこねることが多かった。
走りたい。遊びたい。学校に行きたい。友達が欲しい――同年代の子が当たり前に享受している日々。今の妹がどうやっても手に入れられない日常をただひたすらに求めていた。
私は妹のことが好きだったけれど、当時はそういったワガママに辟易してもいて。
そんな私の内心が伝わってしまったのかは定かではないが、いつからか妹はだんだんと文句を言わなくなった。
代わりに「仕方ないよね」と笑うようになった。
それはもしかしたら『大人になった』と言えるのかもしれない。現状を知り、正しく受け止め、感情をそのまま他人にぶつけない。
だが、そんなものは――――自分より一回りも年下の妹にさせて良い振る舞いではない。
コロシアムで対峙する二人を見下ろし、『レイ』という名でこの世界に生きる私はぼんやりと過去を振り返る。
妹を……ルーシャをこの世界に呼んだのは、ルーシャの幸せのため。
リンドウと引き合わせたのもそう。
そしてリンドウにも、新しい出会いが必要だと思った。
二人が知り合って、仲良くなって、一緒にこのゲームを楽しく遊んでくれたら。
それ以上望むことは無いと、そう思っていた。
それが本当に正しかったのかはわからない。
同じ過ちを繰り返そうとしているだけなのかもしれない。
単に罪滅ぼしをしたいだけなのではないかと、冷めた私の声が問う。
それでも私は祈る。
私の妹。
そして友人から託された女の子。
どうか二人が良き未来へと進んでほしい。
それだけを強く願った。
* * *
「《人工太陽》!」
開幕した途端、ルーシャの掲げた樫の杖から眩い光球が打ち上げられる。
舞い上がった光球は手の届かない上空でぴたりと停止し、円形のコロシアム全体を照らし始めた。
眩い光を浴びながら、リンドウはその効果について思考を巡らせる。
(……《人工太陽》。フィールドの天候を晴れにし、発動者にドローフェイズごとの
スキルの中には天候によって性能が変化するものが存在する。
特定の天候によって強化されるスキル群で固めたデッキは、『ライブラリ・スクエア』の歴史における大抵の環境で活躍してきた実績があった。
サービス初期からこのゲームを続けているリンドウも、当然その知見を備えている。
(『晴れ』ってことは炎系、または植物系に絞られるけど……)
スキルの多くは使用できる武器種が限定されている。
例を挙げると、リンドウの使う虹彩スキルは片手剣を装備していなければ使えない。ボルゴのダストスキルなら槍を装備していなければ使えない、というふうに。
リンドウの思い浮かべた通り、天候:晴れによって強化されるのは炎系か植物系スキル。このうち炎系スキルは大剣や片手剣にのみ属している。
ルーシャが装備しているのは杖。よって彼女が主軸にしているのが植物系スキルだと断定できる。
「【太陽プラント】。回復効果を備えたスキルを多く要する
開幕でデッキタイプを看破された。
だが、ルーシャの表情に動揺はない。
それくらいは想定してきた――とばかりに。
「《ヒュージプラント》!」
杖を足元に突き立て、ルーシャはスキルを発動する。
大地から巨大な大樹の根が何本も飛び出し、地を這ってリンドウへ向かう。
(この攻撃はきっとガードされる。それでもいい。リンドウさんにガードを切らせるだけでも牽制としては100点……!)
リンドウの強みは膨大な知識と圧倒的なプレイングスキルによる安定感。
それはつまり、致命的な攻撃を防ぐのが上手いとも言える。
《ヒュージプラント》は『晴れ』によってその威力を大幅に強化されている。
ガードしなければ大ダメージは逃れようがなく、ならばリンドウなら凌ぐ選択肢を取ってくるはず。
ルーシャの考えは正しい。
レイからプレイングの基礎を教え込まれ、また恵まれた学習能力によって、五日という限られた期間ではあるがスポンジのように知識を吸収した彼女の判断に瑕疵は無かった。
相手がリンドウでなければ、だが。
「《暗黒の刃》」
黒い閃光が走る。
リンドウはその剣を振るい、眼前に迫る濁流のごとき植物を恐ろしい速度で切り払い突き進む。
「うそっ」
驚愕に目を見開くルーシャ。
その脳裏に、リンドウとの会話が思い起こされる。
いわく――相手のアタックスキルに対抗するには、ガードスキルで防ぐかこちらもアタックスキルをぶつけるしかない。
いわく――アタックスキルは
リンドウはホーミングをオフにし、自分の脚でルーシャへと距離を詰めながら、《暗黒の刃》によって《ヒュージプラント》を相殺している。
(どっちも上級者向けのテクニックだって言ってたのに……当たり前みたいに活用してくる!)
強靭な植物は見る間に切り払われ、あっという間にリンドウが眼前に迫っていた。
ルーシャは動けない。《ヒュージプラント》のような遠距離アタックスキルはガードされても反撃を受けづらいぶん、技後の硬直が長めに設定されている。
見上げるリンドウの目にはバフが付与されたことを示す虹炎が揺れていた。
「…………」
リンドウは沈黙したまま新たなスキルを発動させる。
だが、ギリギリのところでルーシャの硬直が解けた。
虹炎が付与された虹彩スキルは強力だ。通せば戦況は大きくリンドウへと傾いてしまう。
「《アクセルガード》!」
ルーシャの前面にバリアが展開される。
《アクセルガード》。全方位からの攻撃を防げるうえダメージ軽減率も高い《ファジーガード》と比べて性能面では劣るものの、ガード成功時に1枚ドローできる追加効果を備える汎用ガードスキル。
だがルーシャの眼前で、リンドウが翳した剣から青い渦が唸りを上げる。
「《紺青の渦》」
「……! ガードできない……ッ!?」
渦は怪物の大口の如く広がり、バリアごとルーシャを飲みこむとその身体を空中まで舞い上げ、大地に叩きつけた。
全身を駆け抜ける衝撃に咳き込みそうになりながら、ルーシャはゆっくりと立ち上がる。
「強化された《紺青の渦》……! 本来はガードスキルだけど、強化版は相手の近くで発動することでアタックスキルに変化する……!」
ガードとアタック。
状況によって使い分けることで1枚で全く異なる仕事をこなす優良スキル。
だが、性能はそれだけにとどまらない。
「よく勉強してきたみたいだな。なら『ブレイク性能』についても知ってるだろ」
ブレイク。
一部のアタックスキルに搭載されている効果で、ホーミング機能を持たない代わりにガードスキルを貫通する能力。
そのぶん発生は遅いが、ガード展開中の相手に命中させると威力が倍になる――これにより、アタックスキルとガードスキルを巡る読み合いが生じている。
〈ドローフェイズ〉
アナウンスが響き渡り、二人は新たなスキルをドローする。
ルーシャの表情は苦渋に彩られていた。
(わかってた。リンドウさんが強いってことは、わかってたつもりだった)
ルーシャは実戦経験を積めていない。
この五日間、出来る限り『ライブラリ・スクエア』に捧げてきた。
だが行った練習はトレーニングルームを利用した練習と、姉のレイとの
対リンドウを想定してきたつもりだったが、実際に相対するとこれほどまでに違うのか。
想定していた流れなど辿ることはできない。
早くも劣勢に追い込まれる妹を観客席から見下ろしレイは小さくつぶやく。
「……そうだよ、ルーシャ。実戦ってのは”こう”なんだ。思った通りになんて進まない。だけど……」
ルーシャは自分の手札を眺める。
限られた選択肢。だがその切り方は無限に存在する。
事前に組み立てた戦術が役に立たないのならば、今から新しく立て直すしかないだろう。
レイと一緒に考えた――リンドウを倒す、その戦略に沿って。
「《虹の空域》。……なあ、わかっただろ。あんたじゃ私には勝てないよ」
リンドウはスキルを発動させ、切れていた虹炎をチャージしつつ虹彩スキルをデッキからサーチする。
虹が燃えるその瞳には、色濃い諦観が染みついていた。
あまりにも悲しいその眼差しに胸を痛めながら、ルーシャは意地を吐き出す。
「そんなのわからない。あたしは勝つためにここに立ってる!」
ルーシャは《大地の恵み》を発動させる。
『晴れ』の時発動可能で、デッキからカードを2枚ドローするスキル。
諦めるつもりは毛頭ない。その意思表示に、リンドウは顔をしかめて地面を蹴った。
一気に距離を詰めると、上段に構えられた剣が勢いよく振り下ろされる。
だが、すんでのところで構えられた杖がそれを阻んだ。
「……どうしてそこまで私にこだわる! まったく理解できない……!」
怒りを込めて押し込もうとする力に何とか抗いながら、ルーシャは考えていた。
理解できない。それはそうだろう。
自分たちは出会ったばかり。お互いのパーソナリティも、来歴も、ろくに知らない。
何故なら何も話していないから。
何を考え、何を感じているのか。理解することはできない。
だから、伝えたかった。
伝えようと思った。
「あたしは……あたしが今、こうして生きてるのは……リンドウさんのおかげだから……!」
リンドウの足元からイバラが突き立つ。
螺旋状に襲い掛かるその技は、《アイヴィーツイスト》。
動揺に身を固めたリンドウの胴体を激しく抉る。
「だから、意味が分からないんだって! あんたのことなんか私は何も知らない!」
怯んだものの、リンドウは再び剣を振るう。
ルーシャは杖で応戦するものの、近接武器に対しては分が悪い。
押し込まれる。そう感じた瞬間、剣がルーシャに届く。
微量のダメージ。そして攻撃を受けたことによる硬直が発生し――その隙をリンドウはやはり見逃さない。
「《新緑の風》!」
緑色の竜巻が至近距離で吹き荒れる。
ルーシャのアバターをガリガリと削り、吹き飛ばし、同時に追加効果によってリンドウのHPが回復する。
「……っ」
ルーシャはまた立ち上がるも、HPが半分を下回っている。
完全に劣勢。だが、表情に余裕が欠けているのはリンドウの方だった。
焦燥。困惑。そして――言葉にならない、ドロドロとした感情。
ルーシャはそんなリンドウを見据え、薄く笑みを浮かべた。
「リンドウさん、あたしね、すごく身体が弱かった。物心ついたころにはもう病院が私の家だったんだ」
ドローフェイズを告げるアナウンスが降り注ぐ。
ルーシャの脳裏に浮かぶのは、二度と戻りたくない、真っ白な牢獄の景色だった。
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