魔女の御伽話

うさうさ

『知識の魔女』

第1話

 月のない真っ暗な夜。吹雪が吹き荒れる雪山。ある少女が雪道をかき分けて雪山を登っている。一寸先も見えない暗い吹雪の中、少女は山頂にぼんやりと見える光を道標として進んでいく。


「ここが」


 雪山の頂上にたどり着いた少女は小さくつぶやいた。

 果てしなく広がる雪山の頂上にはゴシック様式の大きな教会が建っていた。屋根は雪に覆われて真っ白で、吹き荒れる吹雪の中にも十字架は堂々と立っていた。山の下からぼんやり見えた光も、この教会のステンドグラスから漏れるものだった。


 少女は教会の荘厳な扉の前に立つ。そして軽く拳を握って扉を叩く。ドアを叩く鈍い音が響いた。しばらくして教会の扉が開き、橙色の光の間から修女服を着た金髪の女性が出てくる。修女は警戒の目で少女を見つめる。

 黒いとんがり帽子と身にまとった黒いローブの上に積もった白い雪。腰まで届く長い灰色髪。白い顔に息苦しいほど美しい顔だが何の感情も宿っていないかのような無表情のせいで、人間というより人形のように見えた。


「当教会へはどのようなご用件でしょうか」

「この近くを通っていたが吹雪がひどくて通れないの。だから一晩だけお世話になるよ」


 そう告げて少女はそのまま教会の中へ足を踏み入れようとした。突然の少女の行動に、修女は戸惑い、慌てて少女の前に立ち塞がった。


「ちょっと待ってください。申し訳ありませんが、本日は外の人を受け入れないのでお入りいただけません」


 修女は丁寧に出入りを拒否した。だが少女は納得するどころか、相変わらず無表情で修女をじっと見つめる。


「可笑しいね、教会は神のお言葉に従って何があっても訪ねる人を追い出さないと言われたんだが。ここ本当に教会なの?」

「はい? それはどういう」

「可笑しい。やっぱり近くの教団に講義を」

「ちょ、待ってください」


 修女は慌てて振り向く少女の肩を掴んだ。修女の表情には微かな困惑が見えた。


「わかりました。今日は教会で泊まらせてあげます」

「そう? ありがとう」


 感謝を伝えている間も、少女の表情は無表情のままだった。

 少女は修女の案内に従い、教会の中へ入りアーチ型の列柱の長い廊下を歩いた。彼女らの間には、一切の会話も交わされなかった。ただ何も言わず、静かに修女の後ろをついて歩くだけだった。

 そうして気まずい沈黙の中、修女はある巨大な扉の前で足を止めた。修女は少女に顔を向ける。


「まずは神父様にご挨拶してください」


 少女は軽く頷いて答えた。修女は巨大な扉を開ける。扉の向こうには大ホールがあった。礼拝堂である。華やかな模様のステンドグラスアーチ型の列柱が礼拝堂を飾っている。扉の正面には高く設えられた説教壇があり、それを中心にして右左には礼拝堂の椅子がずらりと並んでいる。そしてその椅子の上には幼い子供たちが座っていた。


「ではこっちへ」


 修女が礼拝堂の椅子の間の中央通路に沿って、前方へと歩いていく。少女は修女の後ろをついて行く。修女は礼拝堂の最前例の椅子に座っている黒い神父服を着た男性の横にたち止まる。修女は体をそっと前に屈めて男性に囁くように言った。


「神父様お客様がお見えになりました」

「今日は誰も入れないって言ったはずなんだが」

「それが、教団に抗議すると言われて、仕方なく」


 修女の言い訳に神父は「ふむ」と小さく息を漏らした。やがて席を立ち、少女を向き合った。白髪まじりの髪に、顔には皺の刻まれた中年の男子だった。


「ようこそ教会へ。神様があなたを祝福します」


 神父は少女に微笑みかけながら、両手を右左に大きく広げた。


「失礼ですが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「グレイヤ・アステア」


 少女は短く自分の名を名乗った。


「ご年齢を伺ってもよろしいでしょうか」

「十七」

「そうでしょうか」


 神父はふむと小さく声を漏らし、しばし考え込むような表情を浮かべた。そして再び穏やかな笑みを浮かべ、グレイヤに話した。


「では今夜ちょっと騒がしいかもしれませんが、お気にせずゆっくり休んでください。修女様、一番上の階の部屋に案内してください」

「はい、わかりました。ではグレイヤ様? こちらへ」

「待って」


 グレイヤの抑揚のない声に、神父と修女の動きは止まった。グレイヤは無表情な顔で子供たちに顔を向ける。


「この子達は何」


 グレイアが後ろの例の椅子に座っている子供たちを指し示して尋ねた。一見して四、五歳ほどに見える幼児が十数人ほど座っていた。子供たちが一か所に集まって座っているにも関わらず、騒がずに大人しく座って同じとろこをじっと見つめている。


「この子達は教会で引き取った子供たちです」


 神父は子供たちをサッと見て答えた。


「たまにこの近くの村で、この森に子供を捨てることが多いです。そういう子達をワタシたちが教会へ連れてきて育ててるんです。これで疑問は解けましたか」


 グレイヤは何も言わずに無表情で頷いた。神父はまた優しい微笑みを浮かべた。


「ではそろそろお部屋に上がって休みませんか。ここまで登るのに結構疲れたと思いますが。お部屋はうちの修女様がご案内します」


神父の言葉に、修女は一歩前に出た。それからグレイヤは修女の後について礼拝堂を出て、廊下の突き当たりにある螺旋階段を上っていった。しばらく階段を上った末に、教会の最上階へたどり着いた。


「こちらの一番奥のお部屋を使ってください。ではごゆっくり」


 修女はお辞儀して下へ降りようとした。だがグレイヤの一言が修女の歩み止めた。


「あの子達ほんとに捨て子なの?」

「はい?」

「最近この近くの村で失踪事件が多発していると言われたの。礼拝堂にいる子供たち、誘拐したわけではないよね」


 「誘拐」教会にそぐわない単語に、修女は顔には戸惑いの色が浮かんだ。


「誘拐なんて、教会がそんなことするわけないじゃないですか」

「そう? ならいい」


 グレイヤは自分で問いかけておきながら、全く興味がないかのように反応した。


「それより、そろそろ下へ降りなくてもいいのか。今日重要なことがあるだろ」

「え、重要なことって何を言うんですか」

「晩祷。修女にとって重要なことじゃないの?」

「ああ、晩祷のことですか。そうですね、とても重要なことですね。それではワタクシはこれで失礼します」


 修女はお辞儀をして階段を降りていく。グレイヤは最初とちっとも変わらぬ表情のまま背を向け、部屋へ向かった。

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