第13話『家族を守るための戦い 前編』


 わたしたち三人は、夜の帳が下りた森の中を駆けていた。


 先頭を行く魔王さんは夜目が効くし、勇者さんが魔法で明かりを用意してくれたので、わたしは木の根に足を取られることもなかった。


 そのまま森の中を走ることしばし。急に開けた場所に出る。


 そこには古い山小屋があって、窓から明かりが漏れていた。


「……この中だな」


 魔王さんは手元の探索魔法を見ながら呟く。


 道中で聞いた話によると、あの魔法は同族……魔族の居場所がわかる魔法らしい。


 つまりこの中に、魔王さんの言う『犯人』がいる可能性が高い。


「……私と勇者が先に行く。ユウナはここで待っていてくれ」


 真剣な表情の二人に、わたしはうなずく。


 二人は臨戦態勢になると、山小屋へと飛び込んでいった。


 ……その直後、山小屋が爆発した。


「ひっ……!?」


 強烈な爆風が吹き荒れ、わたしは思わずその場に伏せる。


 やがて顔を上げると、信じられないような光景が目に飛び込んできた。


 山小屋があった場所には、血のように赤く巨大な魔法陣が描かれていて、勇者さんと魔王さんはその中でうずくまっている。


 よく見ると、魔法陣から赤い触手のようなものが伸び、二人を拘束していた。


 そしてそんな二人を見下ろすように、一人の男性が立っている。


 ……いや、男性と表現していいのかもわからない、異様な姿をしていた。


 紳士服のようなものを着てはいるものの、その全身は青黒く、頭には角のようなものがいくつも生えている。


 口は耳まで裂け、瞳は金色。まるで地獄の鬼を具現化させたような、そんな見た目だった。


「これは魔王様、ご機嫌麗しゅう。月のない、よい夜ですな」


「……やはりお前だったか、ダウロ」


 その姿を見て、魔王さんが憎々しげな声をあげる。


「まさか、山小屋そのものが幻影だったとは……そして束縛と虚弱化の魔法陣とは、手の込んだ真似をする」


「世界最強のお二人を相手にするには、これくらい致しませんとね」


 目の前の魔族は余裕たっぷりに言う。


 どうやらあの魔法陣で、勇者さんたちの力を抑え込んでいるらしい。


「……魔王よ、こいつは?」


「上級魔族ダウロ。魔王軍の中でも屈指の実力を誇っているが……魔族原理主義者でな。少々危険な思想を持っている」


「危険な思想とは心外な。魔王様が道を外されようとしているのを、正そうとしているのでございます」


 そう言って両手を広げる魔族さんの背後には、地面に横たわるステラの姿があった。どうやら眠らされているらしい。


「この娘を人質に取っていれば、必ずやってくると思っていましたよ。魔王様、考えを改めてくださいませ」


「弱者を人質に取るような者の言葉など、聞く耳は持たん」


 魔王さんがそう言うと、魔族さんはやれやれといった様子でかぶりを振った。


「人間など、魔族の下で奴隷のごとく働かせればよいのです。人と魔族の共存……口にしただけで虫酸が走ります」


 魔族さんはわなわなと震え、蔑んだ表情でわたしを見た。


「魔王様が人間にほだされ、勇者と手を組んでいる……それくらい、調べはついています。お二人には、戦い続けてもらわないと困るのです」


 勇者さんと魔王さんを交互に見て、魔族さんは続ける。


「……どうして、そう言い切れるんですか? 手を取り合えば、これまでと違った未来が見えることもあるはずです」


 立ち上がって、言葉を紡ぐ。そんなわたしを、魔族さんは一瞥した。


「異界からやってきたという娘ですか。何の力も持たぬあなたに興味はありません。引っ込んでいなさい」


 その直後、魔族さんが手をかざす。強い風が吹いて、わたしは地面に倒れ込んだ。


「魔王様が作ったというあの村も、滅ぼしておいて正解でした。まぁ、生き残りがいたのは予想外でしたが」


 そう言いながら、魔族さんはステラを見る。


「お前が、あの村に魔竜をけしかけたのか」


「そうですよ。どのみち、存在価値のないものですから」


 さも当然のように言って、薄ら笑みを浮かべる。魔王さんは怒りに震えていた。


「……お前、魔族のくせに魔王の決定に背いたのか」


「魔族も一枚岩ではないということです。さあ魔王様、ご英断を」


 勇者さんの言葉を一蹴し、魔族さんは再び魔王さんへと視線を向ける。


「悪いが、戦いを再開するつもりは毛頭ない。むしろ、お前を反逆罪で処刑する」


「……そうですか。ならば、この娘の命がどうなってもいいのですかな」


 魔族さんは魔王さんの返事がわかっていたような口調で言い、ステラの首に手をかける。


「や、やめてください……!」


 わたしは力の限り声を出すも、体は動かない。


 その時、弱々しい闇魔法が魔王さんの手から放たれ、魔族さんを直撃する。


 ……けれど、それは謎の障壁によって防がれ、彼には届かなかった。


「……そうですね。わざわざこの娘を利用せずとも、私が魔王様を倒し、その力を引き継げばいいだけのこと」


 しばしの沈黙のあと、魔族さんは何かを悟ったように言って、ステラの首から手を離す。


 安堵したのもつかの間、今度はゆっくりと魔王さんへと近づいていく。


「腑抜けとなった現魔王にはここでご退場いただき、私が新たな魔王となる。そして再び、魔族と人は争うことになる……素晴らしいシナリオとは思いませんか」


「……最悪のシナリオだな」


 そう口にしたのは、勇者さんだった。


 それから懸命に立ち上がって剣を構えるも、その動きは弱々しい。


「どうして勇者のあなたが止めるのです? 魔王は長い間戦い続けた、憎き相手でしょうに」


「……家族だからな」


「世迷い言を」


「ぐわあぁあぁっ!?」


 魔族さんがため息まじりに言った次の瞬間、無数の黒い雷が勇者さんに襲いかかった。


 彼は叫び声を上げて、その場に倒れ込む。


「……他愛のない。それでは魔王様、お覚悟を」


 言いながら、魔族さんはその手のひらに漆黒の球体を出現させる。


 どんな魔法なのかわからないけれど、あれは絶対使わせてはいけない。なんとかしないと。


 わたしは恐怖と戦いながら、必死に体を起こそうとする。


 立ち上がったところで、何もできないことはわかっているけど。


 それでも、大切な皆を、この世界で手に入れた、新しい家族を守りたい。


 ――誰か、わたしに、力を貸して。


 そう強く願った時、わたしの中で何かが弾けた。

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