第4話『魔王さんとの暮らし』
「魔王さん、おはようございます」
「ふぁ……おはよう」
その翌日、共有スペースのキッチンで朝食を作っていると、魔王さんがやってきた。
真紅の髪は左右に飛び跳ね、まさに寝起きと言った感じだった。
そしてわたしの私物である、ピンクのパジャマを着ている。
本来の住居である魔王城を勇者に破壊されて、着るものすらない……そう言われたので服を貸したのだけど、胸周りが明らかにきつそうだった。
わたしのは、日本人の平均的なサイズだと思うけどなぁ……なんて考えつつ、味噌汁が煮立つ鍋に視線を移す。
「今日はユウナが朝食を作ってくれているのか?」
「初日ですからね。お皿を出してくれますか」
「わかった。どれを出せばいい?」
「ご飯茶碗を二つ……この形のものです。あとは平皿を二枚と、汁椀を……」
食器棚を覗き込む魔王さんに、そう説明していく。
シェアハウス内の決まりについては、昨日あらかた話をした。
だけど、実際に生活してみないとわからないことも多いし、その都度教えてあげないと。
「うにゃあー!」
その時、ゴン吉さんが自身の餌入れを前に大きな声で鳴いた。
「はいはい。待ってくださいねー。魔王さん、ゴン吉さんのご飯をお願いしていいですか」
「わかった。これだったな」
お皿を出し終えたあと、魔王さんは棚の奥からキャットフードの入った袋を取り出し、キッチン隅に設置された餌入れにザラザラと入れていく。
キャットフードについては、おばあちゃんが大量にストックしておいてくれたらしく……しばらく問題はないと思う。
もしなくなったら……魚でも用意するしかないのかな。
「たくさん食べて、もっと大きくなるのだぞ。私を乗せて戦場を駆けまわれるくらいにな」
わたしがそんなことを考える中、魔王さんは食事をするゴン吉さんを笑顔で見ていた。
……ゴン吉さんはすでに成猫なので、これ以上大きくなることはない。
人が乗れるサイズまで成長するのは、猫じゃなくてトラかライオンだ。
そうこうしているうちに朝ごはんが完成し、わたしは魔王さんと食卓を囲む。
そのメニューは炊きたてのご飯、豆腐とわかめの味噌汁、ベーコンエッグ。日本のありふれた朝食だった。
「これがユウナの故郷の味なのか。どれも初めて食べるが、美味だな」
箸を使って食事をするわたしの対面で、魔王さんはスプーンやナイフ、フォークで食事をしている。
おばあちゃんは外国人の入居者も想定していたのか、カラトリーも揃っていた。
「ところで、今日は静かですね。戦いはまだ始まらないんでしょうか」
ずず、と味噌汁をすすり、窓を見る。
まだカーテンは閉められたままだったが、外は静かなものだった。
「ああ……今日、戦いは休みだ」
「休み……? 戦争にもお休みがあるんですか」
「当然だろう。四六時中、戦い続けていては体力が続かぬ。それは勇者軍としても同じことだ」
食卓に置いてあったノリタマふりかけを味噌汁に入れながら、魔王さんは言う。
わたしが驚いていたのもあって、止める暇がなかった。
◇
それから朝食を済ませると、魔王さんは鎧を着込み、仮面を被って玄関に立っていた。
「あの、どこか出かけるんですか?」
「この休日を使って、魔王城を再建せねばならん。夕方には戻る」
魔王さんはそう言うと、外へ出ていった。
その背を見送ったあと、一人残されたわたしはしばし考える。
何の気なしにリビングに戻り、テレビをつけてみるも……画面には何も映らない。
さすがに元の世界のテレビ番組は見られないようだ。
もし見られたら、きっと今頃『白昼の怪奇! 消えたシェアハウス!』とワイドショーを騒がせているに違いない。
続いてスマホを開いてみるも、圏外の表示。予想はしていたけど、やっぱりそうなるよね。
「……よし。掃除と洗濯をしよう」
ざっと建物の中を見た限り、長いこと洗われていないシーツやタオルがあったし。この際、まとめて洗ってしまおう。
そうと決まれば、即行動だ。
プライベートルームや管理人室、脱衣所に放置されていた汚れ物をかき集めると、まとめて洗濯機へ放り込む。
洗濯が終わるまで時間があるので、その間に共有部分を掃除してしまう。
おばあちゃんもこまめに掃除はしていたのだろうけど、廊下の隅にどうしてもホコリが残っていた。
「……あら?」
掃除機をかけながら窓を見ると、ゴン吉さんがトテトテと外を歩いているのが見えた。
おばあちゃんの使っていた掃除機は古いやつだし、ガーガーという音が耳障りだったんだろうなぁ。
そんなことを考えながら、プライベートルームのうち、いまだ空室の三部屋にも掃除機をかける。
……それこそ、魔王さんの配下に四天王さんとかいないのかな。
その人たちが来てくれれば、この部屋も速攻で埋まるのに。ひとり余っちゃうけど。
なんて思いながら掃除を続けていると、洗濯の終了を知らせる電子音がした。
「電気も水も、本当にどこからやってきてるんだろ……」
妖精王さんの力に感謝しつつ、洗濯物を取り出すも……この洗濯機に乾燥機能はついていない。
なので、洗濯物は外に干すしかなかった。
「ふんふんふーん♪」
思わず鼻歌なんか歌っちゃったりして、洗濯物が入ったカゴを持って外に出る。
シェアハウスと一緒に庭の一部も転移してきていて、そこに物干し台があった。
……異世界転移の衝撃か、ひっくり返っていたけど。
「これって、意外と重いんだよね……よいしょ」
必死の思いで物干し台を起こし、洗濯物を干していく。
戦場に真っ白いシーツがはためく光景は、まるで白旗でも上げているようで、なんともいえない気持ちになった。
「にゃー」
するとその時、ゴン吉さんが戻ってきた。
「あ、おかえりなさ……」
足元に寄ってきたゴン吉さんに声をかけた時、巨大な影がわたしを覆った。
反射的に顔を上げると、頭上に巨大な鳥の姿があった。
赤や青、黄色といった色鮮やかな翼を持ったその怪鳥の大きさは、五メートル近くある。
「は……?」
その異様な姿に、わたしは言葉を失う。
まさかゴン吉さん、魔王さんの次はこの鳥さんを住民として連れてきたとか!?
そんな考えが頭をよぎった直後、巨大な怪鳥はわたしに襲いかかってきた。
「ひゃあああっ!?」
ゴン吉さんを抱きしめ、わたしは地面に突っ伏す。
次の瞬間、鋭い鉤爪がわたしの肩を掠めた。
「あわわわわ……」
とっさに空を見ると、怪鳥はその大きな翼を広げ、上空を旋回していた。
またこっちに向かってくる。早くシェアハウスに逃げ込まないと。
頭ではそう思うも、腰が抜けて立ち上がれない。
妖精王さんの加護でシェアハウス自体は無敵だけど、ここは異世界だ。
一歩外に出たら危険だらけ。わたしは油断していた。
「ひーーーっ!?」
ゴン吉さんを抱いたまま悲鳴をあげ、わたしは目をつぶる。
怪鳥の羽音はますます近づき、わたしは死を覚悟した。
「……光の剣よ! 悪しきものを打ち払え!」
……その時、まぶたを貫通するほどの光と、轟音が響き渡った。
恐る恐る目を開けると……そこには翼を折られて地面に横たわる怪鳥と、それを見下ろす一人の青年の姿があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます