第三話 優斗君の表情
翌日の木曜日、午前八時十九分。
教室に足を踏み入れた私の視線の先で、一人の男子生徒が笑いを交えながら潤一を言葉を交わしていた。
私に背中を見せる男子生徒は潤一の言葉に頷く。
それからすぐ、潤一がやさしい眼差しを私に向ける。
「おはよう。麗奈」
やさしさのこもった潤一の声に、私は微笑みの表情で「おはよう」とこたえ、自身の席に赴き、机上にバッグをゆっくりと置く。
静かに息をつき、窓にうつる景色を眺めると、右方向から潤一と言葉を交わす男子生徒の声が聞こえてきた。
「潤一って女子に人気あるよね。羨ましいな」
私の視線は自然と潤一の横顔にうつる。
私の視線の先で潤一は首をゆっくりと横に振る。
「ちょっかいを出されているだけだよ」
そうこたえ、潤一は視線を私に向ける。
「そうだよな、麗奈」
潤一は私に頷きを求める。
だが実際、潤一はクラスメイトの女子生徒から高い人気を得ている。いや、男女問わずだ。
美男子で人当たりがよく、やさしい。
彼の周りには自然と人が集まる。
それが高梨潤一だ。
潤一の言葉からわずかな沈黙が流れた後、私は微笑みの表情で首をゆっくりと横に振る。
「人気者じゃん、潤一。男女問わず」
私の言葉に、潤一は照れの含んだ笑みを浮かべる。
「そんなことないって……」
潤一はそうこたえ、わずかに顔を俯ける。
微笑みを崩すことなく、私は正面に視線をうつす。そこには、笑顔で潤一の姿を見つめる男子生徒、優斗君の姿があった。
「潤一って彼女いないのが不思議なんだよね。どういう子が好きなの?」
優斗君が尋ねると、潤一はゆっくりと顔を上げる。
やがて、潤一の視線は優斗君に向く。
「逆に、優斗の好きなタイプの女の子が知りたいよ」
潤一の言葉を耳にした瞬間、私は自然と首を縦に振っていた。
「俺か……俺は……」
優斗君は腕を組むと、教室の天井を見つめる。
私は優斗君が答えを出す時を今か今かと待ち侘びるように、彼の姿を目にうつす。
潤一の言葉からおよそ十秒後、優斗君が口を開く。
「自分でもよく分かってないんだ、俺」
優斗君の答えを耳にした瞬間、私の心を安堵の気持ちと落胆に近い気持ちが駆け巡る。
なぜだろう。
私自身にも分からない。
潤一は優斗君の答えを耳にすると小さく数回首を縦に振った後、私に眼差しを向ける。
その眼差しは私になにかを語りかけているようだった。
私は潤一が胸の内に秘めた言葉を探るために、口を開こうとした。
だが、その動きを止めるように潤一は優斗君に視線を戻し、彼との会話を続ける。
私はしばらく二人の姿を眺めた後、ペンケースをバッグから取り出す。
それからすぐ、私のクラスメイトの男子生徒が優斗君の元に歩み寄る。
次の瞬間、優斗君の笑顔は真剣な表情に変わる。
この時、私はドキッとする感覚を覚える。
これは別に、なにかに驚いたからではない。
優斗君は真剣な表情で、時折頷きながら数枚の書類を示す男子生徒の言葉に耳を傾ける。
二分後、優斗君の真剣な表情は可愛らしい笑顔に変わる。
「練習試合か?」
潤一の言葉に優斗君は頷く。
「ベンチに入ることができるかどうかは分からないけどね」
「おいおい。頑張ってくれよ」
優斗君の言葉に潤一はやや呆れた表情を浮かべながら、彼にエールを届ける。
「応援しているんだから」
潤一の続く言葉で、再び優斗君の表情が変化する。
「頑張るよ!」
笑顔の中に真剣さを含んだ表情だった。
その表情が目にうつった瞬間、私の心が無意識に反応し、頬に熱を帯びさせる。
優斗君はその後、一言潤一と言葉を交わし、教室を後にする。
私は優斗君の背中を目で追う。やがて、優斗君の姿が見えなくなっても、私の視線はまったく動かない。
「麗奈。どうした?」
潤一が問いかけても、私の視線は一点に集中したままだ。
すこしの沈黙の後、再び潤一の声が聞こえてきた。
「麗奈。もしかして……」
私は潤一の続きの言葉が分かっていた私は、頬に熱を帯びた状態で、首を縦に振ろうとしていた。
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