青春のいたずら

Wildvogel

第一章 出会い

第一話 一年三組の優斗君

 深く、きれいな青空が広がる七月上旬の火曜日。


「じゃあな、優斗ゆうと


 私が在籍する私立隼明しゅんめい高校一年二組のクラスメイトで友人、高梨潤一たかなしじゅんいちの声からすぐ、一人の男子生徒が彼の言葉にこたえる。


「おお! また明日」


 廊下から聞こえる声に私は右を向く。そこには、笑顔で潤一に右掌を見せる男子生徒の姿があった。


 かっこいいよりも、可愛いという言葉が似合う。そのような男子生徒だった。


 私は我を忘れるように彼の姿を目で追う。


 やがて、彼の姿が見えなくなると、潤一の声が聞こえてきた。


「気に入ったか? 優斗のこと。三組の大島優斗おおしまゆうとっていうんだ」


 夢の中にいるような感覚に陥っていた私を潤一の言葉が現実に引き戻す。


 廊下から視線をうつした先には、意味ありげな笑顔を作る潤一の姿があった。


「気に入ったというか、可愛いなあって思って……」


 私はそうこたえると、自身の机上に置いた晴れを連想させる水色のバッグを眺める。


 潤一の問いに対する私の答えに嘘はない。


 正直にこたえたのだ。


 

 私の答えを聞き、潤一はペンケースをバッグにしまう。


 私はゆっくりと顔を上げ、右を向く。私の瞳にうつし出されたのは、微笑みを浮かべる潤一の横顔だった。


 やがて、潤一は小さく数回首を縦に振ると、私に語りかける。


「優斗、初恋はまだらしい。あいつが言うには、奥手らしいけどな。自分から女の子に話しかけたことがないってさ」


 潤一の言葉で私の瞳は再び、廊下をうつす。視線の先に、あの男子生徒の姿はない。


 廊下で楽し気に言葉を交わすクラスメイトである女子生徒の姿を眺めていると、潤一のやさしい声が聞こえてきた。


「優斗に話しかけてみたらどうだ? きっと喜ぶぞ」


 私が潤一に視線を戻そうとした時にはすでに、彼は廊下に歩みを進めていた。


 私が「また明日」と声をかけると、潤一はこたえるように右手の甲を見せ、そのまま教室を出ていく。


 潤一の姿を見届け、私はひとつ息をつくと、右隣の席に視線を向ける。


 そこは、潤一の席だ。


 すると、潤一が教室を後にする直前に発した言葉が私の脳内で再生される。


 再生が終了すると、窓越しに射す光を浴びながらゆっくりと目を閉じる。


 

 なんの関係性もない私が話しかけてもよいのだろうか。話しかけたら迷惑に思うのではないだろうか。


 そのような感情が私の心を駆け巡り、顔を俯かせる。


 しばらくし、私は顔をゆっくりと上げ、再び潤一の席に視線を向けると、彼に問うように言葉を発する。


「いいのかな……」


 私の言葉からすぐ、窓越しに射した光は教室の床に机と椅子の影を、そして私の影を濃くうつし出した。


 これはなにを示しているのだろう、とふと思いながら、私はバッグを左手に提げ、教室を後にした。



 翌日、午前八時十七分。


 教室に足を踏み入れようとした私の動きを止める声が右方向から聞こえてきた。


 私が右を向くと、一年三組の表札が目に飛び込む。


 それからすぐ、一人の男子生徒が言葉を交わしながら一年三組の教室から姿を現す。


 彼の顔がはっきりと瞳にうつし出され葉を交わしていた男子生徒だった。


 彼ともう一人の男子生徒の会話を耳に挟みながら、私は教室の入口付近に立ち尽くす。


 会話が聞こえなくなると、私は顔をゆっくりと上げ、右を向く。


 そこに、あの男子生徒の姿はない。


 私は「ふぅ……」と息をつくと、一年三組の表札を見つめる。


 その時、私はあることに気付く。



「なんでドキドキしているんだろう……」


 その理由は私にも分からなかった。

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