第32話 雲耀の如く
今回の一件をまとめてみよう。
事の発端は関ヶ原だ。当時の
そこから数年。俺が転生し
トヨが俺達と交流することで失った記憶を求めるその引力が増大。それを見計らってヤツはまず温泉龍であるヒスイの逆鱗に刀を刺すと、一時的に鬼島津の魂を定着させる程度の霊力を確保した。
その後俺たちの前に現れ、トヨの愛と縁が十分だと確認すると霊力の宿った刀に鬼島津を宿し、辻斬り騒ぎを起こして俺とトヨを誘い出した。あの刀にも
鬼島津が憑依した刀を破壊したことで、やっと再開したトヨと鬼島津こと叔母。
その愛が最高潮に達した時、
さてここで根本的な疑問が湧いてくるだろう。何故このタイミングなのか。
だってそうだろう。トヨはもっと前から攫うタイミングが沢山あった。関ヶ原での一件の後、傷を癒えた段階でトヨを攫った後、鬼島津の魂を憑依させるなり何なりできたはず。少なくとも俺たちに悟られるというリスクは回避できるはずだ。
では何故このトモエの里で、こんなトヨの愛を踏み躙るような事をしでかしたのか。
俺の推理はこうだ――『反魂術が今の今になって完成したから』だ。
ヤツの言い方からすればそれはそうなのだが、実際にはもっと甚大なズレがあった。
魂を別の肉体に定着させる理論自体はおそらく関ヶ原の前から概ね完成していたのだ。だからこそ『島津の退き口』を好機だと思ったのだ。
だが
よく考えれば定着させる技術と、操作する技術というのはどんなジャンルでも根本的に違う技術だ。
現代の工業的に言えば接着剤や溶接技術と、操作のための通信技術や操作自体のプログラミング技術くらいの差があるはず。反魂術なんて言うからひとセットに考えていたがそれが間違いだった。
もちろんヤツも重々承知で、だからこそ相当難しかったに違いない。
多分研究の中で一旦は憑依させてみたのだろう。奴自身も言っていた。魂をモノに憑依させるのは比較的に簡単だと。だから奴が回収した魂の中でも最も御し難いだろう薩摩ドワーフ衆の魂を使い、それを操る術を試したことは想像に難くない。
そして失敗した。気性の荒い薩摩ドワーフの魂を
彼らを制御できなければ冥神などとてもではないが制御しきれない。
どうするかと考えた時、彼は西側の陰陽師達が妖魔を戦場利用しようとしていたという話を知る。彼は何らかの形でその陰陽師の集団に接触して研究に参加したに違いない。
なぜ妖魔を操るだけのに死の世界を示す『黄泉』という名を冠したのか。おそらくは魂に干渉することで操ることを可能にしたからなのだろう。彼は期待を持って参画し、そして完成した。
その中で
予定通り
それがあの京都の
「アンタは黄泉玉が出来るまで反魂術を完成させる事ができなかった。だから今になってこんな仰々しい事をしでかしたんだ」
「なるほど筋が通った推理だ。しかしだ
「わかんないか剣豪。俺だよ」
「うむ?」
「
戦闘中の言葉でも解ったし、今になれば何故わざわざ俺の前に出てきたのかも理由がつく。
関ヶ原の折に魂回収が上手くいって慢心した彼は、現れた
四百年も潜んでいたそのプライドはズタズタにされてしまったに違いない。その復讐心を糧に反魂術を研究したその先にまたもや現れた
「ふ、ふふふ……流石だ。憎たらしいほど宿敵に似ているな後輩殿。術も、洞察力も、そして他人の為に力を行使するのも全てだ!」
「アンタが関ヶ原で挑発に乗った時点でなんかあると思ったけど
「!」
元の世界では大体の創作物では激しい戦いの末、悪の道満が正義の晴明に打ち倒されるとある。この世界では多分逆だったんだろう。
民のために力を使う道満に、権威を使いやりたい放題する晴明。真逆の彼らが衝突する理由はいくらでもあるし、術比べは一度や二度ではなかったはず。そしてその全てが道満の勝利に終わった。
その後何があったのかは知らないが、結果
「図星か。だから謀殺したんだな。四百歳が聞いて呆れるな先輩殿?」
「黙れ」
ズズズ、と。
「後輩殿にはわからぬよ。あの屈辱は四百年経っても忘れられない。たかだか市井の法師の分際で、この
傲慢もここまで極まると立派なもの。だからこそ魔神にまで堕ちたのだろうか。
その根っこにあるのは嫉妬だ。たかが嫉妬、されど嫉妬。西洋のキリスト教にも七つの大罪として掲げられているそれは、身を滅ぼすどころか国すらも滅ぼす。
一説によると日本史は大抵の事が嫉妬心で説明がつくとも言われているくらいだ。
「嫉妬の果てに冥神まで呼び起こしたワケだ。ある意味『神の御使』だな先輩殿」
「その減らず口もそっくりだ。これは奥の手だったが――仕方がない!」
「何……この式神。シオンさんのとは全然違う!」
「ぐ、う。六天しか呼び出せないか。だが薩摩ドワーフ達を蹂躙した式神達だ。手負いのお前達ならひとたまりもないだろう!」
ゲームでもいた十二子をモチーフにした式神達。冥神の影響で本来神聖な姿が黒く塗りつぶされ凶暴になっているというテキストがあった。
こいつらが一度に暴れると画面がひっちゃかめっちゃかになって、とにかく戦い難いことこの上なかった。
その上レベルが低いとあっという間に蹂躙されてしまい、なんやこのクソゲーと投げ出す人もいたほどだ。
もう一度戦おうと思ったが全く体が動かない。レンマを見ると冷や汗を流している。六体とはいえ強烈な式神に対抗する手立てがもう無いのかもしれない。
他の連中も身構えてはいるものの、顔を引き攣らせている。無理もない。薩摩ドワーフ軍と井伊軍を一度に相手をして生き残っているのが奇跡なのだから。
以前までの俺たちならここでゲームオーバーだろう。
だが今は一人、頼もしい仲間がいる。
「つまり何ですか〜。叔母上様はそのくだらないケンカの果てに殺されたって事ですか〜?」
俺たちの前に出たのはトヨだった。その手には巨大な握り飯を持ってもしゃもしゃと食べている。側にいたリンネがグッと親指を立てていた。
トヨはリンネからだけでなくホムラやカツミ、ヨシミツやゲンゴロウから次々に握り飯を手渡されてはそれを片っ端から口に放り込んでいる。
さっきまでグッタリしていたはずのトヨがみるみるうちに生気を取り戻していく。計画通りだ。
俺は奴と戦ってトヨを救出した後、もう一段階何かあると踏んでいた。俺たちが全力を出して立ち向かったなら、最後の最後にヤケクソの一撃を放ってくると。
それを見越してトヨを復活させる――その為の保険が風魔衆に用意してもらった握り飯だ。
トヨは今、完全に満腹状態。力はみなぎり、身体を駆け巡る霊力はオーラのようにして彼女の背に浮かんでいる。
「……答えろ陰陽師。叔母上様を、皆をそんな理由で殺したかとそう言っているのです。誉高き武士達を、そんな理由で踏み躙ったのかと、そう聞いているのです!」
「だとしたら何だ虎娘!」
「――斬るッ!」
ゴッ、と。
トヨからあり得ないほどの霊力が満ち始めた。
「お、おい。オジサンが酔ってなけりゃ、虎ちゃんの背後にいるのは」
「酔っ払ってねえよ。おトヨの背後にいるのは――薩摩ドワーフ達だ」
次々とトヨの背後に現れたのは、薩摩ドワーフ達の霊だった。トヨの剣気に呼応して、彼らが軍団として再び現れたのだ。
「トヨは未熟なので零
最後に現れたのは鬼島津だ。彼女達は皆、トヨと同じ大剣を構えている。
「名を零
トヨが駆け出し、続いて薩摩ドワーフ達が続く。
すぐに
トヨに降りかかる障害を、幽霊の薩摩ドワーフ達が全てを蹴散らしていく。
そうして一人、また一人と消えていくもトヨは疾走をやめない。
最後に向かってくるのは龍の形をした黒い式神。口を開けて真っ黒な妖術弾を放とうとするが、飛び出た鬼島津が妖術弾ごと真っ二つにして式神を撃破する。
霊力の爆発の奥から、飛び上がるトヨが見えた。
その先は驚愕にまみれた
「チェエエエストオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
即座に防護陣を作り出す
トヨの大剣はかつての京都を鬼から守ったという堅牢な防護陣すらも泡のように消し飛ばすと、乾坤一擲の一撃を放つ。
ザン、という音と共に。
「お、おのれ! 憎しや
「トヨ……ぐあっ」
「シオン様、こちらを」
レンマから手渡された霊活水をこぼしながらも飲み干す。じんわりと霊力が漲ってくると、体に力が戻ってきた。
「トヨちゃん! 大丈夫トヨちゃん!?」
先に走り寄っていたリンネが、着地と同時に動かなくなったトヨをゆすっている。そして俺が側に寄る前に、トヨはリンネに抱きついていた。
「トヨちゃん?」
「うっうう……」
「泣いてるの?」
「泣いてません〜薩摩ドワーフはな、泣いちゃいけないって叔母上様が……うう……ううう」
ポロポロと大きな瞳から流れる涙。しばらくして聞こえてくる、少女の慟哭。あの辻斬り騒ぎの時に見せたのと同じだ。
こんな時に何を言えばいいのだろうか。かける言葉が見つからない。
「……今はそっとしておきましょう」
レンマはそう言うと、俺の手を優しく握ってくる。ああ、と答える代わりに彼女の手を握り返した。
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