第10話 拠点作りも忍びの嗜み
温泉街が作れないとはどういうことなのだろうか。どんなシナリオでも必ず作られた場所なのに。
クロミツ達とトヨに店を任せて、俺とレンマはリンネと共に神渡へと向かった。
「うええんシオン〜〜〜!!」
奥殿に到着するやいなや抱きついてくるシラタマ。いつもの威厳はどこへやら、涙と鼻水でびっちょびちょになっていた。
彼女の側には同じくガッカリしているヨシミツがいる。いつの間にか温泉案件の参謀になっていたようだ。
「入札が無いって本当ですか」
「本当じゃ。第四階層と聞いてみんな尻込みしてしまってのう」
「仕方のないことなのだ
「東軍か西軍に要請してみたらどうだ? 恩を売って相手を出し抜くためなら草鞋も舐めるぞアイツら」
「それもダメだった。東軍はこの前城が半壊したからそれの復旧で忙しいらしい。西軍はつい最近大風(台風の事)で甚大な被害が出たらしく、街の復旧で手が回せないそうだ」
東軍の事についてはごめんなさい。俺のせいです。こんな形で因果が回ってくるとは思わなかった。
西軍の方は御愁傷様としか言いようがない。自然災害までは考えが及ばなかった。つくづくこの世界は和風ファンタジーでありながら現実のそれだと思い知らされる。
というか、それを回避して諸国漫遊したトヨはどれだけ幸運なのだろうか。
さて困った事になった。ゲームではこういう諸々の過程をすっ飛ばして温泉街ができるので代わりに何をすればいいか見当もつかない。
それでも可能な限り考えつくアイディアをリンネと共に出してみるが、ヨシミツが無理と首を振ってはその理由を懇切丁寧に説明してくれる。
あまりにも詰みな状況にいよいよ諦めかけたが、ふとレンマを見ると彼女は何故かソワソワしていた。
「レンマ? 何か案があるのかい?」
「あのう……これは最後の手段かと思うのですが……差し出がましいようなのですけど……」
「くすん。遠慮せず言ってみよ。この際神様仏様荒神様に縋りたい気分じゃ」
「恐れながら我ら風魔がおります。拠点作りなどは得意中の得意でございます」
その手があったかと皆膝を打った。
彼女達の建築技術は凄まじい。あの第一階層に構えた『ふうま』だって、内装がほぼ高級和風ホテルのそれだというのに1日で作り上げてしまった。
しかも風魔は皆忍び。戦闘技術もそうだけど、戦闘自体を回避しながら目的地に到達することも可能だ。
「だがレンマ殿、問題がひとつだけある。建築材はどうするつもりだ? 貴殿らの技術は理解しているが、材料がなければ建つものも建たないぞ」
「建築材については既に第四階層にございます」
「……あの倒壊した建築物たちか!」
「私が見る限りでは使えるものは沢山ございました。古い木の柱は湿気さえなければ鋼のように固くなります」
「オマケに俺たちが倒した巨大なヤドカリの鉄甲船まで転がっているな。あの鉄の塊は使える。溶かせば釘にもなるし、そのまま再利用したっていい」
つまり問題は全て解決している。耳を畳んでしょんぼりしていたシラタマの顔がパァァと明るくなった。
「さ、流石じゃ風魔の! お主らを里に招いて本当によかった! 任せて良いか。というか任せるからのう!」
「本当に良いのですか。恐れ多くも天帝様の名を賜る
「そーゆーのは無しなのが天帝の御心じゃ! もー決めた風魔に
「か、過分なお言葉……これ以上ない名誉にございます!」
レンマも涙を流すほど喜んでいた。今まで不遇な扱いを受けていた風魔が解放されただけではなく、名の通り天下御免レベルの栄誉を受けたのだ。俺も思わずグッときてしまった。よかったよかった。
それから二日後の朝。
「風魔衆、ここに参上いたしました」
風魔の里から忍者達がやってきた。レンマが工事を請け負ったその日に手紙を出したと言っていたけど早すぎだろ。
朝起きて外が騒がしいと思い襖を開けたらズラーっと整列していたので仰天した。トヨなどは敵襲かと勘違いして誤チェストしそうになった。
そのあとは何故か我が家の縁側にレンマが立ち朝礼のようなものが始まる。俺はレンマの側に座って風魔衆の皆を眺めていたが、
「あれがシオン様」
「頭領が惚れたというあの」
「子宮がグッとくるお顔してる」
「
「言葉責めしてほしぃ」
「祝言あげょ」
チラホラ不穏な声が聞こえる。というか頭巾の奥から輝く目が怖い。なので、
「せ、せめて頭巾外しなよ」
と言うや否や動揺が広がった。え、いいの? 本当にいいの? みたいな。
「お館様は忍びに顔を晒すことを許してくれる方です。皆取りなさい」
レンマがそう命じると、若干の躊躇をしつつ皆が頭巾を取る。
予想はしていたが壮観だった。全員女性。しかも超がつくほどの美人だらけだ。
「風魔衆の中でも精鋭を揃えました。本日から早速工事にとりかかります」
「仕事が早い。ただ怪我だけは本当に気をつけてもらってくれ。いかに風魔とはいえ奈落は危険だから――」
「「「本当に忍びを心配してくれるの!?」」」
一気にどよめきが起きた。
なんだか懐かしい。最初に出会った時のレンマのような反応だ。忍びは自分の事を戦道具、消耗品だと認識している。なので人として扱うと大きなカルチャーショックを受けるのだ。
「今ので理解したでしょう。シオン様は我らがこの身を捧ぐべきお方。風魔への愛は海より深く――私も毎日
キャアアアという黄色い声が上がる。
待て待て。
今、完全に誤解させる物言いだったけど?
「ねえレンマ。俺の事を里には何て伝えてるの?」
「もちろん素晴らしいお方だと」
「そんな雰囲気じゃないんだけど……あそこの子なんてハアハア息が荒いんだが大丈夫か? というか半分脱いでない?」
「こらこら気が早いですよ。
「皆でどういうことするの???」
「はーいお待ちかねのシオン様からの激励の時間ですよ。皆落ち着いて並びなさい。持ち時間は二十秒ですからね」
「急に握手会みたいになってきたな」
「さあシオン様。はるばるやってきた皆に言葉をかけてください」
言葉とか準備してないんだけど。困っていると背後からクロミツがやってきて
「皆お館様に会いたがっておりました。頭領の言う通り脳が蕩けるような言葉をかけてくださいまし」
と耳打ちしてくれた。去り際に耳を甘がみしてきたのであとで叱っておこう。トヨの教育に悪い。
さて脳が蕩けると言ってもパッと思いつかなかったので、一人一人手を取って握りながら
「わざわざ来てくれてありがとう。会いたかったよ」
「怪我をしないように気をつけてね。君が傷付いたら俺も悲しい」
くらいしか言えなかったが、それでも声をかけるたびに皆震えては恍惚の表情を浮かべていた。中には「ずっとお会いしとうございました!」と言いながらがっつり胸元を強調する子もいたが、
「はーい時間いっぱい〜それ以上のお触りと色仕掛けはご法度ですだよ〜」
とヒビキが引き剥がしていた。しれっと再度列に入ろうとした者についてはピピーっとコマが笛を吹いて注意している。なんでそんなに手際がいいんだ君たちは。
温泉街はすぐに着工になり、工事は爆速で進んだ。
1日目には早くも城壁のようなものができて、2日目には全ての建物の骨組みができていた。月が変わって3日目にはもう建物が全部できあがっていて、4日目には内装工事に入っていた。
「ふおおお。あっという間にできてしまっておる」
「風魔の建築技術がこれほどまでとは。『ふうま』が半日で出来たと聞いたときは話半分で聞いていたが、本当であったのだな」
「文字通り飛び回って仕事してるな。普通の職人には真似できねえコトだが……何よりも美人だらけなのがいい。いやはや眼福、眼福だねえ」
「うわ〜すごい立派なものができています〜」
いてもたってもいられなかったシラタマが工事を見に行きたいと言うので、俺とトヨそして偶然神渡に居合わせたヨシミツとゲンゴロウと共に第四階層まで行ってみると、温泉街はほぼほぼ完成していた。
温泉街は崖上の温泉をぐるっと高い柄で囲んだ中に作られていた。大門は2つあり、それを結ぶように主街道が敷かれ、その左右に商店が並んでいる。
街道の中央には神渡を兼務する巨大な温泉施設がデーンとあった。中は高級旅館のように広いホール。奥にはやたら広い番頭用のカウンターに、左右に『男』『女』と書かれた暖簾のある脱衣所入口があった。
ホールには神渡の依頼授受に使うカウンターもあり、休憩ラウンジや売店まで完備。二階は広い休憩室と共に職員用の宿泊施設まで完備している。
まだ内装工事が終わっておらず風魔の皆が作業はしていたものの、数日もすれば営業できる程度の完成度になっていた。
「
現場監督をしていたレンマが奥からやってくると、シラタマが握手するなりブンブンと嬉しそうに手を振っていた。
「大満足じゃ! わ、ワシの夢がひとつ叶う……くぅぅ感激で打ち震えるのは何百年ぶりか……!」
「それはよかった。皆のもの、もう一息ですよ」
はーいと可愛い声で、しかし手は淡々と動いている風魔衆たち。作業があまりにも早くて早回しの映像をみているような気分になる。
「あ! みんないらっしゃーい!」
番頭用のカウンターの奥にはヒスイがいた。その背後には料金表があって、入浴料とは別に祈祷料というものが書かれている。これは彼女にお布施をすると温泉の効能にバフがかかるものだった。
「ヒスイや。準備万端かのう?」
「あたぼーよシロちゃん。あーしがここ仕切らせてもらうからにはバッチリ!」
いえーいとハイタッチする幼女とギャルの図。どっちも1000歳を超えていると言うのだからもうこれよくわからないな。
「残る作業は内装工事と転送陣を作るだけでございますから、もう少しで日常に戻りますよ」
ススっと側に来たレンマが俺だけに聞こえる声でそう言った。
「第一階層から来られるようにするやつか」
ダンジョンものでは定番の移動ポータル。もちろん和風ファンタジーの『
ゲームではシラタマが職員を率いて設置するのだが、その度に色々と素材を取ってこいと言われる。低い階層への転送陣なら手持ちの素材で十分だが、深度が進むにつれて特定の敵を倒しに行く必要があった。
「シラタマ様が直々に高度な陣を敷いてくださいました。あまりに複雑かつ緻密で私には理解できませんでしたが、万にひとつも転送事故は無いとそうおっしゃっていました」
「
「転送陣への触媒は現在風魔衆が採取に出かけております。それさえ揃えば起動が……」
「頭領! 緊急事態です!」
切羽詰まった声がホールに響く。ハッとして振り向くと、温泉施設の入り口から風魔衆が一人やってきた。猫耳のクールな印象の彼女は顔が強張っている。
「どうしました?」
「触媒を取りに行った者たち四名が帰還いたしました。三人が軽傷、一人が重傷です!」
「!? 何があったのですか!?」
「第三階層にて突如大型妖魔が出現いたしました! 触媒が群生する場所を陣取っております!」
『緊急指令:
脳に響く声に、そう来たかと内心唸った。
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