004激闘!ゴロツキVSうっかり勇者VS地球外生命体

矢久勝基@修行中。百篇予定

004激闘!ゴロツキVSうっかり勇者VS地球外生命体

 ガーラントはダルメシア大陸の中立都市だ。

 荒野広がるダルメシア。ここを開拓して国を肥やそうって軍隊が各国から群がったはいいが、おかげですぐにドンパチ始まっちまった。

 ただ、ここで長く戦争するには各国ともに体力が続かなかったんだ。なんせどこの国からも遠い未開の大陸。輸送費が馬鹿にならないし、未開の地を切り拓きながらの行軍で、各国ともに戦う前から疲弊するアリサマだったからな。

 結局下手に戦力を割いて内地がスッカラカンになったところを攻められた方が危ねぇってことで、各国ともに協定を結び、軍隊自体は身を引いた。

 代わりに台頭したのが開拓者と呼ばれる連中で、ある者は国の依頼を受け、ある者は一攫千金を求めて、この大陸の富を吸い上げようと躍起になっている。

 それが集まって街が形成されれば、そいつら相手に商売する連中も湧いてくる。中には国外逃亡の先に選んだ犯罪者も紛れ込んで、カオスな共同体が大陸の至る所に形成されていったってわけだ。

 で、俺がナニモノかっていえば、その国外逃亡組よ。開拓船と呼ばれる大陸間の連絡船の船底に潜んで何とかここまでやってきたはいいが……。

 なにもできねぇ。先立つモンもねぇ。とりあえず似たような体格の男を一人絞め殺し、身ぐるみ剥いだらまとまった金を持ってたんで、これでひとまず酒でも飲みに行くことにした。

 服もせしめる。逃亡生活でナリはボロボロだったからな。そのために体格の同じやつを狙ったと。


 酒場らしい酒場は一つしかない。人はごった返しているが、それでもカウンターの端の席は空いていた。ちょっと奥まった物置みたいな場所なんで、好んで座る奴がいないだけだろうが。

 俺は気にしない。船底での生活に比べれば天国みたいなもんだ。酒も飲めるしな。

 バーテンダーに注文すれば、程なくタム酒の注がれたグラスがカウンターを滑ってきた。

 いやぁ、その時はさ……そのクリーム色の液体を見ながら、ちょっと泣きそうになったもんだよ。

 ようやく自由を得た。俺はこの新天地で、ようやく自由を得たんだってな。国外逃亡までしてよかった。

 しかもだ、しかも。窮屈な席の隣にわざわざ座ってきたのは女だった。俺が女というからには、十九から二十六までで顔面偏差値六十超えだってこと。胸も腰も上玉。

 なんだかツキが回ってきたらしい。内心舌なめずりをして、女に声をかけようとする。が、ちろりと俺を見た女は先に口を開いた。その第一声は、俺にとって意外なものだった。

「お待たせいたしました」

「は……?」

 お待たせいたしました……?

 俺はちろりと、プレーリースカートの女を目の端に入れた。

「誰だよ」

「お会いしたのは今日が初めてです。ですが私はあなたを知っています」

「……」

 俺は心臓が跳ね上がった。まさか、俺みたいなケチな不法者を名指しで追ってきた捜査官がいるってのか。

 思わず辺りに目を走らせる。他にそれらしき人物は見当たらないが、これがすべて捕り方だとすればひとたまりもない。

 俺は声のトーンを下げて、唸るように言った。

「俺が誰だってんだ」

「私も、すこし想像していた方と違っていたので戸惑ってはいますが……」

 と言いつつ、女は俺の左胸を指す。それで初めて知ったが、殺した男から奪ったジャケットには、胸に凝った黒いバラの刺繍が施されていた。

「薔薇の哭く丘、サフェリア女王から認められた実力者にしか与えられない称号〝黒薔薇の紋〟」

 そうなのか……。俺は努めて平静を装い、刺繍に目をやった。

 サフェリアはこの世界ならだれもが知っている王の一人で、最強の軍事力を持ちながら一切他国を侵さない君主として知られている。最強であるのに国という概念を持たないため、支配地域の地形にちなんで、〝丘〟という言葉が用いられていた。

「私は知っています。その中でも最強格の戦士様が、この新大陸に渦巻く陰謀を打ち砕くため、ひそかに遣わされた」

「……」

「一見粗野に見えても中身は繊細で、心の中には熱い魂を内包していて、困った人を放っておけない現代の騎士。無精ひげを生やしっぱなしのワイルドな容姿だって仮の姿。いざと決める時は世界のすべての女が心を奪われるような超イケメンとなって悪の前に立つ。……それがあなたですね……?」

 脳内補完しすぎだろ……。

 よく分からないが、しかしとりあえず俺を追ってきた捕り方ではないらしい。

 俺は何と答えたらいいかも分からぬまま、無関心を装ってタム酒をグラスの中で転がしてみる。しかしそんなニヒルな反応に女は満足したらしい。目をそらした俺の顔を覗き込むように首をかしげると、

「私、文(ふみ)をしたためたアンジェリカです。ダレス様、ようやくお会いできました」

「……おう」

 俺は言葉少なに肯定した。否定するのはたやすいが、ひょっとしたら、この女でいい思いができる展開なんじゃないだろうか。

 身なりもいい。金を持ってるならさらに好都合だし、うまくいくならよし、うまくいかなければこの女を使うだけ使って金をせしめてどこかに売っぱらっちまえばいいだけだ。

 俺はまず、言葉を探した。

「雰囲気が違って悪かったな」

「いえ、むしろ朴訥な雰囲気に信頼が置けそうで安心しました」

「そうかい」

 俺は無言でタム酒を煽る。滅多なことは言えない。何の事情も知らないわけだし。

「魔相四天王の一人、ナニシテン=ノゥを倒したそのお力をお借りしたく、今日は直接お願いに上がりました」

 俺は思わず吹き出しそうになった。魔相四天王を倒すような人間が俺なわけはない。

「聞けば百メートルをたったの三秒で走り、垂直跳びでダンダールの城壁を飛び越えられると」

「……」

「大地を払えば突風を起こし、息を吸えば海をも飲み干し、直木賞受賞経験三十回、芥川賞二百八十回という快挙を成し遂げた伝説の戦士……!」

「そんなのはさすがに嘘だと気づけ!!」

 もはやツッコミ待ちとしか思えない伝説に思わず叫んでしまう。なんというか、それを認めるのは人間としての良心が赦さない。

「ええっ!? そうなんですか!!?」

「どこのガキなら信じるんだそんなこと!」

「では、ピアノとトロンボーンを同時に演奏できるというお話は嘘ですか?」

「ちょっとは疑え!」

「右手と左手で同時に別の絵が描けるというのも……」

「無理だ!!」

「漁業協同組合が覚えられなくて『ぎょっぎょっぎょーとっくみあい』って言ってたのも……?」

「それは矢久の娘だ!」

 俺はハァと息をつき、「ま、ともかく」と話を切った。ダレスとやらのいんちきっぽい伝説を聞いててもキリがない。それでいて、ダレスを演じなければいけないところがつらい。この女のカンチガイを最大限利用し、俺はこの街で足場づくりをしていかなければならない。

「噂が独り歩きしてるようだが……確かに俺がダレスだ。何の用だよ」

「……文の通りです」

 アンジェリカはつっけんどんな俺に、どう切り出そうか迷っているようなしぐさを見せながら、おそるおそる問うた。

「……例の件のお返事を……聞いてもよろしいでしょうか……」

「……」

 もうほんと、〝例の件〟とか、〝あのこと〟とかで会話を完結するのはやめてほしい。とにかく動揺を見せないようにしながら、俺は少ない脳みそで必死に抜け道を探す。

「俺はまだ、お前をアンジェリカだと信じ切ったわけじゃねぇ。例の件じゃわからねぇよ」

「あ……」

 アンジェリカは得心したのか、「失礼しました」と前置きし、辺りを窺って俺にその端正な顔を近づける。

「ここでは誰の耳があるか分かりません。……チンペロチューのお話、と言えば通りますか……?」

 思わずめまいがする。なんだその駄菓子だかエロ用語だか分からん単語は……。

「チンペロチューか……」

「はい、チンペロチュー」

「チンペロチューな……」

 反応の鈍い俺を見て、アンジェリカはさらににじり寄ってきた。

「ぜひともお力添えを……! 頼れる方は貴方しかいないのです……!」

 俺の方にしがみつくような勢いで、小声で言葉を走らせ懇願するアンジェリカを見て、とりあえずチンペロチューが駄菓子でないことは想像できる。

「報酬はお約束の通りお渡しします」言いながら彼女は自分の胸元に光るブローチを握るようにして、

「……駄目ですか……?」

 憂い顔が美人を引き立たせる。先ほど顔面偏差値六十と言ったが、この娘に上目遣いに見つめられたら左目のスカウターの数値も爆上がりで吹っ飛びそうだ。戦闘力はゆうに八千を超えている。

 いや、しかしそれ以上に報酬が気になる。なにをくれるつもりだ。俺はさらに思考を巡らし、言葉を考えた。

「俺を信用させたいならまず現物を見せな。話はそれからだ」

「え……それは……どういう意味でしょうか……?」

 え……?

「そ、そりゃぁ、そのままの意味だよ。まさか見せられねぇってのかよ」

「え……でも……」

「でも?」

「見せてるじゃありませんか……」

「え……?」

「お気に召されないなら……別のものを用意します……けど」

「どこにあるんでぃ」

「目の前に……」

「……」

 その手紙、一度読みたくてたまらない。一体どんな話になってたんだ。その目を半ば潤ませて、決心を固めた表情を浮かべる女が言ってる〝目の前〟ってヤツは、まさか自分自身のことを指してやがるのか。

『あなたさえ気に入れば結婚します』的な話なのか。しかしそれって、一度も面を合わせる前から決心できることか。

 しばらく交錯する互いの視線。

「お前はいいのか」

「お力添えいただけるのなら」

「どうしてそうまでする」

「私はどうしても元の星に戻りたい……」

 え……? 星……?

「そのために、チンペロチューをデュジュラしなければならないのです」

 俺、もはや顎が外れそうである。話せば話すほどよくわからん専門用語が増えていくんだから無理もない。

「黒薔薇の戦士様の多彩な技能や才能が、デュジュラには不可欠なのです。……お願いします! 報酬は、絶対に後悔させませんから!」

 ただ、チンペロチューをどのようにデュジュラするにしても、俺を最強格の戦士と勘違いして話していることは間違いない。黒薔薇の紋がそれを証明しているのだ。やることは頭脳労働ではあるまい。

 その上で、俺はある違和感を覚えた。そして新たな展開を見越してカードを切る。

「お前さ……」

「はい」

「たぶん、騙されてたわ」

「え……?」

「黒薔薇の戦士なんか、いんちきだってんだよ」

「……どういうことですか……?」

 本当の黒薔薇の戦士がどの程度の強さだか知らないが、俺はこの服を着ていた男を縊り殺したのだ。俺程度のごろつきにあっさり殺されるようで何が伝説の戦士だというのだろう。

「殺した……?」

「ああ。これを着てた奴はとんだペテン師だったからな」と言っておく。

「なぜ……殺した相手の服をあなたが着てるのでしょうか……」

「そりゃ……ペテン師に騙されそうな女を救うためよ」

「あ……」

「お前さんだけじゃねぇさ。どうやら奴はこの薔薇で幾人もの女を毒牙にかけてたみたいだからな。この格好をしていれば被害に遭うはずの女と接触することもできるだろ」

 女を、信用させるのだ。うまく丸め込んでしまえばさぞ扱いやすい資金源となるだろう。

 頭弱そうだし、ノセちまえばちょろそうだ。

 とりあえず、黒薔薇の戦士の評価を聞くだに仕事内容はヤバそうだから、適当なところまで信じさせたら、娼館にでも連れてってうっぱらっちまおう。そう決めた俺はニカッと黄色い歯を見せた。

「俺は黒薔薇の戦士じゃねぇ。だがその相談。俺に話してみろよ。力になれるかもしれねぇぞ」

「あなたも百メートルを三秒で駆けられるんですか!?」

「そんな奴いるか!!」

「直木賞受賞しました!?」

「お前の依頼は直木賞必要なのか!!」

「トロンボーンとピアノ……」

「無理だ!!」

「じゃあ無理だと思います……」

「どんな依頼やねぇぇん!!!」

 思わず関西弁が飛び出してしまう状況に俺は混乱した。百メートルをチーター並みに駆ける直木賞作家がトロンボーンとピアノを同時に弾く仕事ってなんだ!!

「と、とにかく、聞こうじゃねぇか。なぁに、俺も少々腕は立つ。少なくともお前を騙そうとしたインチキ野郎よりはな」

 するとアンジェリカは急に小さくなったようにして、呟いた。

「ここでは……誰が聞いているか分かりません……」

「どこでもついていくよ」

 俺は先に席を立った。銭を置いて酒場を後にする。半ば慌てたように女はついてくる。外は銀色の月が夜を明るく照らしていた。満月だ。おかげで足元には困らない。

 俺はまず、彼女を先行させた。話しやすい場所がどこかは知らないが、とりあえずどこかへは連れていくだろう。俺は夜盗の存在だけ気にしながらついてけばいい。

 彼女は人気のない丘の方へと歩いていくようだった。

 見渡す限りの荒野にぽつぽつ建物が立ってるだけの街である。丘などは大自然の光景そのままで、イヌ科の野生動物に気を付ける必要がある。

 無言で、ふいと振り返るアンジェリカ。白々と輝く月明かりを背に、黒い影が長くのびる。

「依頼は、黒薔薇の戦士様を前提としています。……貴方様にできますか……?」

「聞いてみねぇとわからねぇよ」

「聞くより見る方が早いと思いますのでお見せします」

「は……?」

 アンジェリカはくるりと背を向け、手の元でなにがしか複雑な動きを始めた。さらに、聞いたこともない呪文みたいなのを唱えるのを見て、こりゃまるでどこかの中二病だと眉をひそめる。

 しかしだ、しかし。そんな俺の目の前で、信じられねぇことが起き始めた。

 丘の上端、三十歩歩けばたどり着くところで、黒い空に亀裂が入ったんだ。紙を引き裂くように急速に広がっていく紅い空間は、丘の向こうの風景を完全に遮断して広がってゆく。

「これは……?」

 息をのみ、かろうじてそんな言葉を吐く俺に、アンジェリカが言った。

「星軌科学が生み出した魔窟、ザンヴライです」

「星軌科学……?」

「この星にはない概念ですね」

「この星の話をしろ!」

「だから、黒薔薇の戦士様が必要なんです」

「お前は一体何者だ!」

「アンジェリカと申しましたけど」

「名前を聞いてるんじゃねぇ!」

「とにかく、このザンヴライに乗り込んでいただくことになりますが、そのためには知力、体力、時の運が必要になります」

「アメリカ横断ウルトラクイズか!!」

「それだけではありませんよ。速力、画力、直木力に演奏力も必要になります」

「だから直木賞が必要なのか!!」

「そして見事、チンペロチューをデュジュラしていただかなければなりません!!」

 亀裂は実際、異界門であるかのように怪異に口を開け、あと数歩でも近づこうものなら後戻りはできないであろう圧倒的な威圧感を醸している。いや、この女は本気で黒薔薇の戦士を求めてたって事を理解して、俺は唖然となった。

 しかし、とにもかくにも俺は冷静さを保とうとした。まだここに飛び込むと決まったわけじゃない。あまり取り乱せばこの女の信用を失うってものだ。

「チンペロチューってのはなんだよ」

「チンペロチューは星軌科学における、概念の一つです」

「……」

 聞いても分からん……。

「じゃあ……デュジュラは……?」

「デュジュラは……デュジュラです」

「分かるように説明しろよ!」

「そんなこと言われても……」

「どうして説明ができないんだよ!」

「例えば……〝エモい〟って、分かるように説明できますか?」

「……」

「だから、デュジュラはデュジュラとしか……」

「意味が分かんねぇ!!」

「だから黒薔薇の戦士が必要なのです!!」

「黒薔薇の騎士なら分かるのか!!」

「わかります!」

「直木力も備わってるってのか!?」

「当然です!」

 断言されてしまうとこちらもぐぅの音も出ない。

 静寂の戻る荒野に広がる紅い闇。アンジェリカは少し落胆したかのようにして口を開く。

「私は強制的にこの星に落とされ一方的に試練が課せられました。すべてのチンペロチューをデュジュラしなければ元の星に帰れないのです。貴方様に……できますか……?」

 よく分からないがたぶんできない。知力体力時の運はともかく、速力画力直木力に演奏力で求められているものは人間のレベルではない。

「分かった。やろう」

 それでも俺はうなずいた。

「だが、準備をさせてくれよ。それさえできればイケる」

「ほんとですか!?」

「とりあえず、一緒にきてくれるか。お前にも手伝ってほしいことがある」

 始め、報酬は何かを聞こうとも思った。しかし報酬などは必要ない。……有無を言わさずこの女を娼館に売って……それで終いだ。


 しかしその時、人の気配がした。

「灯台下暗しとはこのことだなあ」

 振り返れば優男。裸同然のえらい貧相な姿をしているが、こいつもまたいきなり登場して「俺全部知ってまーす」みたいな雰囲気まき散らしてイヤになる。

「誰だよ」

 うんざりした俺の声に、彼は胸を張った。

「我こそは薔薇の哭く丘、サフェリア女王から認められた実力者にしか与えられない称号〝黒薔薇の紋〟を持ちし英雄、ダレス=メフィート!」

「嘘こけーーー!!」

「いや、なんでそこ疑うかなあ」

「疑うだろ! なんだその物乞いみたいな恰好は!」

「仕方ないんだよ。温泉浸かってたら全部置き引きに遭ったから」

「……」

「キミだろう? 意地汚いこそ泥め!」

「俺はなにも盗んじゃいねぇよ!」

「じゃあなんで僕のジャケットを着てるんだよ!」

「は……?」

「それは僕のジャケットなんだなあ」

「マジかーーー!!」

「だからそれ、早く返してよ。さすがにこの姿じゃ僕の威厳も形無しだし」

「本当の黒薔薇の戦士様なのですか……?」

「はい、その通り」

 すると何か。俺が路地裏で絞殺した奴は、ただのコソ泥だったってことか!?

「本当はキミを探しに来たんじゃなくて、この大陸に根を張った魔窟、ザンヴライを見つけたから来たんだけどなあ」

 なにーーーー! こ、コイツ、専門用語を知ってやがる!

 ……しかし俺はコイツのペテンに気が付いた。二人を交互に見据え、

「お前らグルか」

「え、なに、どういうこと?」

 ダレスを名乗った男が女を見ようともせずに言葉を返す。俺はフンと鼻を鳴らし、

「お前元々この周辺に潜伏してただろうが」

「いや……なんで?」

「この魔窟なんちゃらは、つい今しがた開いたもんだ。ここは街から少し離れてる。これを見てからそんなに早くここまではこれねぇんだよ」

 如何なご都合主義も限度をわきまえなきゃな!

 ……俺はドヤ顔をして奴を見据えるが、しかし、この男、平然としてる。

「いや、これるよ」

「馬鹿野郎! お前の足はチーターかよ!!」

「いや、人間の足だけど、一応百メートル三秒くらいで走れるし」

「ハァァァ!?」

「ほ、本物だわ!!」

 胸を抑えて興奮するアンジェリカ。男の方へと進み出て、

「魔相四天王の一人を倒した……」

「ナニシテン=ノゥかなあ? ニ十ターンかかったけどなあ」

 マジかーー!

「ダンダールの城壁をひとっ跳びの……」

「跳べますよー」

 マジかーーーー!!

「直木賞三十回、芥川賞二百八十回のか!?」

「それは無理だ。そんな噂信じるなよ」

「俺の時だけ馬鹿にしたみたいに言うな!!」

 しかもそれを聞いて、アンジェリカが一気にうなだれる。

「じゃあ無理だわ……」

「いやいやいや、本当に直木賞必要なのかよ!!」

 思わずツッコむ俺。もはや場はカオスでしかない。

「とにかく、このままじゃ恰好がつかない。服を返せよ。いんちき野郎」

 自称ホンモノダレスは俺をなじったが……すぐに、「……と、言いたいところだけど……」と、初めて、アンジェリカの方を向いた。

「魔相四天王の一人、アンジェリカ。この魔窟は、キミの胃袋だよなあ?」

「え……?」

 俺、今までの勢いを全部なくして、アンジェリカの方を向く。自称ダレスが続けた。

「特定の条件を持つ人間を飲み込んでエネルギーを貯めている。……目的は何さ。ただ腹を満たすためなのかなあ」

「戦士様、何を言い出すのですか……?」

「とぼけても無駄だって。なにせ僕は、この新大陸に渦巻く陰謀を打ち砕くため、ひそかに遣わされた正義の騎士。黒薔薇のダレスなんだよなあ。陰謀ってのは、キミたち四天王様たちの陰謀を暴きに来たんだから。全部調べがついてるんだよなあ」

「フン……」

 アンジェリカのヒロイン顔が、そして声色が、そこで崩れた。

「……バレちゃあしょうがない」

 長い髪が風もないのに揺れ、次の瞬間、彼女の着ていたプレーリースカートがはじけ飛ぶ。

「おわっ!!」

 今から予想される恐怖に腰を抜かしてしまう俺。本当にそれだけで……腰が抜けてしまった。動かぬ腰を擦りながら、とにかくアンジェリカから離れることに必死になる。

 事情は知らないが魔相四天王は知ってる。いや実際、正体はよく分かってないらしいが、その力は大陸の形すら変えてしまうほどだと言われている。少なくとも俺のようなただのワルモノが戦っていい相手ではない。

 その四天王の悪魔は言った。

「まさか私をターゲットにしていたとは……」

「思いつかないところが浅はかなんだよなあ。キミたちが喜びそうな情報を撒いたら、まんまと食いついちゃって。魔相四天王って強いけど、頭は弱いよなあ」

「うるさい! 私たちは自分の星に帰りたいだけなの! 貴様が直木賞を持っていないのは残念だけど、とりあえず百メートル三秒の部分は肥やしになる。覚悟するといい……!」

「いや、どうでもいいけど、キミ、服脱いだだけ……?」

 はじけ飛んだプレーリースカート。アンジェリカはあられもない姿になっているが、確かに一向にその後変化がない。

 パターンとしてはその姿はもりもりと肥大化したりして、見る影もない化け物とかになるはずじゃないのか。

「う、うん……ちょっと待ってほしい」

 てか見る限り、アンジェリカの方も想定外みたいで、両コブシを握って必死に力を入れようと踏ん張っているようだが、なんかTバックみたいなうっすいパンツ一丁の姿はずっとそのままで、豊満な肉体を思うままに晒してしまっている。

「ちょ、貴様ら、見るな! 金取るぞ!!」

「いや、そんなこと言われても……キミから目を離したらさすがに危険なんだよなあ」

「大丈夫! 手は出さない!! 約束するからちょっとあっち向いてて!!」

 てか四天王でも恥ずかしいのか。顔を赤らめて胸を隠そうとしてたりして、恥じらってる姿がむしろ無性にかわいく見えてしまう。

「分かった! 月だ!!」

 アンジェリカは月を見上げて叫んだ。

「月にはブルーツ波が含まれていて、それが満月になると千八百万ゼノという数値を超えるのよ! その日は変身できないんだった!!」

 知るかよ! お前はベジー〇か! しかも逆に変身できないのか!!

「まぁいいわ! 変身できなくたって力は変わらないもの!」

 ……じゃあ変身する意味ないだろぉぉ!!

 ツッコミどころ満載のアンジェリカ。しかし相変わらず四天王の力を秘めているなら、俺は戦力にはならない。

 頼りになる黒薔薇の戦士に、アンジェリカの服が爆ぜてから始めて首を巡らせた。こちらもまた着てるのか着てないのかよく分からない半分裸の男だ。ラスボス戦を前にして、どうにもしまらないが、彼を頼みにするしかない。

「てか、もうチンペロチューをデュジュラしなくてもいいのか?」

「ハァ? なにそれ。モブのキミはせめて日本語つかってよ」

「モブっていうな!!」

 同時にアンジェリカが怒り出す。

「文に懇切丁寧に書いたのに読んでないとかひどい!!」

「だって全部で五百二十枚の手紙とか、さすがに読めないよ。芥川賞でも取りに行くつもりだったの?」

「……」

 コイツが芥川賞に憧れてたのか……。

「とにかく早く変身するならしちゃってよ。目のやり場に困るからさあ。……あ……」

 そこで、男はナニカに気づいたらしい。手で腰回りをまさぐりながら、「まずった……」とか言い始める。

「おい、どうしたんだよ」

「僕、武器持ってなかった……」

「ハァァァァ!?」

「キミが盗んだんだろう!? 僕のブロードソード、どこやったんだよ!!」

「俺じゃねぇよ!!」

「じゃあなんで僕の服を着てるんだ!!」

「これは……」

 それで分かった。あの男も剣などは持っていなかった。代わりに潤沢な金を持っていた。

「おそらく、これ盗んだ奴は、お前の剣を売っちまったんだ……」

「じゃあ僕はどうやって戦えっていうんだよ!!」

「知るかぁぁ! そもそも戦う準備ができてねぇのにラスボス戦まで来るなぁぁぁ!」

 叫んだのとほぼ同時に、恥じらいを捨てたアンジェリカが開き直って仁王立ちとなった。

「仕方ないからこのままいくぞ!! 貴様ら、私の身体を見たら殺すからなぁぁあ!!」


 っていう戦闘は、三ターンもたなかった。

「お前ホントに何しに来たーーーーー!!」

 このシチュエーションで負ける正義の味方なんて初めて見たぞ馬鹿ーーー!!

 ……ダレスのついでに魔窟の胃袋に放り込まれる俺の断末魔が、月の夜空をつっきって、どこまでも遠くまで響き渡っていた。

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