第28話 人間みんなニュータイプ!
……………
唐突な発言に熊城が耳を疑う。
「何を……?」
法水が優し気な声色でいう。
「良いじゃないか。どういった推理なのかな」
「さっき麟音が言ったように私には異常な身体能力が備わっている。それは……。私が忍者の血を引いているから……。常人の三倍以上のキック、パンチ、跳躍力を以て相手を討つ。それがニンジャ。
そして創作にはこんな言葉がある『サプライズ・ニンジャ理論』。
今まで私が唐突な活躍を見せたのはこのせいではないかと思うの……。つまり、私が唐突な活躍を見せるために荒唐無稽な出来事がつぎつぎ起こっていく。特に麟音では解決できない
これは文学的には
自信なさげな支倉の推理に対して法水は頷く。
「良い推理じゃあないか。サプライズ・ニンジャ理論。確かに君の活躍はそれで説明がつく。
そして今までの荒唐無稽さもそうした不条理劇的要素というのに違和感はない。パロディもそれぞれの関連性が薄いように感じられるものばかり、私の語る推理の中には全く持って次の展開や今の展開に生かされないモノすらあった。それは明確に
それで、君は一体どんな結末を考え出したんだい?」
支倉は立ち上がって宣言する。
「サプライズ・ニンジャアタック……。突然私が全てを破壊して全員救出してハッピーエンド!」
その不条理の極みのような会話を聞いていた安綱の声は呆れと、そしてどこか焦りを感じさせるものが混じっていた。
「何をしているの言うのだ。ええい、冗長な。無意味な会話は止めろというのだ! その余裕も尖塔が突き刺さるまでというものだが、それでも胡乱が過ぎる!」
しかし、その声を嘲笑するように
「儂もいいかな、お嬢さん方……。やはり儂はこの事件、『無貌の神』によるものである立場を取る。そこの法水はいくらか文句がありそうであるが、儂は今度こそ断固としてこれを固辞しようではないか。
先程の巨大なる影は、
あの安綱の坊が語る
結局のところ、外なる神たちのメッセンジャーたるかの神にとってこのような出来事は些事であり、一時の戯れに過ぎないのだ」
それを聞いた法水は嬉しそうに笑う。
「ハッハッハッハ! いいじゃあないか。そう、そうでなくては!
博士、貴方ほどの人が少しの反論で論をへし折っては楽しくない!
こうでなくては!
いい推理だ、筋が通り、今までの伏線も回収している。あの無貌の神にかかればこの異常事象もただの児戯。彼もまた哀れな操り人形に過ぎない!」
『ガゴッ』
館は音をたてて、止まった。
安綱の声が焦りと共に響く。
「ええい! この程度の人数で圧される私であってはならん! 何故わからんのだ!
「儂を止めたくば正々堂々、理事会の正規なる権力で止めるのだな。それができなかった貴様はまだ青二才でしかないということだ。まだまだ年も若いというのに、焦り過ぎだと儂は思うぞ」
そう博士が安綱に嫌味を叩く裏で、やや伏し目がちな熊城が法水へ語っていた。
「その……。何だ。俺は……。俺は実際的な人間だ。お前の言う物語がどうとかの推理は好かん」
揺れに対して座り込む熊城を見ながら、法水は同意する。
「そのようだねぇ。だが、それだけで終わらないのだろう、キミ?」
熊城はフッと笑い、立ち上がる。
「ああそうさ、あの安綱の野郎が語る真相とやらも全く持って好かない。
俺が思うにこれは単なる集団幻覚、もしくは俺に対して掛けられている催眠術や幻視の類……。つまりは
奴は都合よくそれを歪曲し、嘘をついている。詐欺師のよくヤる手口さ。
だがそんなものを長く続けることはできない。今はまだ一時間程度も経っていないからどうにかなっているだけで、必ず綻びは生まれる。
だから俺は思いっきり暴れて抵抗してやる。奴が幻覚の外で俺たちを全員順当に始末してやろうと手を拱くのを挫き、そして犯人はついにお縄につくというわけだ!」
法水は頷いて讃える。
「くくくく、実際主義者らしい推理だ。そしてそれを否定する要素は乏しい。
このような事象が実際現実に起きていることが私の推理の根源。だが今見ている世界が真に現実だと誰が言える?
いい推理だよ、まったく」
彼女はそう語った後、視界の端で立ち上がろうとするもう一人の者を認める。
「さて、揺れる実証主義者の君は一体何を語るのか。是非伺わせてもらいたいねぇ」
「私に推理なんて、土台無理な話だと思います……。何が確かで、確かでないか、私はそれを信じることで生きてきた。信じていたからこんな魔術を侮った。もう私には何も信じられない……」
「それは重畳。推理とは何の信心も必要ないのだよ。疑いからこそ推理は導かれる。
だが、もし君が信心をそれでも必要とするのならば、いいじゃあないか。その信心から発する推理や解釈もまたこの世界の一部であることは事実だ。信じることを信じればいい」
「そんなことを言われても……。私には……」
「君の見たままの世界を語ればいい。もうすでにこの世界はそれだけで推理となる」
「この事件は……。確証がなさすぎる。いや、そもそも世界に確証がなさすぎるんです。
わたしたちの世界において最も確証ある事象は、かつて自己存在性だとされてきました。ですが実存主義や自己言及のパラドックス、言語の限界性などからその確証すらも失われています。
現在、実証主義的確証は最早失われ、相対主義的な承認という実情が次々に明かされている。
全てを相対化してもそこには何も残らない、全てを絶対化しても同じ、曖昧で不明としても同じこと……。これは罪過、自由の罪過だとフーコーは語りました。
だから私は、絶対的な安心を得るために不安な理論を立脚します。
自ら打ち立てた自らの信のみが、この世界の唯一の安息なのだから。それにすら無謬性は失われつつあるのに。
この事件の仔細はつまりはそれです。あの安綱という人の手ぐすねで私が魔導書を閲覧し、そのまま操られるようにこの事件を『実証』してしまったというのは、あの人の解釈に過ぎない確証性のない放言です。
またこの事件は私の行った儀式に伴う
つまりは全ての事が今だ未実証。故に安綱を名乗る彼の論理もまた仮説にすぎない。この館が落ちようと落ちまいと、自然科学により見つけ出された法則のどれに当てはまるか、あるいは新たなる法則を示すのかは検証されるまで判断は停止されるべきです。
だからこそ!
私はこの事件の推理を行う。判断ではなく仮説を。実証ではなく推定を!
あの安綱は『魔術』という未発見法則を私に利用させたということまでは同意しましょう。ですが、私がこの魔術を支配しているというのなら既に館が止まっている筈。
彼が支配しているというのなら館は既にぶつかっている。故に彼はこの館を制御していない!
人間一人の意思でこの巨大な質量を自在に操れているわけではない。ならば彼は人間の僅かな力学を以て、この私を介して大きな魔術という未発見法則に干渉したに過ぎない!
そしてすでにその法則性がビリヤードのボール宜しく連鎖に注ぐ連鎖によって我々の手を離れているというのならば、今までのように、全力で、そのボールに迫ればよいのです! 足掻けばよいのです! そうすれば今のように、何の因果か、館が止まる。奇妙な事象が何かしら起こる! それが今、私が信じられる、信じたい仮説です!」
彼女は両足でしかと立ち上がり、熱のこもった宣誓を示すかのようにこの館の玄関において叫んだ。
彼女の決意に共鳴するように館はゆっくりと、玄関ドアより入っていた尖塔を輩出しはじめ、安綱の思惑にひびが入る。
「これはナンセンスだ! 教職を放棄した教員など、学院の蚤ということが何故わからん!」
熊城が叫ぶ。
「バカヤロー! それを制御するのがテメーの役割だろうが! もっと地道に仕事をするんだよボケッ! 夢みたいな理想を持っているんなら、過激な出力じゃあなく、地道で無駄な努力を続けるんだッ! おれだってクソみたいな社会を良くしたいさ! だが焦って独り善がりに暴力逮捕恫喝すりゃ、いつかは破綻する! どれだけそれを回避しても、残るのは焦った馬鹿だけだッ!」
「悠長なことを言ってッ……! 予算が持たん時が来ていたのだ! この旧館を全て解体し、負債を減らすと、愚かな先延ばしまで飛び出す! ならばすべてを更地にしてやろう!」
もはや話をする気にはならないと言わんばかりに安綱の声は館を押し出すように力む。玄関の尖塔は押し上げられ、法水へと向かう。
「フハハハハハ! 重力がある! 私の勝ちだな。この地球の重力に引かれ、私をはじめとした腐敗した者たちと共に浄化されるがいい」
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