第23話 戦いは突然に
……………
動き出す無数の刃。
法水へと無慈悲な攻撃が降りかかる。
その一つが
『ガキィイイン!』
「危ない危ない……。意外とやれるね、白刃取り」
支倉は額に汗をかきながらもその両手の指の間に全てのナイフを挟みこみ、法水への攻撃を全て処理した。
「や、野郎……。なんて速さだ……。超スピードなんてちゃちなもんじゃあねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……!」
二つに割かれた帽子を目深にかぶり、額のかすり傷から血を流しながら
法水は生存の感想を言う間もなく、すぐにナイフを投げた犯人が居るはずの階段の影へと走り出したがそこに犯人の姿はない。
「……。フム。まあいいさ。どうせすぐ会える。
それよりも、支倉クン。キミのおかげで我々はいつもの如く助かったようだ。礼を言うよ、ありがとう」
「え? あ、いや、いいよ礼なんて。それより予言によると次は……」
支倉は後ろを振り返って
当の彼女は他の者同様に支倉を信じられないものを見る様子で見ていた。
法水はその動揺した様子の彼女に訊く。
「さあて、そろそろ物語も大詰めに近づいている。ここいらでドカンとどんでん返しが欲しいものだ。クリフハンガーもそろそろ飽きてくる頃合いだからね。この物語の犯人がマクガフィンになったりしないように私も犯人の尾を掴まなくてはならない。
だからそのために、この物語の鍵を握るキミの話を本腰を入れて聞かなくてはならないのだよ」
「なに!?
支倉の半神的身体能力、その現実を目の当たりにした衝撃に当てられる他の者たちと異なり熊城刑事は法水の発言に驚愕していた。
「そのためには彼女の話を聞く必要があるんだってば。まったく、
「な、なんですか……。物語の鍵? 私が? 私は何も知りません。今まで貴女の推理に苦言を呈して来たというのに現実は全く逆の結果を示してきたでしょう?
それとも推理に対する批判者の間違いをここに来て再びつるし上げたくなったのでしょうか」
「批判は当然さ。肯定意見だらけじゃあ世界は面白くない。私のような推理が為されるということには、キミのように筋の通った批判はあって当然なんだよ。それが無くては私の論は完成していかない。それに、何も石を投げているわけじゃあないんだからネガティブな意見はいくらだってあっていい。それくらいの暴力は寛容の範囲内だ。
それはさておき、正にキミが物語の鍵を握っているのはその『逆の結果を示してきたこと』に由来するのだよ。
キミは事あるごとに私の理論に批判してきたわけだが、どういうわけか数奇な事象はその直後、ちょうどキミの信念と思われる『現実的科学主義』の牙城が私の言葉によって揺らめいた時に発生している。
思えばキミは他の者たちと比べ精神的な揺らぎが多かったように見える。あの不安定というべき
「不安定。……。あの
「ああその通り。キミはあまりにも明確な科学的根拠を求める過ぎることによってこの空間内において最も
そしてそのヒントが今、私を救う一縷の希望としてこの脳細胞に刺激を与え続けている。
また、
まあ、キミにとってしてみれば
そしてだからこそキミはやや薄弱な
「ほとんどは貴女の想像です」
「ほとんどじゃあない、全てだよ。
だが、この因果が崩壊し物理法則が踊りだす世界においてこの想像力こそが唯一の導となるのだ。何故ならばここの創造主はこの中の誰よりも想像力に乏しいからね」
「何? 何だと!」
「お前……。お前も見ただろうあの、無貌の神の姿を! ココはあのニャルラトホテプによる世界。そうでなくてはこのような……」
「先程から言っているでしょう、そうであれば、その無貌の神ニャルラトホテプは自らの宣言した予言すらも成就できないというのかね?
この世界はパロディで構成されている。だが、そのパロディは表面を撫でるようなものだ。予言の登場以降その状態も甚だしくなってきている。先程に至っては丸まんまを登場させたというのに何の物語的必然性も持ち得ていない。いや、物語的必然性は私という探偵役によってようやっと引き出されていると言って良い。
つまり、この空間の創造主はこの空間の支配権すらも私に奪われつつあるのだ。
ニャルラトホテプや赤い彗星の着ぐるみを着ているだけの存在、それがこの事件の犯人さ。
わたしはねぇ、この犯罪には美学が欠如しているのだと考える。この『美学』とは学術的な意味合いでの美学でもあり、意匠や意図といった意味での美学でもある。つまりは、こういった
特に今回はそれをする
キミたちもわかっているだろう?
今までに起きた事件は全て
そして今回の
だがその成果も不十分な形で結実している。
建物ごと次元を超越し、論理を超越したこの大魔法が人を殺すという比較的簡単な事象を、いつもいつも一歩足らずに仕損じる。これは異常だ。
そこから導かれる答えは一つ、この事件の犯人は取るに足らない存在であるということだよ。
自らの力を結実させる能力の無い。弱い存在だ。まあ、殺人なんてことをしようと最初に思う輩なんてのは大抵その程度のとるに足らない存在だが。今度の犯人は輪をかけて酷い。自分の大いなる力を以てしてなお人を殺めることが敵わないのだからねぇ」
多岐にわたる高説の着地点は犯人への限りない罵倒。
それとも
あるいは、これすらも犯人の筋書き通りか。
法水の手口をよく知る支倉や熊城は固唾をのんで行末を見守る。
一抹の静寂。それは永久にも感じられる。
それは達人同士の間合いの如く、法水と見えざる犯人の間での無数の攻防戦が繰り広げられているのだった。その証拠というべきか、全員に言い知れない緊張感が走り、この場の空気感は戦場のように張りつめている。
その静寂を破るのは
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