第20話 空間の角より来る

     ……………


 「鷹が翼を広げる……! 因果は既に……!」


 法水がそう口走る中、正二十面体リンフォンより現れた鷹のオブジェは翼を広げ始める。その翼に合わせて、世界の因果は書き換えられ、玄関広間にある物品の配置が換わり、それは換わる以前よりそこにあったことになる。

 鷹の剥製、銅像、絵画それらが顕在化することにより室内には『謎』と『象徴』が散りばめられる。かくして事件は生まれ、そして被害者の『死』によってこの事件は完成するのだ。


「うぐぁ……!」


 鷹が翼を広げるほど、 イァクタ・アレァ・エスト賽は投げられた博士の胸部が直線のような異次元に捻じ曲げられ、吸い込まれて行く。その異空間の先にあるのは『死』のみであるとこの場にいる誰もがそれを見るだけで理解した。


 だが、そこに一迅の光が迸る。


『スパァアアアアアン!!』


 人間の力を超越した、空気の破裂する音すらも置き去りにする動き。その目にも留まらぬ影によって『鷹のリンフォン』は イァクタ・アレァ・エスト賽は投げられた博士の胸部より引きはがされ、地面に叩き付けられる。


『ガァアン!』


 木製の床が砕けるほどの力で叩きつけられたリンフォンは破損することはなく、しかしその効力を失う。


「ふう、意外といけるね……」


 超人的な膂力と俊敏性によってリンフォンを停止せしめた支倉は一仕事終えたと言った様子でそう語る。

 被疑者たちと熊城、その部下の警官らは唖然とした様子でこの奇妙な現象の余韻に浸っていたが、唯一法水はこの大広間に現れた鷹の剥製などを見回していた。


「支倉クン、大手柄だよ。どうやら、キミの力の前にはリンフォンもかたなしと言った様子だ。まぁ、元からアレな怪異ではあるが……。ホンモノではないことが良く作用しているのかもしれないねえ。

 それに事件の作用機序もようやく見えてきた……。この事件の自壊も近いと言えよう。

――だが、安心はできないよ。この剥製を見たまえ」


 意味深長な言葉に対する支倉の質問を許さぬようにすかさず法水が指し示した先。そこにある鷹の剥製と思しき物体。

 それを見た支倉はそれを見て驚きの声を上げる。


「何時からここにこんなものが!? いや、それよりも……!」


 そこにある鷹の剥製は誰が見ても『鷹の剥製』と認知される物体である。

 だがそれは、誰もが記憶の中にある『鷹の姿』はしておらず、常に変動し、靄のかかったようにうごめく不定形の姿を示していた。

 やけに冷静に法水の指す方をいち早く見ていた支倉に続き、熊城や警官、ウィリアム・ジョーゼット・モンキー・ジョック・マリオ・ビダン・ジョン・バトラー・レイ・ドコドコ・ヤッタゼ・ジョルジュ・ジョイ・ジョーンズ・ジョーラ・ギャリオット・ジョーンズ・ジョッシュ・D・フリークス・ジョッシュア・ジョム・フォン・ハプスブルク・浦飯・ジョセフ・ジョー・アーシタ・マリオ・イェイツは驚き戸惑いながら、その物体を目撃し、記憶情報シニフィエ視界情報シニフィアンとの認知不協和によってさらなる混乱を覚えるのだった。

 だが、一人、https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%AC https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%86はそれを見ても驚くことなく、それどころか毅然とした様子を取り直して法水へと質問を投げかける。


「作用機序が判明したのとこの物体に何の関係が?」


「ああ、https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%AC https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%86クン。クククク……。

 君の質問への答えはもちろん関係大ありだというほかない。

 だが君は納得しない。何故ならば君はこの事件における有機的結合を否定し、化学的整合性を重視しているからだ。

 しかし今キミの目の前で起きている出来事はどうやって科学的に整合させる?

 私が奔放に語ってきた『仮説』どまりの出来事が今目の前に現れている!

 館は異空間に建ち、彗星により狂気は連鎖し、リンフォンは再び顕現し、予言は再現されて行く……。

 一体君の中ではどういった形で整合性が取られているのか?

 それとも君はもうすでに整合性を投げ捨てているのか?」


「現実は科学的であり続ける。この夢のような出来事も全て理由……。真実を欺かんとするトリックがある。私はそう、信じています」


 そう毅然とした様子で言い放つhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%AC https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%86に法水はネチネチと追い詰めるように言葉を紡ぐ。


「ほほう! 『信じている』! 現実主義リアリズムへの信頼。あるいは信奉。

 だが、先程のキミの様子はそのようには見えなかった。そして同時にキミは先程まで私の主観的な判断をたしなめていた。

 今はどうだ!

 主観性の権化足る『信心』! それを現実主義者リアリストを自称するキミが!」


「次は揚げ足取りですか」


「いいや、私の目的はキミの論理的整合性を問い詰めることではない。それよりももっと私個人が気になっている部分……。

 キミの個人的感性。そして目的だ」


「それは、この事件が一刻も早く解決することです」


「では私が今、解決へと導こうではないか! それでなくともこの事件は解決しかかっている。事件の作用機序は今、解明されるのだからね」


「何を……!」


 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%AC https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%86のみならず、多くの者たちがその言葉に驚愕する。


「始まるぞ」


 その言葉の直後、胸にやや切り傷を負ったイァクタ・アレァ・エスト賽は投げられたは朦朧とした意識を取り直し、眼前に広がる、奇妙な形状を変化させる物体、『鷹の剝製』を見てうわ言のように言葉を口走る。


「うぐぁ……! あ……!? て、時空的屈折ティンダロスの境界!! まずい、『猟犬』が来る!!」


 彼の言葉とほぼ同時に『鷹の剥製』はその形状を確定させ、無数の角が折りたためられたような姿へと変貌。同時に何者かの視線がそこに潜んでいるかのような、尋常ならざる気配を放ち始めたのだ。


「なに、ティンダロス!? まさか……!」


 堂々とした様子で待ち構えていた法水は博士の叫びに狼狽し驚愕するが、すぐにかぶりを振って語る。


「いやっ、逃げる必要はない! 支倉クン、構えるんだ。出てくる者はキミならば捕らえられる!」


「莫迦を……! 『ティンダロスの猟犬』はそう甘くは……」


 博士の言葉を遮り、法水が口早に説明する。


「博士、お忘れですかな? ティンダロスの猟犬は時間渡航者、四次元干渉者のみを対象とする直線により生まれた異次元生物……。彼の世界に干渉した者を対象とする。この館が存在する空間が時間にも干渉しているのならば襲われる可能性もあろうが、それならばもっと早く登場する筈。

 恐らくは『直線起源次元ティンダロスの世界』を経由した何らかの存在による時空間干渉。それこそ、我々のことを見定めている犯人の……」


「出たッ!」


 法水の語りを遮るように支倉が『直線化した物体』の異常を叫ぶ。

 そして、その直後、その物体の直線より現れる存在があった。

 それはジョエル・ジョーゼット・ジョット・ジョック・ジョーズ・ジョン・ジョー・ジョネス・ジョヴィ・ジョアン・ジョルジュ・ジョイ・ジョーンズ・ジョーラ・ジョゼ・ジョマ・ジョッシュ・ジョーメイン・ジョッテン・ジョッシュア・ジョム・ジョロウ・ジョブ・ジョメイ・ジョセフ・ジョロン・ジョブズ・ジョロン・ジョーヘンと全く同じ姿をした人間であった。


同一体ドッペルゲンガー!? マズい、彼を押し込めるんだ! こっちの彼も対消滅する!」


 


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