第15話 叫び、ああ、虚空にさまよえる猶太人

     ……………


 支倉は法水を床に下ろし、彼女へ事件について伺う。その声は不安が混じっていた。


「麟音も……。事件に取り込まれたって事は、この予言は完遂されるということ……?」


「それはどうかねぇ」


 法水はすっかり元の調子でそう語る。


「何ィ? 今度は予言は完遂されないと? 何の根拠があって言っているんだ。今までのお前ならば真っ先に飛びつき、得意の減らず口で煙に巻きつつその説を立証すると思ったのだがな」


 熊城が聞き捨てならないとでも言いたげな様子で話す。

 それを受けた法水は呆れた様子で語る。


「やれやれ、キミはやはりこういった事件に対する感性センスに欠ける。いいかい、この予言は既に発生した二つの人的被害についてその順序も正しく表しているように見える。

 だが、我々の知っての通り、ここにおいて語られた『魅宗櫓城白摩RX78-2ガンダムは黒きガンダムとして焼け死ぬべし』の状況は不明解だ。

 遺体と思しきものは明らかに人の形でなかったし、白摩RX78-2ガンダムクンの断末魔や燃え盛り消失する様子を正確に叙述することのできる人間はここに居ない。つまりは彼が死んだかどうか不明なのだ。

 ということは、既にこの予言自体、精確性に対して疑念が現れているのだよ。

 また、予言というよりもこれは犯行予告に近しいものだと私は見るよ。実際に予言するのであればコトが起きる前にやるのが聖書に詳しい『正しい予言の作法』というものだ。コトが幾つか起きてから、そのことを含めて予言を語りだすのは発言者の承認欲求というか、自身の意図を分かりやすく伝えようという下心が見える。

 まあ、この空中上にでかでかと予言内容をかいて示している時点でハッキリと犯人は目立ちたがりである事が分かるわけだが」


 法水は嘲るようにそう言う。

 熊城は肩をすくめて「そうか、じゃあ犯人確保を進めるためにも捜査の次の段階に着手してくれ」

 と億劫そうな調子で言った後、何の予定があるのか、腕に着けていたスマートウォッチを見る。

 そしてそれに怪訝な顔を示すと部下に指示を出した後、法水を見て言う。


「おれは外に出て応援の奴らと連絡を取るよ。あいつら妙に遅れているし、ここは何故か電波が届かん。スマートウォッチすらイカレてしまっている」


 そういって彼は部下に監視を命じたまま部屋を出ていく。


 法水はその発言にちょっと思考を巡らした後、自らのスマホを開く。

 電波は届かず、GPSすら機能していないことを示す設定画面。他の被疑者たちも同様に各々のスマホ等がその機能の七割近くを喪失した記憶能力ある多機能電卓と化したことを確認した。


「これは……。クククッなるほど『陸の孤島』!

 いいねえ。

 ミステリー事件サスペンスには怪奇ホラーが必須なのだというのはいささか懐古趣味ノスタルジーが過ぎるかな?」


「麟音、まさかこれも……?」


 支倉の問いに法水が答えるよりも素早く、声を発する者が居た。


「犯人が電波障害を意図的に画策できるとでも仰るのでしょうか。先程からずっと黙って聞いていれば、非現実的な妄想を推理と言い張るのは目に余ります」


 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%AC https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%86。熊城以上の現実主義者たる彼女はその図書館にある古今東西海千山千あらゆる資料を読み尽くすことで得た豊富なる知識を基に法水に対して食って掛かる。


「空に浮かぶ光の文字列など、現代の技術であれば再現可能な現象です。立体映像技術ホログラフィー。この部屋を検めれば自ずとその証拠が現れるはず。そうでなければこの事件は解きようのない謎となるでしょう……。

 この電波異常もこの部屋で起きている事、あるいはこの館内限定で起きている事象だとすれば、この館自体に何か仕掛けがあると考えるのが常道というものです。それなのにあなたは古の安楽椅子探偵が如く、現場の捜索をさしてせず机上の空論ばかり並べたてる。

 本格ミステリであればあなたは謎の核心に迫れどそれを射止めることはできない、さしずめ安吾捕物帖の勝海舟と言ったところでしょうか。

 真実に対しての卑屈ともいうべき態度……。努力を怠るそういった態度ではミステリの解明など有り得ないでしょう」


 怒りさえ感じられるその言葉に、法水は反論する。


「その『解きようが無い非現実的事件』が今巻き起こっているのだよ。現在の状況からキミの言う現実的・科学的探究姿勢をとることがどれだけ馬鹿馬鹿しいことか君は気づいていないようだねぇ。

 既に『リンフォン』により四次元の世界へと至ったこの事件は、『ウィチグス呪法典』により世界が揺るがされ、そこに『死霊秘法ネクロノミコン』が加えられることで異形の神学が形づくられたのだよ。

 すでに我々の信じるこの大地自体が揺るがされ、この館は異次元と並行世界の中で揺蕩い彷徨う箱舟ひょうたん島となったんだ。

 もはや外界からの救済はあり得ない。我々はこの謎の空間に閉じ込められたのだ。

 予言に囚われていない者ならば最終的に離脱は可能だろう。だが私はそうはいかないだろうさ」


「何を……。予言の真似事ですか?」


 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%AC https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%86がそう言う中、絶叫が室内に響き渡る。


「「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!」」



 法水の言葉を聞いて血相を変え、恐るべき不安にさいなまれた背子秋風まんようしゅう まきのはち ふじわらのうまかい せんごひゃくさんじゅうごばんうたが恐怖のあまり絶叫した。そして同時に、その悲鳴に合わせハモる希死念寺♤デスウィッシュでら スペードがその音を確実に、着実に、破壊的な音量に昇華した。


「何たる想定! 何たる恐るべき妄想! この閉ざされたる血濡れの館になど、私はもう居たくはない!! ああ、今こそ外界に逃れる時間だ! 人間の有する正当なる権利を以て、私は自由となるべくこの閉ざされた場所から外へと出る!」


 彼女の歌劇は第四の壁を作り出し、そしてそれを自ら破壊するように、駆け出して部屋の外へと出ていく。

 「おい、止まれキミ!」という警官の制止をするりと華麗かつ流麗、そして派手な動きで躱し、希死念寺♤デスウィッシュでら スペードは自由を得るべく奔放な逃避行へと踏み出すのだった。

 何を思ったのか、それを見た法水は突如それを追って走り出した。


「ちょっと、麟音! どこに行くの!?」


「外だよ、外。丁度いいから私の言ったことをみんなに証明して見せようと思ってね。私とて現実主義者リアリストの端くれ、ひとつ実践というヤツをみせてやろうじゃあないか」


 駆け出す法水とそれを追う支倉、そしてそれに続く被疑者たち、一行は玄関へと真っ直ぐ至り、扉の前で立ち尽くす熊城の姿を認めた。

 だが、希死念寺♤デスウィッシュでら スペードはそんな些事を気に留めることもなく真っ直ぐかけて、扉へと飛び込む。

 

「おい、やめろ! !」


 扉を勢いよく開け、外へと飛び出した希死念寺♤デスウィッシュでら スペードは何も存在しない虚空へと出る。

 彼女はその光景を見て、何とも言えぬ恍惚の表情を浮かべ、その空間へと墜ちてゆく。


「うおおおっ!」


 ガシッと熊城が飛び出して彼女の足首を掴む。

 彼はなんとか玄関の縁に足を引っかけるが、ずるずると希死念寺♤デスウィッシュでら スペードの重みによって虚空の世界へと吸い込まれて行く。

 だが、支倉が熊城のシャツを掴み、ひょいと二人を軽々引き上げることで事態は収束を迎えた。


「大丈夫ですか? 熊城刑事」


 支倉は汗一つなく二人の人間を引き上げた直後にそう言う。


「大丈夫なことがあるかよ……。どうなってるんだここは!?」


「私の言った通り、この館は既に異次元に飲まれていたようだ……。そしてこれはこの館自体の構造が問題なのだとここにおいて理解できる。そこから導かれる可能性、いや、確信。それはこの事件が猶太的犯罪ジュウイッシュ・クライムだということだ。私はそう『断定』しよう」


猶太ジュウ――ああ君は何を云うんだ?」


 疲れ果てた様子の熊城は口調さえも変調させ、眼をショボつかせて、からくもしゃがれ声を絞り出した。恐らく彼は、雷鳴のような不協和の絃のうなりを聴く心持がしたことであろう。

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