第12話 星辰正しき刻よ、黒いガンダム来たれ
……………
「そんな、麟音、それはズルいよ!」
「そうかな? だが手段は選んでいられない。彼もまたこの恐るべき事件の加担者の一人の可能性が高いのだからねえ」
「加担者? 犯人ではなく? やっぱりあの
「それもあるが、事件当時この館に私たちと熊城クン以外ではたった六人しか居なかったというのはどう考えても不自然だということが一番に怪しいと私は見ている。その不自然から考えれば、何らかの原因があると考えていいだろう。
不自然、不条理、不明なことが起きる事件だ、仮想すべき事象は無限にある。故に私も想像の翼をはるか先まで広げよう。
あの六人は思うに一帯の関連性によって連結しているのだよ。何か運命的な、それこそ『リンフォン』あるいは『ウィチグス呪法典』もしくは、先程の金庫に入っていたそれら以外の何か恐るべき象徴、そのいずれかに関連している筈なんだ。
だからこそ、私はここに来る必要があった。
「もう……。次はあそこまで追いつめるような事があれば私が止めるからね」
「はいはい、わかったよ」
法水がうんざりした様子で返答した後、支倉はすぐに話を元に戻す。
「それで、何が分かったの?」
「ああ。順を追っていこうか。
まずは博士の反応でわかる事。彼は非常に動揺をしていたのはキミも知ってのことだが、どうだろう、何かキミの目から見て目につくことはあったかね?」
「え、ウーン、咄嗟だったから。えっと、ああ、咳き込んでいたのは印象的だったかな。あとは、ちょっと……」
「まぁ、着目点は悪くない。咳き込んでいたのは自身がまるで病人であったことを思い出したかのような変化だったのはあの場の誰もが着目したことだろう。
だが、まあ、病は気からというように、また、プラシーボ効果が実際の医療現場において実用されているように、気分の変化が彼自身の体調に大きく影響するのは不思議なことでもない。人間というハードウェアは精神というソフトウェアを持っているが、実際のコンピュータにおいてもそうであるように、この二者は不可分。ソフトウェア異常がハードウェアに影響を及ぼす事も、ハードウェアの欠損や損傷などがソフトウェアに強く影響するのも経験的にわかるだろう?
だがねぇ、私は彼の身振りにも気を配った。そこである面白いことを発見したんだ」
「それは一体?」
「彼は、咳き込む際に胸を抑えるでも手を口にそえるでもなく、まるで突如喀血したかのように咳き込んだ。喉に何か
「つかえた? それが一体何を示すというの?」
「精神が身体に影響を及ぼすというのならば、あの喋らなければいけない瞬間に何故、言葉を閊えさせるのか? 潜在意識の影響があると私は睨むね。言いたくない何か、あるいは言うべきでない何か。それは薄っぺらな『事件の証拠』や『殺人の証明』などではない……。もっと深く、昏く、根源的な恐怖や、恐るべきことだ。
たとえば、『神への冒涜』」
「神!? 博士が何かを信奉していると!?」
法水はおもむろに指を支倉に差し向けて言う。
「支倉クン、君は神を信じるかね?」
「何? 藪から棒に、別に……。信じてはいないけど」
「では、無宗教だと?」
「う、うん」
「じゃあ、神社にもお参りに行かない?」
「それは……。ウーン」
「まあ、本気で祈りに行っている人は少ないだろう。では、虫の死骸を踏むのはどう思う?」
「……。故意でなければ、しょうがないのかなぁ……。ウーン、改めて認識すると……」
「では、蝋人形を踏みつけるのは?」
「うーん? 気は進まないけど……。でもまあやれないことはないかな」
「じゃあ、人の死骸を踏みつけることは?」
「それは駄目だよ!」
それを聞いて法水がニヤリと笑う。
「何故だい? 日本の司法はともかく、医学的に死体はただの有機物と微生物の塊。脳死と判定された死体は絶対に復活しない。復活しない状態を脳死と定義しているからね、復活すればそれは医療ミスだ。判断が間違っていたということになる。
成分と状態は虫の死骸と何ら変わりはない。なのに君は死体を踏みつけてはいけないという。
形状としては蝋人形と何ら変わりはない。だというのに君は死体を踏みつけてはいけないという。
何が違う? 何が問題か?
それが信仰だよ。あるいは『信心の素養』というべきか。多くの人はそれを持っている。それが私には確かにわかるんだよ」
「麟音には確かにわかる? ……。どうして?」
「私にはそれが全くないからだ。魂の存在があろうがなかろうが、死体に対して敬意を持つ意味が分からない。何故、蝋人形と死体を同列に扱わないのか。何故、死体を態々丁寧に葬るのか。それは永久の謎だ。何故論理を超越し、人々がそれを一般論として受け入れるのか。
動物的特性としての社会性か、人間性の正体か。少なくとも私には不明な存在であるからこそ、顕著に私には感じ取れるんだよ。皆が持っていて一人欠落していれば、羨ましさか、生存本能か、合わせるためにも学習するからねぇ」
「そっか……。それで、その、博士が『一般的な信仰心』を持っている人物として、それが覆るような事をしようとして、身体が拒否したって言いたいのね?」
「ああ、少なくとも体が拒否をしているというのは可能性の高い考察だよ。その何かは今後詰めていくべき事象だ。
さて、次はウィチグス呪法典についてだが……。消えたその法典の所在こそが我々の目指すべき喫緊の目標地点と言えよう。そして、そこへつながる手がかりこそが、この金庫だ」
法水はぺたぺたと金属の扉を触る。その重厚な鉄扉はとても簡単には開くとこが出来そうになく、五段階のダイヤル操作と鍵を必要とする厳重さも金庫破りの難易度が並大抵ではないことを示していた。また、周囲の壁を彼女はノックするように叩くと重々しい反響音がわずかに返ってくる。
その音は壁の中に鉛の防壁がある事を示しており、金庫の扉を迂回するような浅はかな考えを当然のことながら、対策している。
「こんな金庫、どうやって破ったのかな」
支倉の素朴な問いに法水は語る。
「あらゆる可能性が考えられるが、私が思うにこれは『原子的透過』を行ったものだと考えると合点がいくよ」
「原子的……『透過』!?」
「ああ、分子、原子の間には空間が存在する。それらはクーロン力などの力によって間を通れないようになってはいるが
これは極めて有り得ない出来事だ。だが、今回の事件ではありえないことが連立している。まるで惑星が直列するかのごとくね。だからこそこの出来事が起こり得るのではないかと私も考えてしまう。そして、案の定というべきか、あの金庫の内部をつぶさに観察した結果、東側の本棚が著しく荒れ、埃が一筋の足跡として壁より現れていたことを発見したのだよ」
「じゃあ、少なくとも本を盗んだ犯人は、か、壁を何かしらの方法で……」
「通り抜けたということさ……。この金庫の寸法や館の図面をぜひ見たいところだ、透過が本当に私がさっき言ったものでなければ、仕掛けがある。だが、無ければ……。透過したこととなるねぇ……! ククク!」
法水と支倉はその図面を手に入れるべく、まずは被疑者たちの部屋へと戻るのだった。
二人が部屋へと戻る中、法水は何か、騒ぎが起きていることを鋭敏な聴覚から悟る。彼女はすぐに走り出し、応接室へと向かう。
「ちょっと!? また走るの!?」
初めはそう言っていた支倉も、部屋が近づき、騒ぎを察すると共に急ぎ向かう。
応接室に入って目に入った光景は一つの黒い物体。
炭のように焼け焦げた物体。しかしそれはあまりにも四角く、角張り、だがそれでいて人型をした、奇妙な物体であった。
「こ、これは!?」
支倉の言葉に、信じられないものを見た様子の熊城が振り返って口を開く。
「
「黒い……ガンダム……!」
法水はそう呟いた。
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