第10話 水の星より愛を込めウィチグス呪法書が飛び出してきた宇宙の彼方
……………
「私に何か?」
法水の次なる尋問の標的となった
法水はそんなどこか飄々としてちょっと間が抜けたような彼の持つ奇怪な
「少々疑問が浮かんだのでねぇ。先程の劇の御感想のほどを、ね」
「……。ああ、その、TPOはともかくとして舞台としては優れたものだったと思う。彼女の年齢を全く持って感じさせない第一級の演技力と雰囲気を支配する魔法の如き表現力は目を見張る。脚本のテーマ性も考えさせるものだったし、即興というには中々練り上げられたものを感じる。
次の演劇部講演も楽しみにしているよ」
彼は気さくに
「恐縮の極み! ああ、これぞ表現者の報い! 夢! 私の創り上げし作品の巧拙を評され、次への期待を抱かれる。それは最大の喜び! 人生には次がある。終わりの後に残るものこそが人生の幸福よ! 素晴らしきかなこの……」
法水はその全ての音声を遮るような巨大な音声の中でそれを無視し、
「キミに質問した意図を明かそうか。いま、
多くの人間は、――私にも理解しがたいことだが――死者にも人権と名誉を認めている。今の彼女の歌劇はそうした常識的倫理規範とされているものを全く無視している点から他の者からの評価が何とも言えない状態となっていたのは言うまでもない。
だが、ほかならぬ親族であるキミはそうした常識的忌避感をむしろ持たず、純粋な歌劇としてあの舞台を楽しんだ感想を送ってきた。
それが示すことは幾つかあるが、差し当たって思いつくのはキミと被害者との確執や、キミが歌劇や
キミを今まで観察した中で形づくられた、私の中のキミの
♤の歌劇が流れる中で繰り出された法水の考察。
その鋭い指摘が
彼は答える。
「フム……。まあ隠す事でもないが……。父は家庭に興味がなく、息子である私よりもこの館に並ぶ骨董品に埃が無いかどうかを気にする人間であった。おかげでこの歳になるまで打たれるような事もなく、だからこそこのような情けない男になってしまったわけだが。
私と父との間にはそれなりの確執はあるさ。だが、どうやって父を私が手に掛けられるといえようか。私は丁度先程まで、
「ほほう。この事件においてそのアリバイはどれほど意味がある事なのかは不明だが……。フム。あとで被害者の身辺を洗ってみるのもいいかもしれないねぇ」
熊城がそれを聞きつけて話す。
「戸籍等々の身辺情報は既に俺の方で調べるように手配してある。民間人であるお前に調べさせるわけにはいかんよ」
だが、法水は指を振って否定する。
「違うよ、熊城クン。私が調べるのはそうした点だけではない。もっと有機的な身辺さ。あの死に際の部屋意外にもこの館には彼の生活空間が存在しているのだ。
そこには法科学だけでは見定めることのできない人間の生活がある。法科学は綿埃一つからその成分やDNAが採集できるかもしれないが、私はそれからより多くの文化的背景を幾つもの世界線を参照して得ることができるのだよ。この想像力を以てしてね」
「フン。勝手にしていろ。俺は俺のやるべきことをする」
法水は頷いて言う。
「それでいい。寧ろそう在るべきなんだよ。私を頼ってもらっては困る……。さて」
そして法水は改めて、
「『親をやってほしい』という願いがある親子関係というのはなんとも示唆的な情景だと私は感じられるねぇ。自虐的に『親父にも打たれたことが無いのに』と語るのはやや文脈が複雑とも言える」
「フ。父にはマルガリータとかって言う若い恋人がいたわけではないが、私は父を仕事人としても私人としても尊敬に値する人間として見てはいないし、父はわたしのことになど興味もないだろう。もし私が父の前に銃口を突き付けても『親に銃を向けるのか?』と彼は語らない、むしろ『冗談はよせ』と笑いすらせず言って骨董品の手入れを続けるだろうさ。
私も彼には関心が無い。目の前で籠に入れられ殺されようとも泣き叫ぶようなことも無い」
「だがその今いる立場には負い目がある。『親の七光りでないことを証明してみせる』と息巻いているのは誰の目からも明らかだねぇ」
「はは、本心でそう思っているのなら私はお人よしの坊やとして少しは楽に生きられたかもしれんな。実際のところはできることをやっているだけさ。手一杯で私生活も充足はしていない。だがこれ以外のことをできる気もしない」
「……。ほほう。なるほど……。まあいいだろう」
法水はやや間を以て対話相手をつぶさに観察していたが、話を切り替える。
「では話を戻して、キミのアリバイを証明する
分厚いレンズの眼鏡をずり上げ、代わって答える。
「儂らは司書室にて最近始まった新しいガンダムシリーズの話をしていただけじゃよ。あとは細々とした与太話……。例えばリンフォンの話や……」
「リンフォン! それはまたなぜ!?」
支倉が興奮した様子で訊き返す。博士は少々困った様子で答える。
「いやぁ……。何故と言われても……。定期的にふとリンフォンの話が話題の上るだけで……」
「そんな胡乱な話題が何度も?!」
「そう言うものじゃろう、リンフォンって……」
「まあ……。それはそうですね……」
支倉が納得を見せると、法水がすかさず質問を切り替える。
「そうだ博士、あなたは図書室の蔵書において読んでいないものはなかったと豪語していたねぇ」
「まァ……。所謂、活字中毒というやつでな……。それが何か」
「ではあなたは知っているはずだ、あの図書室にある
「なに、魔術書!? そんな噂聞いたことが無いよ?!」
支倉のいつもの発作的驚愕のなか、博士はやや顔をしかめつつ話す。
「魔術書……。最近手に入った『ウィチグス
呪術的意匠と魔術的知識による暗号、
お前がこの事件において期待している『超常的現象』を取り扱うものではなく、錬金術等と同じく現代科学の萌芽を示す歴史的資料の写本じゃよ」
「フフフ、あなたともあろう人がなんと確信するような言い草を語るものか。
科学の萌芽と述べながらその内実に潜む神秘性を、そのままにして解剖の手を止めるなど、あってはいけない。あなたは重大な点を失念している……!
ウィチグス呪法典の筆者とされる者に関する情報を……!」
「何をいうかと思えば……。それはウィチグスその人のこと。シルヴェスター二世十三使徒の一人。
「それはどの文献による知識かな」
「それは……。!? どういうことじゃ!? 何!? そんな、そんな筈はない!? 儂は……。儂は確かに!?」
博士の動揺。そしてそれを見た法水は高らかに笑う。
「くくくく! ハッハッハー! 博士が卓越した記憶力を持つが故にこの『超常』は今発覚した!
「一体どういうこと!? 何が解ったというの?」
支倉の質問に法水は笑ったまま答える。
「くくく……。今解った事はだね、支倉クン。フフフ……。『ウィチグス呪法典』という書物はね、我々の世界には存在するはずの無い
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