第2話 誠実な助手・支倉奈々芽とリンフォン殺人事件の発生
………………
法水が公園を出て、学園の方までの道を歩いていると、丁度住宅街の角でコンビニから出てくる同じ制服を着た少女と会った。
その少女はレジ袋を手に下げながら、法水が歩いているのをすぐに見つけ、手を振って近づいて来る。
「おーい、麟音。また、散歩?」
人懐っこい笑みを浮かべる少女。法水とは対照的にやや幼い雰囲気を纏っている彼女は、法水の無二の友であり学園で唯一『呪い』を受けていないと目される稀有な女子生徒・
だが、呪わしい偏執狂や
それもあってか、支倉はこの学園でやや孤立する立場であったものの、法水はそんな彼女をなんの厭いもなく受け入れ、友となったのであった。
法水は頷いて歩きながら答える。
「ああ、今日は少年を捕まえて太陽と信仰に関する講釈をしたのさ」
「なに、太陽と信仰!? そこには一体どんなつながりがあるの?」
いつも通りの支倉の
「簡単なことだよ、古来人々というのは天候、星々、天体観測、まあつまるところ天に対して畏敬と神秘を見ていたわけだ。
マヤ文明だってナイル文明だって星々の観測に精力的だったし陰陽道とは暦を扱うところもあった。古今東西、天候というのは支配、そして信仰のよりどころさ。ではなぜ、我々日本と西洋、キリスト教と日本神道、多神教と一神教がここまで異なるのか、それは季節が関係しているのさ」
「季節? ええと、キリスト教は確か……」
「エルサレム。乾燥した地域さ。典型的な地中海性気候だ。雨季と乾季に分かれるかの気候は
それ以前の古典の時代や、同時期に隆盛を誇るギリシア・ローマのオリュンポス神話体系もキリスト教をはじめとした一神教によって習合されて行く……。それは気候に根差しているからなのだよ。恵みと枯死、あるいは湿気と乾気、二面的な世界観こそがあの大地の宿命だったんだ。
そして我々は多様な様相を見せ、しかし廻り帰ってくる四季の中で移ろう事と徒労にも回帰する世界を見出した。これもまた同じく宿命と言えるね」
「だが、それが天と何のかかわりが?」
「天候を占うものは天体さ。
科学ではなく人間の直情というヤツだがね、古今東西あらゆる場所で天体は天候の兆候として尊ばれた。神々の住まう場所か、神話の絵図か……。そしてその『天体の見え方』こそが密接に信仰と影響しているわけだ」
「なるほど?」
「日本における天体観測の基礎はやはり陰陽道というべきだ。
それ以前にも日本神話において月読といった天体観測を暗示する字は現れ占星術は連綿と行われていたが、体系化され明文化された学識としての影響力は陰陽道だね。
何せ江戸まで残るのだから。実に千年余。
その発祥は中国大陸の陰陽五行説であり、ここに東アジアの根本的な共通性が現れるわけだが……。
日本の陰陽道は独自発展していく、機運を占うものとしてね。古い卜占の形や神道における神々への祈りが含まれつつ、陰陽道独自の『泰山府君』つまり北斗七星への信仰と崇敬だね……。
それらが未来を占い、邪気を祓い、凶事を回避する……。天候と機運の密接な繫がり、もっと言えばミクロとマクロ、要するに
「ふーん。天体と信仰はなるほど確かにつながっているみたいだね。でもそれが太陽と繋がるということは……?」
「あとは単純な連想ゲームにちょっとした論理の問題さ。
西欧二元論的文脈から見ても夜空が指し示す星々の知識の反対にあるものは太陽。神の坐する場所さ。
故に西欧では占星術もまた人間の知識、つまりは神と対照的な存在とされる文脈が生まれる故に天体観測と言った科学の萌芽というべき知識は往々にして魔術や呪術の類に近しいものとして、しかし天は神の世界でもある故に神と地続きなる神聖な知識としても、非常に時代によって左右される立場にあった。
これは歴史的な西欧社会の神と人、つまり
「そして、日本は……」
「知っての通り、天には泰山府君も天照大御神も月読も瓊瓊杵尊も何だっている。
一説には古代の日本においては星々に神々と祖霊をなぞらえており、だからこそ同じく星々に祖霊を刻んだギリシャ・ローマ神話体系と同じ多神教となったとされるほどだ。
そして天皇家に見られるように伝統的男系社会を醸成する貴族社会でありながら、その根幹は女神である天照大御神というギャップ。つまり男女の垣根を古来日本は揺らぎ、薄らいできた伝統があるワケだ。
これはやはり季節による影響もあっての古来多神教、多元主義がある程度根差してきていることに関わっているわけだ。だからこそ一神教で揺らぎが無いとされている様な聖典の解釈をめぐっての正しさを求める闘争が続く西欧社会と異なり、原典が揺らぎを内包する我々は多元主義的な信仰心を抱いているんだよ。
太陽という存在への解釈がこれだけの文化的相違を表す、あるいはこれだけ文化的相違があるからこそ太陽という存在への認識を異にしているということか。ま、因果や論理というものは簡単に逆転し得るものだからね」
「なるほどね。そんな講釈をさっき公園で述べていたと……」
「ああ。西欧と東洋の文化的相違というのはこのように我々の生活に卑近なんだよ。いくら文明開化以降西欧へと親しんできたこの場所でも、しっかりとその痕は残っている」
総括的な文言で講釈を締めくくった法水に、支倉はいつも通り、尊敬のまなざしを向ける。法水もそれを得意げな笑みで迎える。
読者諸君は既にお気づきであろうが、法水は先ほど公園で少年に『西欧と日本の文化的共通点が太陽というものの解釈に現れている』と語った。今の講釈はそれとは全く反対の論旨であり『西欧と日本の文化的相違は太陽というものの解釈に現れている』ということである。
また、彼女の語りに洪水の如く現れる知識は曖昧模糊で推論が多分に含まれ、時折完全な創作がさし挟まれている。
これが法水麟音。
道行く人、友人、教師、家族、知人、何の別も無く、虚実を交えた講釈を語り、あまつさえ自分で言った講釈の全く反対の言葉をすぐさま語りだす。
正に『天才狂言探偵』の名に恥じない怪人物なのだった。
―――――
二人が
二人はその車に乗っているであろう人物をすぐさま思い浮かべた。
熊城卓馬刑事。
この近辺で発生する殺人や各種事件に携わり、法水達二人と何度も顔を合わせてきた男。古風日本男児めいた太い眉にしっかりとした顎と厳しい目つきをした偉丈夫は女学院にはそぐわない人物であるが、度々この学園に足を踏み入れていた。
法水は車を認めると。
「熊城君も来ているようだね。恐らくは先の事件について理事長に挨拶でもしているのだろう……。どれ、行ってみてみるか」
「まあ、そうね。なんだかんだよく会うから忘れかけていたけど一応刑事さんだし挨拶ぐらいはしっかりしておかないとよくないよね」
「くくく、挨拶どころではないと思うがね……」
「え!?」
支倉の驚愕に説明もせず法水はすたすたと学園の中へと入っていく。
あり合わせとして作られたような不格好なアスファルトの駐車場は西洋風居城の学園本館にはまったくそぐわない。玄関前の駐車場の間にある庭園は噴水や花壇があつらえてあり、寮から毎日通う生徒たちには呪わしい広さがある。
法水はふわりとその庭園を駆けてゆき、追いすがる支倉も同じく庭園を抜け、玄関へと入る。
大広間を駆けあがり、法水は真っ直ぐ理事長室のある三階北側へと向かっていく。城内は大広間以外対照的な部屋割りをしているものの、どこか複雑な配置となっている。それもそのはず、この学園の廊下は六芒星の如き形状を描きだしているのだ。
法水はその三階の北側、最も広い理事長室へ来ると、突如として立ち止まる。
「うわっ! なに、危ないじゃん」
追いかけていた支倉が法水にぶつかりかけ、すんでのところで立ち止まる。法水は振り返ることもなく言う。
「どうやら勘は当たっていたようだねェ。そしてこの騒ぎ……。殺人だな?」
法水は理事長室の開かれた扉に張られる黄色地に黒い文字で『立ち入り禁止』と示されたテープを認め、そう語る。
「なに、殺人だって!?」
支倉のその叫びの直後、法水はするりと立ち入り禁止のテープを潜り抜け、理事長室へと入る。
「ちょ、ちょっと麟音! いくら気になるからって……」
止めようとした支倉だが、その事件現場を見てすぐにその言葉を止めた。
様々な骨董品によって飾り立てられ、悪趣味な
死んでいながら、血を流すわけでもない、かといって眠っているようにも見えない死体。どこか非現実的なそれは、この学園の理事長・
だが、彼女たちが注視するのはそこではなく、その傍ら、机の上に置かれた奇妙な
正二十面体の立体パズルのような物。それは噂に聞くインターネット怪談の物品。『リンフォン』――
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