結婚
第7話 厳かな儀式
「……深山、殿。なぜ、俺の名を知っているのだ?」
清治の問いに対し、深山は、
「俺はこれでも、この山の守り神だからな。長くこの辺りの歴史を見てきた。狭宮……というか穂杜国に住んでる人間の名前ぐらいは知ってて当然だろ」
と、何でもないことのように答えた。穂杜国というのは、武蔵国や伊予国というような、いわゆる現代日本から見た旧国名である。その一国の人間の名を全て知っているとは、凄まじい記憶力である。まさに人知を超えた力だ。今までずっと神の存在に懐疑的だった清治も、流石に小夜姫や深山の力を見せられては信じるよりほかなくなった。
「それで、小夜姫。俺を深山殿に紹介した理由は何だ? 深山殿とあなたはどういう関係なのだ?」
「まあ待て。順を追って話す。……深山とは、腐れ縁のようなものじゃ。そうじゃろう、深山?」
「ああ、そうだな。確かあれは……五百年ぐらい前の話だったか? この辺りでは、災害が多発してな。大雨が降ったり、山が崩れたりした。それで、そういう災いから守ってほしい、という願いのもと、俺は生まれた。それで、俺を祀る神社も造られたんだ。あの鳥居だって、できたばかりの時は、そりゃあ荘厳なものだったぞ。今じゃ見る影もねえけどな」
深山は懐かしそうに話した。小夜姫が話を引き取り、言葉を継ぐ。
「妾はその前からおる神であったが、先述の災害により、妾を祀る社は壊れてしもうてな。じゃが、信仰心の篤い者が、山の中に新たに祠を建て直してくれた。そのことで、妾と深山は『ご近所さん』になったのじゃ」
「一時期は俺たち、夫婦神として合祀されてたこともあったよな」
「ああ、あったのう。懐かしい思い出じゃ」
話の規模がかなり大きく、一介の人間にすぎない清治にはとてもついていけなかった。
「そういうわけで、俺たちは一種の運命共同体みたいなものなんだ。俺が消えりゃ、きっと小夜も消えるだろう。その逆も然りだ」
「……ああ、そうやもしれぬな」
契約とはいえ、これから結婚しようという相手にそのような話をされて、清治としては面白くなかった。
「そのような長い付き合いのお相手がいるのであれば、別にわざわざ俺などと結婚しなくても良いのではないか?」
やや拗ねたような物言いに、小夜姫と深山は顔を見合わせた。そして、小夜姫は慌てて言った。
「待て待て、それとこれとは話が全く違う。それに、お主に深山を紹介したのは、こやつのことも信仰してやってほしいと思うたからじゃ」
「小夜、余計なお世話だ。俺はもう定めを受け入れたって言っただろ」
「お主はまことに、心からそう思うておるのか?」
「……」
不意に深山は黙り込んだ。その様子からして、彼も本当に消えても良いとは思っていないのだろう。清治はほんの少しだけ同情を覚えた。
「分かった。この際だから、俺は小夜姫のことも深山殿のことも信じよう。それで良いか?」
たちまち小夜姫の顔に笑みが広がる。深山の方に目を向けると、彼もまたまんざらでもなさそうな表情をしていた。
「ああ、ありがたいことじゃ! これでお主の命が尽きるまでは、妾も深山も消えずに済む……!」
小夜姫は天にも昇る心地といった様子で叫んだ。どうやら小夜姫にとって信仰というのは、一度信じると決めたら一生涯続くものらしい。その重さに、清治は辟易して、自分の発言を後悔した。とはいえ、相手に喜ばれて悪い気はしないのが人情というものである。
「……それで、儀式とやらはどうやるんだ?」
「おお、妾としたことが、忘れるところであった。深山、この
小夜姫は神社に生えている一本の木を指差して問うた。深山は、「ああ、いいぜ。好きに使え」と答えた。小夜姫は榊に駆け寄り、その葉のついた枝を折った。そして、彼女がその枝をひと撫ですると、瞬く間に
「さあ、これで玉串の完成じゃ。妾が手ずから作ったものゆえ、ご利益とやらも溢れんばかりであろうな。清治、これから妾が言う通りにせよ。まずは玉串を受け取れ。その時、右手は枝本を上から、左手は葉の部分を下から持て」
清治は小夜姫に言われるまま、玉串を受け取った。ぴりりという痺れるような感触が、掌から伝わってきた。
「そうしたら、妾の三歩手前に立ち、小さく一礼せよ。……良い。近う寄れ。そこで深く一礼するのじゃ。次は、玉串を時計回りに九十度回して、祈念せよ。とはいうものの、お主は妾に叶えてほしい願いなどないのやもしれぬがの。……では、玉串を時計回りに百八十度回して、妾に手渡せ」
清治が玉串の枝本を小夜姫に向けて差し出すと、彼女はゆっくりとそれを両手で受け取った。
「しかと受け取った。では、妾に向こうて再拝、二拍手、一礼じゃ」
その言葉に従い、清治は二回礼をし、柏手を二度打った後、一回深く礼をした。儀式が一通り終わると、辺りには静寂が訪れた。
「……おお、久方ぶりに力がみなぎってくる気がするのう。実に良い気分じゃ」
小夜姫は口角を上げながら、受け取った玉串をまじまじと見つめていた。
「玉串
傍で見ていた深山が聞いてきた。清治は、「生憎信仰心が薄かったもので、あまり神社に参拝したことがないのだ」と返した。
「なるほどねえ。やっぱり信仰心の薄れは、俺たちにとっちゃ深刻な問題だな」
深山はため息交じりに呟いた。
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